―アルム、領館、セベル・アルミア―(2)
「そうだな…。大鍛冶の方から、人は余ってねぇのか?」
そう俺が言うと、タッソはぎょっとした顔をする。テテはにやりと笑っているな。
「あぁん?あに言ってんだ?兄ぃは?」
つまらなさそうに、壁に身体を預けていたレンゾがこちらに目をやる。
「しっかし、仕方ねぇな。まあ、俺らも出来たもんが売れねぇのは困るしよ。それに冬越しのための飯を運ばなけりゃならんってぇ話だろ。こっちにも関わることだしな。こちとら冬場が稼ぎ時だ。冬場に領に残っている人数は多い方がいいからな。多少の人数を出すのはやぶさかじゃあねぇよ。」
壁に預けた身体はそのままに最近伸ばし始めた髭を扱きながら言う。
しかし、少し意外だな。駄々を捏ねて人は出さねぇかと思ったが…。タッソもテテも意外そうな顔をしている。だが…タヌは特に驚いていない。ふむ…。
他の連中は、そこまで付き合いが深くないからか、特にどうという反応はない。職人のまとめって言うローベンの爺さんだけは渋い顔をしているな。
「ふーん。大鍛冶ってのは冬の仕事なんだな。」
さておき、レンゾに少し水を向ける。
「ああ、冬の畑の仕事が少ない時にしか人も集まらねぇからよ。公都でやってた小鍛冶との違いだな。」
「そんなもんか。」
所違えばってぇやつかな。公都の鍛冶屋は年がら年中やってたような気がするが。俺はそこんとこの違いはわからねぇから任すしかねぇな。
「おう、そんなもんだ。大鍛冶は人数が必要だからな。…そんで、テテ兄ぃ。幾ら人がいればいいんだ。それに足りねぇなら、道具も巻きで作るぜ。」
レンゾは顎でテテの方を指す。
「そら多ければ多いほどいいけどよ。音頭取る奴がいねぇとなんねぇからな。人手だけあれば何とかなるってぇもんじゃねぇぜ?」
テテとレンゾのやり取りは公都にいた頃を思い出すようなやり取りだな。気の置けないってぇかな。今夕はどこに呑みに繰り出すかってぇノリだ。
ずいずいと具体的に進んで行く話に周りは置いてけぼりってぇか。
タッソは瞑目して口を出さない。奴さん、てめぇが思ったように運ばなかったのに対して、次にどうするか考えているんだろう。こいつは理屈と筋道で考える奴だからな。代わりに、当意即妙に返すってぇのは、そこまでだ。話は逸れたが別にタッソにとって悪い方向に流れているわけではないんだがな。
レーゼイは相変わらず堂々たる有様で前を睨めつけ腕を組んで脚を開いて座っている。騎兵の長として既に堂々たる風格を備えているこいつはちょっとしたことでは動かない。二人の会話の行く末を観じているのだろう。まあ、騎兵の長と言っても、うちの騎兵隊は未だ四人しかいないがな。風格だけで言えば、千や二千率いていてもおかしくはない。その風格で睥睨せんばかりだ。
ナナイは自分の出番は未だとばかりにあっちらけ。そういう奴だ。レンゾと比べちゃ悪いが、基本的には自分の興味のままに動く奴だ。それに自分の役割というモノを弁えている。わざわざ、ここで口を出すってぇのは野暮だって思っているんだろう。
ローベンの爺ぃは相変わらずの渋面で床を見ている。職人共の頭領ってんで名義上は、レンゾを副として、自分を主として、ここに来たのがこの爺さんだ。てぇと、レンゾの言は場合によっては爺さんの言と同じってぇことになる。レンゾ自身がどう考えていようとな。レンゾの持って行った方向、その方向に持って行かれるのが道理ってぇ奴だ。だから、てめぇの手下をどうするかの算段に忙しいのだろう。
ファズは一人臣下の礼を崩さない。まるで皇帝の前に出ているかのように。大仰な口調から勘違いされ勝ちだが、こいつは妙に礼儀作法に堅いだけの奴だ。ちっと主君である俺に対しては堅苦しいが別に悪い奴ではない。こんな田舎で育って、どこでそんな堅苦しい礼儀を覚えたんだか。
タヌは何だか神妙な様子で聞いている。何故か、こいつはレンゾに懐いているってぇか。レンゾは大体は大したことを言っているわけではないんだがな。まあ、タヌもわざわざファラン家の養女に入ったってんなら、ここの首魁の一人として見込まれたってぇことだろ。まあ、しっかりやってくんな。
渉外全般の実務を担うハージンは流石に落ち着いた様子だ。ローベンの爺ぃの次に年増なのが、このハージンのおっさんだ。てめぇの保身に汲々とする爺ぃに比べて泰然たる様とも言えるだろう。とは言え、爺ぃとハージンとでは状況が違う。爺ぃはてめぇの派閥が危うい状況にあるが、ハージンのそれは上がり調子だ。
ザムは相変わらず、つまらなさそうにしている。レンゾの今どうこうしようとしている人手の確保は本来は内務司るニカラスク家の仕事だ。それを侵されようといしているという自覚があるのか。奴は、レンゾはそういうところ加減を知らねぇぞ。
そう言えば、落ち目のニカラスク家と同じくポソン家の代表として来た男もいたな。ミゼイ・ポソンだ。跡継ぎと当主を喪ったポソン家がようやっと見つけてきた傍流のそのまた傍流の男だ。この前まで畑を耕していた、しがない農夫、だった男。ちっと共感覚えちまうぜ。だがよぉ。そうやって、縮こまっていても仕方あんめぇさ。俺だって頑張ってるんだぜ。
「ああ、道を均すのにゃあ、頭が必要だろうな。」
俺がぐるりと見回したのを待った後、レンゾが言う。野郎がそんなことを待っていたってぇのが何だか腹立たしいな。
「まあ、大丈夫だ。俺らだって、そういう組織の造りじゃなきゃやってられねぇからな。数人まとめる奴もいれば、そのまとめ数人をまたまとめる奴もいる。手下ががらっと変わったら駄目な奴もいるが、まあ良い案配でこなせる奴もいるだろうよ。そこんとこは見い見いだな。急ぎの仕事の所、すまねぇがな。」
「そうか。それならば助かる。で、何人出せる?」
「八人ぐらいで勘弁して欲しいところだが…、無理すれば十五ってとこだな。」
「…随分無理をしますね。」
ようやっとタッソの奴が口を出す。
「それで…テテ、二十いれば、どのくらい早くなりそうですか。」
「おいおい、めい一杯以上に引っ張るつもりかよ。」
笑いながら応えるテテ。
「いえ…、精錬場から八も出せるのであれば、アルムの職人の方からも同数か、それ以上出せるでしょう?ローベン殿。」
タッソはローベンの爺ぃの方に目を向ける。渋面で下を向いていた爺ぃは、表情そのままにタッソの方を見やる。
ローベンの爺ぃはアルムの職人の代表ではあるが、アルムの街の顔役でもある。街の人間からってことになれば十人を出すことは難しくはないだろう。
「えぇ…、十五程度であれば…。」
だが、出さざるを得ない。名義上の配下とでも言うレンゾが自分のところから出すと言っているのだ。そこから八人というのであれば、むしろ十五というのは少ないぐらいだろう。これを他がどう見るかも含めてだな。ここで出す人の量ってぇのは自分の勢力の地位ってぇの直結する。
レンゾが八に対して、ローベンの爺ぃが十五ってことであれが、それが彼我の権威の差。片や領都の市井の宰とも言うべき立場。別に仕官しているわけではないが、この道三十年と言った堂々たる顔役だ。
片や昨年来たばっかりの鉄屋の若造。領主の、まあ…それは俺なんだが…、その肝入りとは言え、爺ぃから見ればガキって言っても差し支えねぇ。
その二人の差が高々倍程度ってぇのは如何にも少ねぇ。
確かによ。レンゾはてめぇの手下は、てめぇの好きなように出来る。あいつの手下は全員直属だからな。そういう立場だ。一方で、ローベンの爺ぃは飽くまで代表だ。…つまりは街の連中の代弁者であって、てめぇが勝手に好きに出来る人数はそうそう多くないだろう。人数を集めるとすれば、各戸尋ね歩いて交渉するってぇことになる。
だが、周りからの評価はどうなるだろうか。ということまで考えると、少し無理してでももっと人数を出すというのが正解のような気がしてならない。与力に無理をさせることで爺ぃの求心力は弱まるだろうが、街の連中の発言力という観点では無理をしてでもどうにかするべき所だったのではないだろうか。
いや、タッソの野郎は、そういう算段だろうか。そうやって相手の勢いを削ごうってぇのか。
「では、レンゾのところから十五、ローベン殿の所からは十五ということで、合計三十ですね。」
野郎、双方からめい一杯引き出した上にレンゾとローベンの爺ぃの関係をとんとんにしようとしてやがる。
あんまり、相手を追い詰めると、何しでかすかわからねぇぞ?
それをわかってか、わからずか…、いや絶対にわかっているだろうテテは何ということもなく答える。
「三十も出してもらえるとは有り難ぇな。人が倍近く増えるってぇなりゃ、その効果は倍以上ってぇもんよ。夏の末には何とかなるだろうよ。」
「それは心強いことですね。では、次の話ですね。ハージン。」
すかさず、この話は終わったとばかりに有無を言わさず、次の話に移るタッソ。爺ぃは「あ」としか言えなかった。