―アルム、領館、ナナイ―(1)
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日は徐々に中天に近づいていく。浅く奥まで屋内に差していた光は、深くそして窓際しか照らさなくなっている。しかし、その日も流れる雲に時折隠される。幾分か和らいだかに見える空気は、しかしなお、常時に比べ張り詰めていると言えるだろう。
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「あいよ。そうだね。じゃあ、順番に行こうかね。」
出稼ぎ先を書いた帳面を手繰る。
「まずはフブの爺さんところだね。爺さんとこは裁量は爺さんが握っているから、人数はまあ確定だね。行先は鉱石掘りだけど、飯炊きだなんざで女も雇ってくれるってね。」
ぴっとセベル兄ぃを指して私は言う。惚れてもいいんだよ?
ハージンの旦那もお疲れだね。レンゾの野郎が色々と引っ掻き回したしね。その意味ではタッソの旦那の方がお疲れかもね。ハージンの旦那はてめぇのやることは通せたしね。それに比べりゃ、タッソの旦那は大分思うようにいかなかったようだしね。そういう意味では、その辺はセベル兄ぃは慣れっこだね。私やテテ兄ぃもね。
でも、私の方の通す話にはいちゃもんは付けないで欲しいもんだねぇ。私はアイシャのように寛容じゃあないよ。
「そんで、フブの爺さんのところでは男の八十と三、女の百と二十と二、合わせておおよその二百。そんだけ雇ってくれるってさ。女の方は大分忖度してくれたようだがね。奴さん、ちっと追い詰められているところあるからね。」
女の働き先が足りないってぇ話をしたからね。配慮してくれたんだろうねぇ。何をどう頑張っても普通は女の働き手の方を多く欲しいなんてことはないからねぇ。
しかしね。あん齢になって、ああ必死になるってのはね。考えてみたら、てめぇの手下どものことを考えているってぇことだろうね。見上げたもんだね。もう、てめぇの死ぬまで逃げるまでの財は持っていそうなもんだからね。全部諦めちまって、売れるもん売って、どっかの知らない街にでも行けば十分死ぬまで暮らせようってもんだろうにね。てめぇの手下どもはそうは行かないだろうからね。そいつらをどうにかしようて、躍起になっているわけさね。見上げたもんだね。
「おう、大分多く取ってくれるみたいだな。」
「そうだね。ちっと無理してないかは心配なところだね。」
フブの爺さんは、条件出揃えば、ここにてめぇの財産と一緒にまるっと仕えるってぇ話だからね。あまり、疲弊されたら困るんじゃあないかと思うんだけど。
まあ、困るのはレンゾの奴だから良いかね。
「まあ、あん爺さんも覚悟決めてるってことだろ。で、次は?」
「こっから先は裁量は先方にあるからね。推察にしかならないけどね。だから、大体の数字だよ。」
「それは仕方あんめぇよ。」
「今、方々に人が走っているからね。直に決まるさね。交渉役の奴らに踏ん張ってもらって、一人でも多くの人間を雇ってもらえるようにしてもらいたいもんだね。」
「あぁ、そうだなぁ。」
「で、多い方から行こうかね。調べた限りの村々の元々ある伝手だね。その数おおよそ五百。これに関してはハージンの旦那が言ったような路銀だなんだの話は、どうしようか難しいとこだね。誰がどこに行くかってぇのは予め決まってしまっているからね。まあ、男手要するとこしかないから、そこんとこ考えたら、何とかなるだろうけどね。」
「ああ、細かいところの詰めは未だだが…何とかするようにする算段だ。」
ハージンの旦那が少し力を抜いた感じで言う。
「まあ…そこんとこは頼むさね。」
「おう、ハージン。頼むぜ。」
「はっ。」
旦那は、さっと畏まる。
確かに、私らにとっては兄ぃかもしれないけど、奴さんにとっちゃ主君ってぇ奴だもんね。仕方ないかもね。
…私らも、ちっとは畏まる必要があるんかねぇ。
「じゃ、文句無いなら続けるよ。次ぁ、領の伝手だね。私も、ここに関しては詳しくはないけどね。荷運びの労役だ、人夫連中の炊き出しだで、三百は見積もっているそうだよ。冬場は物の動きが多少は盛んになるからね。スルキア領の方じゃ大鍛冶の手伝いなんざもあるらしいね。後は大工仕事の下働きかね。この辺は経験があると良いんだけどね。まあ、どこでも人は入用さね。それだけでどんだけ雇ってもらえるかはわからないけどね。そんでも、ハージンの旦那の見積もりじゃあ、ざっと西で二百の、東で百は何とかなるんじゃぁないかって算段さね。取引のある先の十と五でそれぞれ二十ずつ雇ってもらおうってぇ算段さ。」
この領と取引のある商人ってのが、どんくらいの規模かはわからないけどね。どっちかってぇと、慎重な御仁さね。付き合い短いけど、そんくらいはわかるさね。すっと、もう少しは見込めるかね。
「ふーん。てぇと、領民で経験ある奴がどんくらいいるかってぇのも考えなきゃなんねぇな。」
「大鍛冶のとこに、うちの連中を潜り込ませられるか?」
レンゾの奴が口を上げる。まあ、そう来ると思ってたよ。
「どうなんだい?ハージン。」
おっと、ハージンの旦那が顔を上げる。
「…そうだな。こっちで大鍛冶をやっている連中だってバレると危なっかしいかもしれないが…、足は付かないだろう。たまに、妙に詳しいのは流れで、そういうことをやっていたこともあるって、ことにすればよいだろうな。」
「そうか。じゃあ、うちの連中のうち、そっちに回す奴を考えとかぁな。」
「あい、はい。そんなもんでいいかい?続けるよ。」
「おう。」
「ああ。」
レンゾとハージンは特に問題ないようだね。
「まあ、スルキア側で言えば、これに加えて私も伝手を辿れば百は数えられると思うんだがね。もしかしたら、重複もあるかもしれないけどね。」
これはちっと考えていなかったけども、タッソの旦那に言われて気付いたよ。ハージンの旦那と伝手の先の名前を合わせてみたら、かち合うとこもあったしね。
「そんで、後は私ら公都組の伝手さね。どうしても、てめぇの元の職で数に差はあるがね。セブ兄ぃ含め、一人一人聞いて行ったよ。面倒だったけどねぇ。そんで…出た数字、おおよそ四百というとこだね。」
ふっと息を吸う音が聞こえる。予想より多い量ってのはわかるけどね。田舎貴族とは言え、一領主の伝手が五百に対して、高々の若者幾十人で四百なんだからね。まあ、驚いても仕方ないさね。
…しかし、何とも言えないね。てめぇの伝手なんざ、大して誇れるものでもないんだけどね。ほとんどは、親、寄り親の伝手さね。
「まあ、均せば一人当たり十数ってとこかね。実際んとこは、オンやテガの届けている便り次第さね。」
…均せば、ってぇ言ったけどね。大分、一部に偏っているとこもあるしね。特に、兄ぃの分が多いのは当然さね。それが人徳ってぇもんさね。
とは言えねぇ、信じていないわけじゃあないけどねぇ。そうなると、兄ぃが一人で責を負うってことになるってぇとねぇ。
「うちの、俺の分が百だな。」
…兄ぃの方を見る。
セブ兄ぃのこん言葉はてめぇが責を負う、責の大部分を担うってぇことの宣言だね。功を誇るってぇんじゃあないね。責を負うってぇんだね。周りが…、どう思うか知らないけどね。
…しかし、やっぱ、男だねぇ。惚れちまうよ。もう、惚れているけどね。
「俺は二十だな。」
レンゾの奴ぁね。ここで、セブ兄ぃに張り合うのさ。そういうとこさね。本当にね。人数だけ見たら、張り合えていないんだけどね。
「…加えて、俺はサブの兄貴から三百引き出そうと思っている。」
で…さらに手心加えずやんのが、この二人ん関係ってやつさね。ガキの頃から変わらない。そう聞くねぇ…。
しかし、サブの兄貴ってぇのは初めて聞いたけどねぇ。
「おう、兄ぃ。そのサブってぇ御仁はよ。俺も兄ぃとは付き合いが長いがよ。初めて聞いたと思うんだがよ。誰でぇ。そん御仁はよ。」
ふっと見ると、タッソの旦那の表情が少し強張っているね。
「サブの兄貴ってぇのは、俺の実の兄貴さ。」
一同…一部がどよめく。
わかっていたのは…タッソの旦那と、レーゼイの旦那かね。いや。レーゼイの旦那はここまで顔色を変えていないしね。奴ぁ、そういう意味ではわかんないけどねぇ…。
けど、レンゾの言う通り、付き合い長い私らでも知らない御仁であったのは間違いないね。
「で、その兄ぃの実の兄貴ってぇと…。うーん、アルミア子爵の親戚ってぇことか?」
「ああ、そうだ。てめぇら皆、知っての通り、俺の実の親父ってぇのは、ここの領の先々代ってぇわけさ。そこら中に妾作り歩いたってぇな。そしたらよ。俺以外にも子のいてもおかしくはねぇってことよ。その内の一人さ。サブの兄貴は。俺より七は上だったかな。皇都で商いやっている御仁さ。この前、皇都に行った時、ばったり会ったってぇわけさ。」
本当に、ばったり偶然に会ったなんてことがあるはずがないんだろうけどね。誰ぞ漏らしたんだろうね。普通に考えたら隠しておきたいはずだからねぇ。後嗣の争いのあるかもしれない相手だからね。下手したら、領がガタガタになるよぉ。
しかし、その漏らした誰ぞもまさか領主であるセブ兄ぃ直々にお披露目されるとは思っていなかっただろうねぇ。
「へぇ…。で、どんな奴輩だったんだ?」
「おう、流石は俺の兄貴ってとこよ。気持ちの良い、おっさんだったぜ。何かあったら、言ってくれってよ。まあ…そう頼むこともねぇと思っていたんだがよ。まあ、ここは使えるもんは、ってぇことだな。」
…本来なら、あれだね。この情報があれば、タッソの旦那を気に入らない、ニカラスク家とポソン家が付け入る隙だったんだろうけどねぇ。
何故か、レンゾの奴がザムの坊を良い案配に取り込んじまった。あれが、取り込んだってぇのが正しいか、わからないけどね。
そうなると…ポソン家の旦那はどうだかわからないが、一角は崩れちまったってぇ話さよ。元々、あばら屋派閥だしね。ちょっとやそっとの揺れで崩れるもんさね。これを裏で動かそうとしてた奴は、とっときの阿呆としか思えないね。
粗が多過ぎってぇもんだよぉ。