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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
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―アルム、領館、ハージン―(2)

「…得られた石にしちゃ一等のもの作ったつもりだが、鉄としては二等半ってとこだ。駄馬一頭の鉄で麦の駄馬三頭が限界ってぇもんだろ。」

 レンゾ殿が壁に身体を預けたまま言う。それは事前に聞かされていた通りだ。未だ読めない懸念点だ。

「スルキアで売ると、駄馬一頭の鉄で駄馬一頭の麦にしかならねぇかもしれねぇ。まあ、俺もスルキアでの鉄の値なんぞ知らねぇがよ。噂にゃ、公都の半分の値で鉄が手に入るってぇ話だ。実際、そんなもんかもしれねぇよ。だから、あまり期待すんな。兄ぃ、ハージン。」

 麦と鉄の交換が同じ重さとなってしまったら、鉱石の買値やレンゾ殿らの労働量を考えると、ほとんど儲けが無い。いや…むしろ、少し足が出ているだろう。

「そんなもんかぁ…。商売ってのは難しいもんだな。」

「…ゲッセイ殿が手下を連れて、まず駄馬二頭分を売りに行っています。それの結果次第です。どの程度まで捌けるかも見積もっていただける算段となっています。」

 ゲッセイ殿はフブ殿の義息のような立場であると聞いている。フブ殿は永くスルキア領で鉄の商いを行っていた人だ。フブ殿は事情によってスルキア領での立場はそこまで良くないという話であるが、現状鉄をスルキア領で売るに当たって彼ら以上の人材はいない。そのはずだ。

 …そうでないのであれば、彼らは我らの領において価値を失うことになる。ゲッセイ殿とてそれがわからぬ御仁ではないだろう。であれば、鉄の値がどの程度となるか、それを出来る限り高くするよう、努めてくれるだろう。それが私の算段だ。

「…そうかぁ。ゲッセイのおっさんも大変だな。」

 そういう、我らの算段も見透かしておられる。そのように見えるセベル様は…末恐ろしい。そう言わざるを得まい。

 この、どこの馬の骨とも知れない…というのは些か不敬であるかもしれないが…、この領主様は下町の育ちの割に、いやそれ故か、人を見るに聡い。ゲッセイ殿など一度二度話したことがあるかどうかのはずだ。それはフブ殿であっても変わらない。場合によってはレンゾ殿に二言三言聞いただけかもしれない。つまり、直接の手下、弟分のレンゾ殿から幾分の話を聞いただけ。

 それでいて、その配下の配下まで把握している。

 私とて、ほとんどセベル様と直接お話したことはない。だが、タッソ様の配下であるというだけで、片言隻語を以て、自身のことを把握されているのではないか…。

 そのような恐れと畏れを感じざるを得ない。日頃から気の抜けない領主ということか。


「…まあ、糧食の手配は他領の関わることだからな。四日で整えることが出来るのはこの程度か?」

「えぇ。申し訳ありませんが…その通りです。農夫どもの中には夏前には気付いていた者もいたようで…それを知っていれば、もう少し早く動けたと思うのですが…。」

 そうなのだ。聡い農夫の話でも聴いていれば、もう少し早く気付けたはずだ。とうに気付いていて、それで何も言って来なかった天文方には些か腹立ちを覚えるが…。それに鉄の捌き方も手を拱いておらず、早く動くべきであった。ナナイ殿がどうにかしてくれると…呑気に構えていたのが間違いだった。

 これも見透かされるかと思うと…背に汗の滲むのを感じる。

「責めてるわけじゃあねぇ。仕方あんめぇしな。てめぇの仕事は外のことだしな。」

「内のことを為さねばならぬ者がいたはずですがね…。」

 私を慰めて下さろうとするセベル様の言に被せて、タッソ様が舌鋒をニカラスク家の子に向けようとする。

「まあまあ、タッソ。そういきり立つねぇ。話が進まねぇじゃあねぇか。な?」

 もう十分に責めた。そういうことだろうか。

 …人情ある主に、冷徹な副え。これはこれであるべき姿でもあるが…。

「は。出過ぎた真似を…。」

 タッソ様はセベル様の言に下がる。下がらざるを得ない。当たり前だ。領主の言だ。幾ら対外的には弱小、吹けば飛ぶような小領とは言え、その中にあっては領主というものは絶対的である。


「…おいおい、俺らの兄貴分をそう責めるんじゃあねぇぜ。」

 レンゾ殿が未だ姿勢はそのままに言う。

 しかし、セベル様を責める…?ここまでのやり取りでセベル様を責めるようなことがあっただろうか。いや、セベル様の表情は苦々しいものが多かったようにも思える。

 …まさか、家臣の不甲斐ないを己が責と感じていたのだろうか。明敏明察にして尚人徳まで備えるか。そうであれば、タゼイ様はまた怖ろしい人を連れて来たものだ。

 確かに、公都の下町親分と、皇国の鄙の鄙の我らがアルミア領の、その領主。この二つを比ぶれば前者の方が自由になるものも、配下も多いだろう。となれば、公都の下町親分を引っ張ってくれば、アルミア子爵としては…。

「んなもん、わかんねぇだろうがよ。」

 これまで壁に身を寄せていたレンゾ殿はずいずいと歩いて輪の中に入って来る。そして、ザメイ様の肩を掴みゆっさゆっさと揺する。ザメイ様は瞠目して、揺すられるがまま。

 つまりは、レンゾ殿の言いたいことは、このようなことを予期するのは難しかっただろう、ということだろうか。

「こんガキだってよ。なあ?兄ぃだって、この時分にゃあ青洟垂らして、そんでそれを拭った袖振り回して、きゃっきゃやってたぜ。なあ、兄ぃ?」

 セベル様はくっくと笑い、タッソ様は渋面を浮かべる。

 アルミアの暗部とも言われるファラン家に生まれ、皇都で上流の界隈との権謀術数の渦を潜り抜けるを以て生きるはずであったタッソ様にとっては、ある意味で触れるはずでなかった人格が、レンゾ殿だろう。

 何が本音で何が建前か。それを見分け嗅ぎ分け、それを生業とするはずだった。それが、この包み隠さない態度だ。

 元々、伝統を重んじる皇都と、功利に生きる公都の文化の違いもあるのだろうが…。

 それでいて、タッソ様とレンゾ殿の仲は案外悪くないのが不思議なところだ。時に、タッソ様はレンゾ殿に煮え湯を飲まされながらも、どうしてそうであることが出来るのかは…。私もわかってはいないわけではないが…。この二人が対立するよりは良いことだろう。

「そこまでじゃねぇだろうがよ。俺ぁザムの年頃にゃあ、もうちっとしっかりしてたぜ。」

「だとよ。クソガキ。」

 レンゾ様はザメイ様の肩を乱暴に叩く。

 ザメイ様は思わず、つんのめる。

 四足家の当主であってもアルミア子爵家の当主であっても、下町の子供やそこらの兄ちゃんと同じ扱いである。

 案外、私もこの正直な男が嫌いではないのだ。

 テテ殿もセベル様と同様にくくと笑う。ナナイ殿は不可思議な様子であるが、永い付き合いのこと、私の思うところと異なることを考えているのだろう。

「そんくらいにしてやれや。なぁ、レンゾ。」

 ザメイ様の肩を未だ揺すっていたレンゾ殿を座ったまま止めるセベル様。打って変わって気楽な様子。

「それに、未だ話は終わっていねぇぜ。」

「あぁん?」

「出稼ぎの話もあっただろうがよ。」

「おう、それもあったな。ハージン。てめぇがまとめてたろ。どうなんだ。」

 聞く人が聞けば、何故お前が聞く。となるところであろうが、最早この雰囲気で、どうのこうの言える人間はいまい。

 既に場は呑まれてしまっている。

 瞑目するローベン殿に、瞠目するザメイ様。

「既にナナイ殿から話は行っているかと思いますが、僭越ながら私からまず状況を整理させていただきましょう。」

「おう、頼むぜ。」

「今更言うまでもないですが、食糧の消費を出来るだけ抑えるには出稼ぎに出てもらうことが肝要です。領内に食糧を運ぶよりも、人間が外に出た方が効率が良いですから。とすれば、領内の仕事が滞らない限りにおいて、人が外に出ていくに越したことをありません。そうであれば出稼ぎというのは尤もな手段と言えましょう。特に、衣食住を保障してくれる先であれば、なおのこと。元々、農閑期の冬場には出稼ぎはある程度あった話です。領の現金収入としても僅かばかりではありますが無視出来ない金ももたらしてもきました。これをこの冬、いえ少なくと凶作が続く限りは奨励したいと思うわけです。」

 一同をぐるりと見回す。このことに関して特に異議はないようだ。

「とは言え必ずしも、その受け入れ先が十全であるわけではありません。以前より、付き合いのあるところのある場所もあるでしょうが、十数年もしくは数十年振りの凶作となった今年においては、例年に倍する三倍する以上の出稼ぎの先を要するわけです。この際、冬の仕事に多少の支障が出たとしても、民の命を繋ぐには必要なことであると言えます。」


 冬の仕事、という言葉にレンゾ殿はぴくと眉を動かすが、それ以上の動きはない。レンゾ殿の仕事は冬こそのものであるから、冬場に人の減るは厳しいのだろうが…。それを我慢出来ない人ではないようだ。思えば、この人も一年で随分と成長したように思う。昨年、公都に同道した時の受けた印象であれば、自分の仕事が出来ないことにもう少し文句を言っただろうに。

 …そう言えば、公都の方々で最も民に近いところで働いているのが、レンゾ殿と彼の率いる一団かもしれないな。他は領館務めで役人としかほとんど話さないか、兵の働きだ。そう考えれば、元々血の巡りの悪い人ではないのだ。民の数というもの重要性が身に沁みてわかっているかもしれない。


「実際に必要な数ですが、女子供に老人を合わせて、領民の半分となる二千といったところです。勿論、上限はありません。可能であれば、半分に加えるところの四分の一で三千は欲しいところです。それだけ麦も足りない状況にあるわけですから。領内の出来を考えると十全に養えるのは精々が五百といったところ。先の話で出た通り、領府で用意する分こそありますが、これを削減できるに越したことはないわけです。」

 ザメイ様は驚いた表情をしているが、他は特に表情に動きはない。わかっていたことだからだ。もう一方の落ち目の四足家の当主ミゼイ・ポソン様もわかっていたようだ。元はほとんど農夫と変わらない立場であったというから、むしろ身に迫った問題として考えられるからかもしれない。


「一方で、領に生き領で死ぬ民草に外の伝手が豊富にあるわけがありません。そこで、出稼ぎ先を用意する必要があるわけです。これに関してはレーゼイ様にお借りしたマッス殿、ロイ殿に加えて私の手下でまず各村にどの程度の当てがあるか調べました。それによりますと、各村で五十が限界といったところです。したがって、これに増すことの千五百は行く先を見つけなければなりません。さらに言えば、元々ある伝手などは働き盛りの男どもぐらいしか求めておりません。女子供老人でも雇ってくれる先が良いのですが…。」

 これはもう少しあると思っていたのだが…。実に皮肉な結果ではあるが、フブ殿が製鉄という冬の仕事をもたらしてくれたお陰で少しくではあるが、冬場に領に残る民が少しずつ増えていたようだ。レンゾ殿の始めた精錬場は未だ一年であるから、そこまで影響はないがそれでも一昨年までは出稼ぎに行っていて者が昨年は行かなかったということもあるらしい。

「出稼ぎ先の当てに関しては、まず後に回しておきましょう。」

 出稼ぎに関してはナナイ殿にまとめてもらったので、それは後で説明してもらおう。

 私の役割としては、ここからの策に関して、この場で通しておくことだ。ここまでは現状の説明でしかないからな。

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