―アルム、領館、ハージン―(4)
「ああ。」
話を振ったレンゾ殿にローベン殿が低い声で応える。
鍛冶師の血が騒いだのか、ぐいと前に出て、付け焼刃に関して講釈を垂れ始めるレンゾ殿。狭い屋内で実際の鍛冶の身振りをしながら大声で話す。あれで人や什器に触れることないのが不思議だ。振った腕の作った風がタッソ様、ザメイ様、そしてタヌ様の前髪を揺するが。
…何故、タヌ様もあそこまで近い位置で見ているかわからないが。レンゾ殿の太い腕があの華奢な身体に当たれば折れてしまいそうだ。
レンゾ殿の裂帛の向かう先は、付け焼刃という言葉を発してしまったタッソ様。全く災難だな。私も彼の前では迂闊に鉄に関する慣用句を使うのは止めておこう。あの大柄の男に迫られるのは勘弁願いたいところだ。
「いいか?普通刃物は折り返して鍛え焼き入れをして、その案配次第で芯は軟らかく、それを硬ぇ鉄で覆われたようにする。硬ぇ鉄は軟らかくしなやかな鉄に根を張って、そんじょそこらで負けることはねぇ。素人は勘違いし勝ちだがよ。硬さと頑丈さは違ぇ。むしろ、硬さをとれば頑丈さは失われる。だからよ。刃物ってぇのは何に使うかに応じて、硬さと頑丈さの割合を調節して作るんだ。部分部分でよ。」
はあ、そういうものであったか…。いや、そんなことはどうでもよいのだが。
「対してよ。付け焼刃ってぇのは予め用意した細長い硬い鉄を刃先にだけ付ける。一回二回の接ぎでよ。だから、硬ぇのは刃先だけだ。しなやかな鉄に十分に根を張っていないから、途中でぐっきり折れることも多い。それに、何度でも研ぎ直せる十分に鍛えた刃物と違って、研ぎ直すなんてことは出来やしねぇ。刃がほんの先にしかついていないからな。」
ぽかんとした顔で、そんなレンゾ殿を眺めることしか出来ないザメイ様。タッソ様はにじり寄るレンゾ殿に対して引いて構えるしかない。椅子に深く腰を掛けたセベル様はくっくと笑っている。
「だがよ。何回かは切ることは出来る。刃先を真っ直ぐ取り扱ってやれば、刃こぼれもしない。結局は使い手次第ってぇことよ。だからよ。付け焼刃は鈍らとは違ぇってことよ。鈍らじゃモノは切れやしねぇが、付け焼刃なら、モノは切れるんだ。」
ローベン殿が頷いているというこは正しいことなのだろう。少なくとも、刃物の話の上では。
「それによ。付け焼刃ってぇ言葉があるってことはよ。それが少なくとも、使われているってぇことだ。馬鹿には出来ねぇよ。えぇ?」
「…その鍛冶の話と…今の話に関わりがありますか…。」
ようやっと応えるタッソ様。
「大有りってなもんよ。えぇ。」
ずいと詰め寄るレンゾ殿。あの人とやり合うのは、私は勘弁したいな。
「そうですか…。どこに関わりが…。」
「小僧の案がクソの役にも立たねぇなら、そいつぁ鈍らだ。多少脆くても、ちっとでも少しでも何かの役に立つなら、それが付け焼刃だ。てめぇは付け焼刃だと言っただから、小僧の案は一片の役にも立たねぇもんではねぇと、そうお前は言ったということだ。」
ただの例え話であるのに、よくもまあここまで喋る、と思う。一理あると言うべきか、否か。
「…それで?」
「それだけだ。文句あっか?」
「文句もあります。今は凶作の対策のための寄合です。関係ないことは…。」
「おう。だからよ。お前も関係ねぇことをしようとしてたからよ。」
「ぐ…。」
驚いたな。調略の類は嗅ぎつけることすら出来ない御仁だと思っていたが…。
それにタッソ様を、多少強引であるもののやり込めるというの
「んでよ…。ハージン。てめぇはどう思うよ。こんガキの案はよ。」
こっちに振られたか。
「…そうですね。アルミア領の象徴となるようなもの。そして、それが民草まで浸透しているものとなると…中々難しいところですが…。それに準備するための時間も金も考えなければなりません。」
肯定もせず、かと言って否定もしない。そうあるしかあるまい。私は誰にでも噛みつけるような人間ではないのだ。出来たら、ニカラスク家と事を構えるのも遠慮しておきたい。
ああやって直ぐに噛みつけるレンゾ殿が羨ましいかと言ったら、そんなことはない。あれはあれで苦労も多いことはわかっている。その苦労は私はわざわざ買ってまでしたいと思わない。
だが、セベル様の表情、雰囲気がこれを許される場を作っている。だからこそ、彼はセベル様とともに来たのだろう。わざわざ、この鄙びた土地に。そして、ここの不便を知ってなお離れる気がないのだろう。これが未だ見ざる徳と言うものか。
それにしても…ザメイ様の案は果たしてどうだろうか。一考の余地があるのだろうか。効果のほどは実に曖昧。上手く行ったか、上手く行っていないかも測りようもない。したがって、掛けた値に対する見返りもわかりようもないだろう。
「どうだ?ハージン。」
黙考する私にセベル様が声をかける。
「…一度持ち帰って協議させていただければと…。」
先延ばしであるが、そうせざる得ないか。
「そうか。じゃあ、三日後までに頼む。」
「あい、わかりました。」
「おい、ガキ。てめぇ、ニカラスクって言ったな。てめぇの叔父貴かなんかに、サテンっておっさんがいるだろ。あんおっさんに聞いてみろや。おっさん、細工物が得意だからよ。そういうのは得手だろうしな。」
「おう、そうか。ハージンも手伝ってやれ。まあ、無理なら無理で仕方ねぇがよ。」
レンゾ殿の一声で、ザメイ様の手伝いをすることになってしまった。
タッソ様の方に目をやれば、渋面であるが頷いている。上司の許可も出た、やるしかないということか。
ここに来て、タッソ様の描いた勢力図というものが随分とわやくちゃにされてしまった。サテン殿が出るということも予想外だったろう。サテン殿はこの勢力図中ではローベン殿の手下ということになろう。それに仕事を回すということはそういうことだ。
おそらく、タッソ様の元の思惑は、ローベン殿やニカラスク家、ポソン家の者をこの寄合に集めたのは、彼らに仕事を回さないことで、彼らの立場悪化させることだったはずだ。それが結局、彼らに仕事を割り振ることになってしまった。道の整備の人夫などという副えの仕事ではなく、彼らの主導する仕事を。
タッソ様は最早表情には出していない。だが、忸怩たる思いだろう。
いや、あの人のことだから、既に次のことを考えるのだろう。それが、他の二家を排することか、それとも取り込む方向に進めるのかはわからないが…。
タッソ様と繋がっているはずのレーゼイ様は許より眉すら動かさなない。仕事柄、レーゼイ様と話すことは多い。領内の馬を管理するガーラン家には渉外の仕事で頼むことも多いからだ。それにレーゼイ様は元の嫡子である兄君が戦死されるまで、皇都の別邸詰めの時期が長かった。私が未だ若い頃、子供の頃のレーゼイ様の世話を多少なりしたこともある。
その頃には流石にこの風格は無かったが…。長ずるにつれ、徐々に風格を蓄え、今では堂々たる重鎮のようだ。ガーラン家の遺伝で上背はないが。威風故に大きく見えることすらある。
しかし、ニカラスク家の立場が少し良い方向に動いたとすると、実は残るポソン家の立場がぐっと下がることになるが…。ミゼイ様にその自覚があるかどうか。
反対に、レンゾ殿に目を付けられた僥倖、いや…多少無理でも何か言うことだ出来たザメイ様の勇を称えるべきか。実際、あそこで声を出すのは中々辛かったろうに。
「まあ、他にもあるだろうが、思い付いたら後で伝えてくれ。」
セベル様はこの話はここまでと区切る。
「で…次の話は何だったかな。」
「そうですね。出稼ぎ先に関してでしょうか。」
タッソ様は仕切り直したような声で告げる。
「出稼ぎの当てに関しては、現状どの程度集まっているかは…ナナイ殿から説明いただけますか。」
「あいよ、わかったよ。ハージン。」
少々、予想と違うことになったが、私のこの寄合での仕事は終わった。これで一息だ。壁際に下がって身体を預ける。
随分と多く話したように思う。
疲れたが…。それなりに収穫はあった。ということにしておこう。