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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
91/139

―アルム、ファラン邸、ハージン―

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日、山より吹き出でる頃。逆光の山々、黒々と。山際より漏れ出ずる陽光はくるりくるりと回る。朝靄煙る森々はより鬱蒼として。露の葉より滴り落ちては、ふるりと揺れる草々の。家々は妙にしっとりとして。開け放たれた窓からは、今朝の光が回折して入る。未だ、外も影の多い時分。きらりと日が差せば、それを背に負う人影は妙に黒く見える。

腕を組んで座る男はハージン。大分白いものの入り始めた固い短髪は日を僅かに散らす。眩しそうに片目を瞑る伊達な女はナナイ。椅子の背に後ろ手を回し、気怠げに口笛など吹く。

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「遅れてすいやせん。」

 そう言って、フォングが入って来る。

「気にするな。…これで集まったな。」

 さて、タッソ様に言われて飢饉の対策について練ることになった。私達の役割は色々あるが…今日は領民の出稼ぎに関してだ。糧食に関しては今コーセンとジズがファズら勘定方と使える銭について詰めている。午後にこちらの話と擦り合わせる予定だ。明日の朝にはコーセンとフォングで、ガーラン家の者と共にスルキア領の方に発つ予定だ。

 ここに集まったのは、渉外に当たる私とフォング、それにナナイ殿とメッケだ。

「ああ、そうだね。早速始めようかね。」

 ナナイ殿が言う。彼女はこの春に来て、うちの領の物を外に売りに行っていた。元々から行商人だったのだから、お手の物ということだろう。公都育ちらしい、気風の良い娘さんだ。ちょっとうちの領では見ない派手な装いも様になっている。まさに気の強い女商人という出で立ちだ。

 今回は偶々領館まで帰ってきている時で良かった。ほとんどは外に出ているからな。

 ナナイ殿の横であまり反応を見せず座っているのはメッケだ。

 メッケは公都から来た女の一人だ。短い間ではあるが、ナナイ殿の下に付く前までは、私の手下として働いていた。元々商家で働いていたこともあって文書管理などはお手の物であったが、結局どこに意のある娘か良くわからなかったな。教育係のヨーシャとはそこまで悪くない関係だったと思うが、その娘のジシャとは折り合いが悪そうだった。

 どうするか、などと考えているうちにナナイ殿が来た。それで、ナナイ殿の手伝いの方に回ってもらった。ナナイ殿の仕事も言ってみれば、うちの管轄ではある。売るのは子爵家の金で作ったものだ。それを売るのも領府の仕事と言ってよい。

「よろしくお願いしやす。」

 そう言いつつ、フォングが椅子に腰かける。

 フォングは私の手下だ。うちで雇って5年か6年といったところになるか。うちと取引のあった商家の四男坊だった。行く当ても無いということだったので、うちで雇うことにした。文字の読み書きや簡単な算術程度は出来たしな。そこまで要領が良い奴ではなかったが、何とかモノになった。既に取引のあるところ相手だったら問題無くこなせる。だが、今回のスルキア領行きはコーセンを付けるものの、今まで取引の無いところも相手をしなければならないこともあろう。そこが懸念であるが…。危急の時だ。致し方あるまい。


「まずは状況を説明しよう。大体昨日伝えた通りだが…。」

 私はこの領に飢饉が来つつあること、それによって生じる死者を出来るだけ減らすためにも領民には出稼ぎに出てもらう必要があること、糧食の購入に関しては別に動いているのでここにいる面々には出稼ぎに関して手配してもらいたいことなどを伝える。

「…難儀な状況になっているねぇ。」

 ナナイ殿は肘をつき手を口に当てつつ眉根を寄せる。

「ああ、そうだ。公都から来た君たちにとってはいきなりで非常に申し訳ないが…。」

 良く考えたら何が申し訳ないのかわからないな。取り敢えず、下に出ておけば歓心を買えるだろうという浅ましい根性だ。

「そうは言っても天の巡りのなすこと。仕方無いさね。」

 だが、そんなことは見透かした、とでも言わんばかりのナナイ殿。未だ、歳若いが…もう十年近く行商をやっていると言う。そうなれば、この程度のやり取り、ほんの小手調べということか。少し見くびったかもしれんな。成程、セベル様の連れてきた女衆ではアイシャ殿と双璧張るというだけはある。当に女傑と言うべきか。

 ことここに至っては頼もしい限りであるが。自分より十以上も若いだろう小娘であるのだが。

「そう言ってもらえるとありがたい。」

「で…、それで出稼ぎの手配だったね…。ここからだと…スルキア領に出た方が楽なんだろうがねぇ。」

 彼女らがここ来るのに通った道筋、雪に閉ざされるのも幾分遅いし、道も広い。対して、公都からの道筋はどちらかと言えば裏街道。荷車の通ることも出来ない。そんな道だ。アルミア領の街道は基本的にはスルキア領にしか通じていない。それが大体の人間における見解だ。

「伝手はないか?」

「私はそうは多くはないね。中々スルキア領まで商いに行くこともなかったからね。」

「俺んち頼れば、うーん幾人かは雇えるかもしんねっすけども。」

「ほーん、あんた良いとこの生まれかい。」

 ナナイ殿はぐいとフォングに目を向ける。

「いやぁ、全然っすわ。しがない小商いの生まれでさ。そんでも伝手を辿れば、ってぇとこでさ。」

「だが、一つの候補だ。ナナイ殿、フォング、スルキア領にある伝手では何人雇えそうだ?三千は雇い先が欲しい。うち半分は女子供だ。文句は言っていられん。」

 男なら幾らでも労役だなんだの仕事があるだろうが、女子供となると仕事は限られる。正直、飯さえ食わせてくれれば構わない。何でも良いのだ。命を繋ぐことさえ出来れば。そうすれば次に繋ぐことが出来る。

 三千は極端な数字かもしれないが、それぐらいどうにかするぐらいの気概が無ければどうにもなるまい。この手の約は破られる。それに割り振りも上手く行くとは限らない。出来るだけ、近しい者でまとまって行きたいという者も多い。

「三千ねぇ。そりゃぁ、吃驚する人数だね。」

「いや、三千とか…。うちの伝手でどうにかなるのは、精々が十やそこらっすよ。」

「高が十でも三百重ねれば、三千になる。ならば、それを三百重ねるまでだ。」

 腕を組んで、椅子を後ろに揺らしながら、フォングを睨め付ける。こいつはどうもそういうことがわかっていない。やらねばならんことは、やらねばならんのだ。

「あんた、見かけによらず、熱い男だね。」

 ナナイ殿は椅子に身体を預け、こちらにやりと見やる。

「惚れちまいそうだよ。」

「生憎、私は妻子ある身でね。」

「ははは。冗談さね。」

 膝を打って笑うナナイ殿。

「お、おお?」

 フォングは目をぱちぱちとさせているが、この程度のやり取りは公都の方では良くあることだ。そういのうが粋とされる風があるからな。それぐらいこなせないようでは、渉外としてはやっていけないぞ。

「ともあれ、ナナイ殿の方の伝手はどの程度?」

「そうだねぇ。スルキア領の方だと…。うーん、そうだね。二十か…。いやさ。頑張ったらね。それでも、ようやっと百やそこらかね。」

「そうか。」

「レンゾのとこにさ。鉄の仲卸しの旦那がいたろ。あん爺さんならさ。もうちっと融通付けられる伝手はあるんじゃあないかい。」

「なるほど。それは妙案かもしれないな。フォング、至急そっちに取り次いでくれ。ガーラン家の者に馬は用意させている。」

「へい。行って来やす。」

 フォングは走って出ていく。あいつは馬に乗れる。あいつの地味な長所だ。

「ふん。手が早いね。」

「時間も無いからな。」

「他に伝手はあるか。ナナイ殿、メッケ。」

「そうだねぇ。」

 顎を撫でつつナナイ殿は考え込む。

「…道順(みちじ)をどうするかは難しいが、この際、背に腹は代えられない。公都の方なら、どのくらい用意出来る?」

「公都かい。なるほどね。それも一つの手だろうね。」

「ある手はすべて使わざるをえない状況だからな。千行けるか。」

「流石に千はどうだろうね。だが、そうだね。私ら公都組は大体三十と言ったところだろ。一人当たり、十探せば三百か。そこら、もう少し頑張って五百かね。十探せる奴もいるだろうけども、届かない奴もいるかもしれないしね。まあ、半分望みってぇとこだね。」

「一先ずのとこでは十分だろうな。」

 一人当たり十か。私も公都組の彼ら全員と話したことがあるわけではないが…。悪くない数字だろうか。悲観的に考えていた自分の期待は越えているが、希望的な見方をしていた己にとっては軽く失望を覚える。そんな数字だ。

「各村でも冬場の出稼ぎ先はある程度持っているはずだ。それが百人分ぐらいはあるだろう。だが、男手ばかりだろうな。」

「てことは、女手求めているとこが欲しいんだね。まあ、私らも三人に一人ぐらいは女だからね。公都の伝手ってなったら、そのくらいの割合は用意出来るかもね。そんでも臨時雇いってなると、やっぱ力仕事が多いからね…。どうしても男手の方が有利さね。…娼婦ってんなら、幾らでも働き先はあるかもしれないけどね。」

「最悪、それも視野に入れざるを得ないだろうな…。命には代えられまい。」

「…飢饉ってのは…そんな大変なことなんだねぇ…。私は今まで飢饉ってのは体験したことはないからね。」

 ふぅー、とナナイ殿は溜息を吐く。

「そんで…あんたは、どんだけ用意出来んのかい。」

「私が…というよりアルミア領の伝手で用意出来るのは三百程度だろうな。確実に行けるのはな。」

 ナナイ殿は五百と言った。それに対して私は三百と示した。この違いは性格によるものだろうな。最高の数字を言うか、最低の数字を言うか。そこまで極端でなくとも、やはり人によってこういう差は出る。だが、この場合、相殺して総数はそう変わらないということになるだろう。

「フブの爺さんが二千も用意出来ると思えないしねぇ。それも考えて、合わせて千とちょいってとこだね。」

 未だ足りない。だが、この時点でこのぐらいの数字が用意出来るということは悪くない。そう言えるだろう。

「メッケ、あんたは何か案はあるかい。」

 ナナイ殿は今まで黙っていたメッケの方に水を向ける。

 どうにも萎縮されているようで…、あまり目を向けるのも悪いと思い瞑目する。しかし、これはこれで、圧迫することにもなってしまうだろうことに気付く。手下の扱いはどうにも難しい。

 私は本来、こう…上に立つことなど想定などしていなかったのだ。本来はボッケン殿の後を継いで、ガッケンがこの責を負うことになるはずだった。その中で私は補佐を担うはずであった。だが、二人が戦で死に、私が責を負う羽目になった。

「いや…私は…特に…。」

 メッケはどこを見るとでもなく、視線を彷徨わせる。

 これだ。

 この態度だ。

 頭を抱えたい。

 溜息の一つでも吐きたい。

 こちらとしては何か責めているわけではないのに、何故こうも萎縮する。そう思わざるを得ない。

 ナナイ殿は、そんなメッケをくいっと見やり、こっちをふいと見る。

「まあ、仕方ないね。急に言われても、そう思い付くものでもないからね。」

 そして、妙に楽観的な様子で両手の平を上に向け首を振りつつそう言った。

書き溜めも尽きまして少々更新ペースも落ちます。

三日に一度程度となりますがお付き合いいただけたら幸いです。

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