―アルム、領館、ハージン―(3)
一呼吸おいて続ける。
「今回は民の多くに、今までにない以上の多くの民に出稼ぎに出てもらいます。当然、そこで懸念となるのが、一度出た民が帰って来ないことです。特に、女子供の働ける先もあるとなると、家族で出ることにもなりましょう。領に家族が残っていれば、帰って来る理由にもなりましょうが、そうでなければ行った先に居着いてしまう可能性も高くなります。」
これが出稼ぎの一番の懸念点だ。タッソ様に指摘されるまで気付かなかった。成程、出ていってしまった民が戻ってこないとなれば、我らの立場からすれば、それは領内で死んだのとほとんど変わらない。領に立つ評判や個々の人間の思いというものに多少の違いはあろうが…。
ここに住み着いている私が言うのも難だが、アルミア領は必ずしも暮らしやすいところではない。農作を行うにも肥えた土地ではないし、冬の内何回かは外にも出られない日が数日続く。ここで生まれ、ここで育った人間には当たり前のことであり、当たり前であると思っているから耐えられるところがあるだろう。ただ、山を下って稼ぎに出て、冬の厳しさの随分違うことがわかってしまうだけでも領から出る理由になってしまうだろう。特に、そこに仕事さえあるのであれば、移住してしまった方が楽に暮らせるのは道理であるからだ。
「民の数は領の力。最早、この際多少の人数は出て行ってしまうのは覚悟するにしても、可能な限り民を留める策を要します。」
だから可能な限り戻って来てもらえるように施策せねば。
「…そんで路銀ぐらいは出すってぇことか。」
納得した…そんな素振りを見せながらセベル様は言う。
「その通りです。」
路銀を出すこと、そして、それの見積もりは既に伝えている。往復の路銀を一人分渡す方が、一人分の食糧を運ばせるのに比べて、半値ほどで済む。
「また、只路銀を渡すということはしません。この領で売れるものを運んでもらいます。路銀を渡すのに加えて、賃金も支給するという形で…。」
そう形だけだ。農夫どもは碌に計算も出来ないのが普通だ。そこを誤魔化すのは難しくはない。勿論、法外な安値とすることはない。その程度は見透かされるからだ。それに出稼ぎ先の領外で話をすることもあろう。そうすれば自分達が法外な安値を掴まされたということに気付くだろう。だから、相場の範囲内の銭は出す。だが、随分と格安ということにはなるだろうが。
「そして帰って来る際にも荷運びは行ってもらおうと考えております。これも当然賃金を出します。運ぶものは糧食です。おそらく、領内の麦は冬のうちに費やされてしまうでしょうから、春にまた運ぶことにも意味があります。」
こちら賃金は具体的な値は告げずに、往路より高いとだけ伝えておく。
それに帰って来る者たちを統制出来るというのにも色々と意味がある。そのための策でもある。
「そうか。」
「…そして、それ以外にも策を打とうと思っています。」
「おう、何だ。」
「出稼ぎ先はこちらで指定し、可能な限り家族を引き離そうかと…。」
…これまで私の行ってきた仕事で、この手の話…すなわち、やや人道から外れた計略のようなものは無かった。だが、これ以外の策は思い付かなかった。
これを奨めるのは気が重いが…。やらなくてはならない。
「後で、ナナイ殿に細かいところは話してもらおうと思っていますが、主な出稼ぎ先は西側を通っていくスルキア領と、東側を通っていく公都方面ということになります。各々家族で来春、アルミア領で会うという約束でもしてもらえれば、領に戻ってくる理由にもなりましょう。」
「…それはつらいな。」
つらいと言ってもらえる方が良いのか、もしかしたら人情解さず是良案と手を叩いて受け入れてもらった方が楽だったか…。
「だが、言うことを聞かない奴もいるんじゃあねぇか。」
「まず、領から支給する路銀。これを出すのは領の指定した出稼ぎ先に行く者のみに付けるということにします。」
「成程な。良く考えられている。」
「勿論、妻子の分は路銀を出してもらい、自分の分は手持ちで…という者も現れましょう。なので、この路銀の出す出さないは家族ごとということにします。」
どこまでを家族とするかは難しいところであるが、担当する役人に言い含めて良いように計らってもらうしかあるまい。同情して便宜を図ろうという者もいようが、そこは上手くこちらで差配するしかあるまい。
「出稼ぎ先の指定に正統な理由を付けなければ納得しない者もいましょう。そのために、女子供の出来る仕事には場所の限りがあるということにします。」
まあ、これ自体には嘘はない。本当のことを全て言っていないだけだ。まるで詐欺師のような真似ではあるが…。
「加えて、西側の村々からは女子供はスルキア領に、男どもは公都方面に出てもらいます。東側の村では逆とします。これで女子供の旅程を短くするという建前も付けます。」
この時、西側の村々の男どもと東側の男どもが交わるのは、あまりよろしくない。男どもの仕事先がそれぞれの村々の女子供の行く先にもあるという話が伝わると、そちらに行きたいという者が出るだろうことが予想されるからだ。これを避けるためには行き来を統制出来るに越したことはない。
往路は領内の産物の輸出のために、復路は領への糧食の輸入のために、賃金を出して労役を担ってもらう。それで統制するのだ。
往路復路ともに、順にアルムの兵舎で一泊してもらう。西側から東側に、東側から西側に向かうと領内で一泊することになってしまう。この時、村々の間で情報交換があるとよくない。アルムから発てば一泊目は領から出て半日ほどのところとなる。これで、村々の間の交流は抑えられる。元々、東西の村はそれぞれファラン家、ガーラン家の派閥とニカラスク家、ポソン家の派閥と分かれているため交流は少ない。そうでなくとも、村を跨いで移動する意味など差してないのだ。別に村ごとに大きな違いなどないのだから。
途中で村々を通ることにもなるが、元々糧食を運ぶための労役が多く通ることになる。それと区別などつかないだろう。いや、付けさせないためにも、領外で雇った労役も混ぜた状態で移動させよう。
いずれ、家族を引き裂いて出稼ぎ向かわせたなどということも噂に流れるだろうが…。その時はその時だ。差配が無能であったということにでもしておけばよいだろう。これも事前に手を打っておくか。役人どもに私が無能であると、愚痴らせておけばよかろう。どの道、私はバッケンが跡を継ぐまでの中継ぎだ。私に不満を溜めておけば、そこの代替わりも上手く行くことだろう。
それに男どもはアルムではそれなりに饗応する。そうすれば、不満も逸らすことが出来るだろう。これは、タッソ様…、それにバッケンにやらせよう。
「老人や働けない子供に関しては、領に残っても大丈夫なように、こちらから積極的に保護策を施すこととします。…無理に同道されないように。」
飴と鞭は良いように使い分けなければなるまい。
「具体的には何すんだ?」
「両親ともに出稼ぎに出てしまう子はアルムにて預かります。領館とファラン家、ガーラン家で分けていさせます。このうち、有望な者には教育も施そうと考えております。」
教えるということは、実のところ刷り込むといことにも繋がる。アルムで良いように教育すれば、不満を逸らすことも出来よう。
「…成程なあ…。」
セベル様は感心したように言う。
「…以上が出稼ぎに関する私どもとナナイ殿とで考えた策になります。他に妙案があれば、皆さまにも伺いたいと思っていますが…。それ以外にも疑念点などございましたらお願いします。」
一同を見回す。皆考え込んでいる。このように策を弄することは今までアルミア領でそこまで多くはなかったことだ。当然、悩みもしよう。
…ザメイ様も一応考えている。振りかもしれないが。露骨に退屈そうな顔をしていた先ほどまでとは違うということか。何がきっかけであったか、この短時間で。
「その…なんだ。何か…こう領の思い出の品とか…そういうものを持たせるとか…。」
沈黙の中、ザメイ様が口を開く。
言い出したは如何にも稚拙な案。子供の出したような。いや…子供か。
「その品というのは、具体的にどのような物を考えているのですか。」
きつい調子で詰めるタッソ様。
「…えぇと…。その…。」
言い淀むザメイ様。
「そこも考えずに案を出したのですか。付け焼刃で。」
ぴくと眉を動かすレンゾ殿と…ローベン殿。
「付け焼刃も…使い処だぜ。そもそも付け焼刃ってぇのはだな。刃を十分に鍛える暇がねぇ時に使うもんだ。なあ、爺ぃ。」
これは…一体何が始まるというのか。