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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
94/139

―アルム、領館、ハージン―(1)

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旗幟の徐々に明らかになるとともに表情の明暗、その対比は徐々に鮮やかに。意を得たりとおる者もいれば、険しい(かんばせ)を下に向ける者。一方で、眉をぴくとも動かさぬ者もいる。窓から見える碧青の空に浮かぶ雲は速く流れる。

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 しかし、タッソ様も相当酷だな。これではローベン殿も立つ瀬があるまい。本来、彼を庇護するはずのニカラスク家からの口添えも無い。もし自分が、その立場であったとすれば恐ろしい。私の属する派閥であるファラン家の当主交代が上手くいって良かった。そう言わざるを得まい。

 そうでなかった彼に対して、一厘の憐れみは無くはない。とは言え、私に彼を助ける義理はない。それに私の方に話を振られてしまった。なれば、私の役割を果たさねばなるまい。

「私の請け負ったものは糧食に関してと、冬の出稼ぎに関しての二件ありますが…。」

「では、前者から。」

 タッソ様は寸断の間も無く言う。

「そうですね。動かせる金の量はファゼイとナナイ殿と相談して…それについては昨日までに文書にてお伝えした通りです。凶作が三年続くという見込みの元、ぎりぎり使える量ということになります。」

 天文方の見込みでは凶作は今年だけのものであるとのことだが…。こちらとしては三年の見込みとした。天文方の言うことを信用していないわけではないが、三年としたのは…今の貯蓄で耐えられるぎりぎりの年数ということだ。ある意味で最悪の最善を想定していると言える。もし、凶作が三年、それより長く続く場合は皇国に助けを請うしかあるまい。

「金の量はわかりました。それで麦の備蓄は?」

 …タッソ様はザメイ様の方を見て言う。食料の備蓄は内政を司るニカラスク家の仕事である。それで、ザメイ家当主の方を見たのだろう。

 …ここで敵対派閥を徹底的に叩いておきたいようだ。ローベン殿に続き、ザメイ様か。

 直接言われたわけではないが…、今アルミア領はファラン・ガーラン家の派閥と、ニカラスク・ポソン家の二つに分かれているとのことだ。これを前者派閥に傾けるため、タッソ様は必死なのだろう。

 正直、ニカラスク家とポソン家の体たらくを見れば、そう必死になることもなく没落していくだろうことは、そう想像に難くはない。

 それをこう…徹底的にやるものか。


「いや…、えっと…。」

 ザメイ様は補佐であるタヌ様の方を見るが、タヌ様は申し訳無さそうに瞑目するばかり。

 それもそうだろう。タヌ様はファラン家の養女となった方だ。派閥で言えば、ファラン・ガーラン家側であるのは自然のものであるだろう。だが、領主様に近しい公都派閥であるとも言える。それを取り込むことがタッソ様の思惑だったのだろう。

 そしてタヌ様は、その思惑の乗るということだ。それに些かの疑いのないかと言われると、そうでもないのだが…。

「麦の備蓄はニカラスク家の役割だったと思いますが…、もちろん、他の四足家でもある程度は持っていますが…。まさか、無いとは言わないですよね。」

 タッソ様は詰め寄る。

 ずっと詰まらなさそうにしていたザメイ様であるが、ここに来て慌てふためき始めた。

 あまりにも自覚するが遅い。

 ニカラスク家は碌に傅役を付けていなかったのか。確かに、未だ若い…いや幼い、そういう言い訳の立つ年頃ではあろうが…。しかし、これではその行く末を案じるものであろう。

 それに領民の生き死にの関わることだ。愚昧であることは、領の損失に繋がる。

 正直、派閥争いなどどうでもよいから、しっかりして欲しい。まずはそこからだ。

 だが、それを望むべくもない。

 そういう状況だ。


「まあ…無ぇもんは仕方ねぇだろうがよ。そんくらいにしとこうぜ。話も進まねぇしよ。」

 ここでセベル様の助け舟が入る。ザメイ様はほっとした表情であるが、これが本当に助けであるかどうかはわからない。結局、弁解の機会すら失われてしまったのだから。だから、ほっとした顔をしている場合ではないのだが。それは補佐であるタヌ様の表情でも見ればわかろうものを。

「取り敢えず、一先ずこの冬の分の糧食を用意出来るだろう金はあることはわかった。それで、次は出稼ぎだったか。」

「いえ…、金があってもどうやって運ぶかという算段の話です。」

「ああ…、そうだったな。悪ぃ。悪ぃ。」

 別にわかっていた、という顔付だ。

 手を振って軽い感じで謝って来るセベル様。やはり、先代とは理解力、それに大分雰囲気も異なる。

 …元々小さい領だ。領主と家臣の距離は大領などと比べる大分近いと言えるだろうが。それでも、やはりセベル様はかなり臣下に近い領主様だ。随分と話しやすい。勿論、それは育ちによるものもあるのだろう。だが未だ一年足らずだ。今後どうなるかはわからない。それに領主様というものが家臣に近いということが良いことかどうかはわからない。


「それで…道か…。」

 セベル様は軽く額を抑えつつ答える。

「夏の終わりには道は通るということになったわけだ。多少はマシか?」

「ええ。勿論。そうなるはずです。とは言え、未だ問題はあるわけですが。」

「問題ってぇと?何だ。言ってみ?」

「人夫は許より買い付け先です。我らアルミア領、狭隘の地にありますれば、大量の物を運ぶとなれば道は限られます。その観点で言って買い付け先のほとんど西側のスルキア領に頼るということになります。しかし…、近いが故にこちらが凶作となる天候であれば、あちらも凶作である可能性が高く…、さすれば糧食の高騰は避けられません。」

 例年であれば、もう少し情報も入って来ただろうが、生憎の土砂崩れによって道が閉ざされてしまった。それで稀に来る行商なども途絶えてしまって、碌に報せも入って来なかった。だから、実のところどうなっているのかわからない。

「なるほどな。頭の痛ぇ問題だ。しかし、すまねぇな。俺もついの一月前にスルキア領を通って来たんだが…。麦の実りなんざわからなくてな。だが、俺に付いて来た兵共の中には畑のわかる者もいたろ。そいつらに聞けきゃあ多少のことはわかるんじゃあねぇか?」

「えぇ、聞かせていただきました。彼らによると、うちほどの不作は無さそうだと。ですが、スルキア領とアルミア領では麦の生育も幾分か異なります。アルミア領の具合で見ると、そこまで不作でなくとも、向こうでは十分の凶作ということもあります。」

 希望的観測…いや、大分現実的な観測でもスルキア領はそこまで凶作ではないだろう。

 今更思えば、我らはどうしてこうまでも不便な土地に住んでいるのだろうか。平地に比ぶれば凶作の頻度も多い。実りも薄い。

 いや…それを今言っても仕方ないか。

「…南側はどうなんだ?俺らがここに来る時通った道沿いならソアキに通じる。ソアキは穀倉地帯だ。それなりに食糧を買い集めるのも難しくないだろう。それにソアキまで行けば公都、それに河までも道が良い。運ぶのも楽なんじゃあねぇか?」

「東回りですね。勿論、考慮に入れておりますが、あちらは荷車を通せません。とすれば、駄馬か人夫を多量に雇うしかありません。駄馬なら千頭、人夫なら三千以上は必要になるでしょう。」

「とんでもねぇ数字だな。」

 言葉とは裏腹に、そういうこともあろうというという表情である。

「勿論、一回で運べば…という数字ですので。それでも、今から冬までの三月、その間ずっと往復するとして駄馬なら百、人夫なら三百と言ったところです。」

「おいおい。そんでも、とても用意出来ねぇだろがよ。どうだ、レーゼイ。駄馬の百を用意出来るか。」

「とても厳しいでしょうな。領にある馬のうち、駄馬として使えるもの総動員して三十が限界でしょう。」

 これまでも同じく、レーゼイ様は姿勢も表情も変えず、腕組みをしたまま、ただ目をセベル様の方にだけ向けて言う。いつもの頭巾の奥底から眼を光らせながら。

「だとよ。まあ…案はあるんだろ。ハージン。」

 一瞬、レーゼイ様の方に向けた目を、セベル様はこちらに向けなおす。

「案というほどのものではないですが…。東西で良いように配分するという程度です。細かいところは、スルキア領での作物の値次第ですが。これは今、西側に私の手下を走らせて調べています。一両日以内に結果が出るでしょう。」

 コーセンとフォングだ。もう、スルキア領には着いて、いや、もう向こうを発っている頃だろう。

「東側にも人をやっています。こちらは伝手も多いだろうセベル様の同郷の方々を主として。メッケと、レーゼイ様にお借りしたオン殿とメーコ様、レンゾ殿にお借りしたテガ殿他数名を。彼らには我らが領で作った鉄と他幾許かのものに幾らほどの値が付くかについても調べてもらっています。付く値次第では、東側で必要な駄馬、人夫も賄える可能性があります。こちらに関しては後十日以上必要となりますが…。」

 彼らが出立したのは昨日だ。道程も長い上、積み荷も多い。急ぎの仕事ではあったが、荷造りに時間がかかってしまった。馬に乗れるオン殿が先行して、諸々の手続きをしつつ行く旅だ。残りの面々は駄馬を引きつつの行程となる。

「…結果が楽しみだなぇ。えぇ?」

 セベル様はにこやかな顔で言って下さる。

「ええ、こちらとしても期待しております。」

 朗報(きた)れば幸いであるが…。

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