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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
92/139

―アルム、領館、セベル・アルミア―(1)

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雁首揃えて渋面つらつら。狭い室に集まる人々。窓から見える風光明媚、山紫水明、笑う山々とは対照的に。大仰に腰かける者もあれば、こそと立つ者もいる。悠然と聳え立つ者あれば、辛うじて座す者もある。ここはアルミア子爵領領館、その領主執務室。同領府における意思決定を担う場所である。集まったは領の首脳部。浮かぬ顔の並ぶは良い兆候ではない。

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 四日前、夕にタッソから飢饉が来るってぇ話をされた。どうやら、相当に辛い状況だってわかるのにちっと掛かちまった。

 飢饉ってぇのは俺も偶には聞いてはいたがよ。大体、どっかで凶作があるってぇと、公都に流れてくる人が増えたからな。それ以外にも原因があることもあるが、凶作ってのが一番多いわな。

 そんで人が増えたら、衛兵の仕事ってぇわけでな。何も持たず来る奴らも多いからな。治安も悪くなるし、悪いと疫病まで流行るってんだ。本当は追い出してやりたいとこだが、連中行く当ても無いわけだからな。追い出すのも心苦しいってもんだ。そんで何の仕事でも良いからって色々見繕うわけよ。まあ、それは衛兵の仕事ってぇわけじゃなくて、俺が勝手にやってただけだがな。そう言や、ヤメルの奴はそうやって公都まで来たんだったっけか。いや、どうだったかな。

 まあ、公都の方から見た飢饉ってぇのはそういうことだ。あそこで食うに困るってぇことは、ほとんどない。何でも良いから仕事さえしてれば、取り敢えずの食い物にはありつける。それは公都が物資の集積地ってぇことだからってことだ。どこかで飢饉があっても、別のところから運んでくればよい、ってぇ案配だな。そうタゼイの爺さんに聞いた。

 ところがだ。皇国のどん詰まりにある、ここアルミア領はそうは行かないってぇわけだ。食い物を運んでこようにも、まともに道の繋がっているスルキア領側でも荷車が一台通るのがやっとってとこだ。他は徒歩かちか駄馬だ。しかも、一日歩いてようやっと寒村が一つ二つ見つかる程度だしな。河を使って、どんぶらこっと舟一杯運べる公都とは違うってぇわけだ。

 だからよ。そんで俺らは大慌てってぇわけだ。しかも、荷車が通れる道すら、土砂崩れで駄目んなっちまっている。何としても、雪に閉ざされる前までに何とか出来ることをやっておこなきゃあなんねぇってよ。

 皇都くんだりまで叙爵だなんだって行って、向こうで何やら面倒なことを済ませて、帰って来たらの、この騒ぎさ。休む間も無ぇよ。


「では、まず各村の状況を伺いましょうか。タヌ、お願いします。」

 タッソが切り出す。

 今はそんでどうするかってのを話し合うための寄合ってぇわけだ。この領の重鎮どもってことになっている奴が集まっている。

「あ、ああ…。」

 タヌが緊張した面持ちで少し前に出る。

 しかし、タヌが重鎮ってぇか。ははは。

 確かによお。タッソの家の、アルミア領の重臣家の養女ってぇことになったって聞いたけども…。

 初めて俺らの集まりに、兄貴のケヘレに連れられて来た時には、未だほんの十かそこらだったか…。いや、でもガキにしちゃあ、肝っ玉の据わった女だと思ったもんだ。そんでも、後々考えてみたらよ。あん時は流行り病で三つ子の姉と妹を亡くして、すぐだったはずだったか。それで気ぃ張ってたのかもしれねぇな。


「以上が大体だよ。どこも、まあ似たり寄ったりかね。どこも凶作には違いないね。冬麦の被害は、鉄砲水のあったマーガとクーベが一番酷いけどね。まともに冬の間も養えるのは、三人に一人か…四人に一人ってぇとこだね。」

 考え事をしていたら、タヌの奴の報告は終わっていた。いやよ。別に聞いてはいたぜ。だが、どの道、先にある程度の話は書面で寄越されていたしな。

 最初は緊張気味で話していたタヌだったが、話すうちに徐々に小慣れて来たみたいだな。必要なことを滔々と話す様にゃあ関心しちまうぜ。

「少しマシなのはマヌ村だね。レンゾ兄ぃの…レンゾ達の大鍛冶組の手伝いで少し開墾が進んだかんね。春麦の量は多少は期待出来るかもしれないね。それでも、多少はってとこだけどね。畑は増えても天の不順はどうしようもないからね。」

 開墾はそれなりに進んでいたみたいだな。レンゾはてめぇが農具のことを知りたいってぇだけの話だったはずだが何かしら実りがあるなら良いことだろう。あいつは凝り性だからな。実際は収穫がどうのこうのってぇのは眼中には無いんだろうがな。いや、そこまで勘定に入れているかもしれねぇな。てめぇの道具の良し悪しにも関わってくることだからな。

 レンゾもこの寄合に顔を出していることを思い出して、そっちを見てみる。ふーん、案外真面目な顔して聞いてやがるな。いや、考えてみたら確かに奴にとっても重要な話かもしれねぇな。何せ、大鍛冶は冬の仕事だ。冬に人が領からいなくなるってぇなったら、奴さんにとっちゃ重大事ってぇやつだ。興味が無いじゃ済まされねぇだろうよ。


 まあ、それはどいつにとっても同じことかもしれねぇな。場合によってはてめぇの生き死にも関わっているんだ。真面目に聞かざるを得ねぇだろうがよ。

 そんな中ふと見やると、タヌの横で退屈そうな顔をして座っているガキを見つけた。

 ああ…そうだ。タヌはこのガキ、ザメイ・ニカラスクの補佐ってぇことになっているって聞いたな。

 ニカラスク家ってぇのは、ここで内政を取り仕切る家だってぇ聞いた。このザムってぇガキは、そこの今の当主だとよ。建前だけでも、ニカラスク家ってぇのを表に立てておく必要があるってな。そんで内政のまとめとして据えられたタヌは形式上はこいつの手下ってぇわけだ。

 だが、未だ齢は十ってとこだ。そうそう仕事も出来ねぇ。ってぇことで、タヌが代理で全部やるってぇことになった。そうタッソの奴がねじ込んだ。わざわざ、てめぇの家の養女ってぇことにしてな。だから、このザムってガキには仕事も権限も無い。だから、ここにいるのも本当に形式上ってやつだ。

 それにしたってよ。俺ぁ思うんだよ。このガキのぼーっとした表情を見るとよ。タヌなら、十の頃もうちょっとよぉ。しゃん、としてたぜ。こん坊、てめぇのことじゃあねぇって顔をしてからよ。傅役ってぇのが付いているんだろ。どうにか教えてやれよ。てめぇの問題だぞってぇよ。

 てめぇの家は、ここで偉そうに突っ立っているタッソ・ファランの家と政争中ってぇんだろ。タッソやレーゼイは俺に言いたくねぇみたいだが、どっからか聞こえて来るからな。キナ臭ぇ噂がな。

 そんな時分だってのに、そうぼーっとしていていいのかよ、ってぇ俺は思うぜ。確かに、十でそんなもん背負い込めってぇのは酷な話だがよ。ここで何とか踏ん張らねぇと、後々どうなるかわかんねぇぞ。なあ?


 ふいと、俺の横に立つタッソを見上げる。

 そんな政争を作ったってぇのがこいつってぇわけだがよ。まあ、売られた喧嘩を買っただけって見方も出来るかもしれねぇがよ。だが、今回のこの寄合にも見せびらかすように自分の勢力で固めちまった。ニカラスク家、ポソン家の派閥の人間も呼んでいるには呼んでいるが、発言権を一切与えないつもりだ。それは人の配置を見ればわかる。

 しかし、こいつもなぁ。こいつぁ、ちっと気ぃ張り過ぎってぇところがあるように思うな。俺はよ。

 まあ、こいつ気ぃ張ってくれているお陰で俺は少しばっかり緩くやっても良い案配に収まるってぇもんだがよ。公都の時、俺がいた分隊は副長殿が叱り役やるから分隊長殿がにこやかにやれるってのはあったけどよ。いや、規模は全然違うけどよ。なるほど、そんな感じではあるかなとは思うわさな。

 だが、四日前えらく深刻な顔をしてやって来たのにゃあ、驚いちまったぜ。


「次は…、道の状況を…。テテ。」

 ほーん、次はテテか。

 テテと最初に会ったのはいつだったっけなぁ。

 こいつも流れだからな。てめぇの村で飢饉でもあったのか…。それとも別の事情でもあるのか。そこんとこ聞いたことは無かったなあ。まあ、こいつ初めて会った時には既に傭兵やっていたからな。どこぞの娼婦に入れあげて、そんで公都に居着いちまって、そんでどっかで俺と知り合ったってぇ形だな。どこだったかな。衛兵と傭兵の共同任務での見回りとかだったかな。まあ、接点があるとすればそんなもんだろうな。

「道はようやっと苦労すれば荷車が通るぐらいにはなった。通す時は荷を下ろして丸一日かける必要があるがな。問題無く通るようにするには、秋口までかかる見通しだ。」

「もうちょっと早くなりませんか。」

 焦った様子で急かすタッソ。

「ふむ…。」

 対して、テテは鷹揚に構え、しばし黙考。娼婦に入れあげていたってぇのが、信じられねぇほどにこいつは何時でも冷静だ。無口だが時にカっとなることもあるモルズ何ぞより実は感情の波は小さい。何つうか達観しているってぇかよ。

 テテはタッソの方を見つつも、ちらとこちらに視線を寄越す。再び、タッソの方に向き直り言う。

「人手を増やせば、多少は早くなるかもな。」

「それが出来れば苦労はしないんですよ。」

 タッソが逸る。テテの野郎、こっちに投げやがったな。

「まあ落ち着け、タッソ。」

「ああ…、すいません…。」

 やや勢いを弱めるタッソに対して、綽々たる態度のテテ。

「どうにもならんもんは、どうにもならんだろうがよ。まずは一度、一通りの話を聞いておこうや。」

「…わかりました。」

 うーん。実はこれは言わされたんじゃあねぇのか。そんな付き合いは長くはねぇが、タッソはここでわざわざ勘気を露わにするような奴じゃあねぇ。そんくらいはわからあな。てぇと何かしら思惑があるってぇとこだろ。

 てめぇがテテと対立していることにしてぇのか、こん後何かを通すための布石なのか、それとも他に何かあんのか。勘弁して欲しいぜ。

「ま、仲良くしようぜ。な?」

「ええ、わかりました…。」

「了解だ。お館。」

 確かに、こういうのはテテの方が向いているだろうな。こういう腹芸はモルズよりテテのが都合が良い。そんで今回は歩兵の代表としてテテが来ているんだろうな。

 つまりは、タッソの台本通りってぇことだ。

 ほんじゃ、台本通りに動かねぇだろう奴ってぇと…。

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