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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(前編)出立
9/139

―アルム、領館、鍛冶場、レンゾ―

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既に日は落ち、外は暗い。炉も既に火を落としており、熾火も残っていない。天井から吊るされた鉤。そこに掛けられた燭台。そこに灯された蝋燭。そこに揺らめく火。ただ、その火だけが室内を細々と照らしている。そこに佇む一人の大男。暗い中、薄汚れた帳面を睨めつける。不精髭の目立つ顎を擦りながら、時折帳面をめくる。かと思えば、目を瞑り沈思する。

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 この五日ほどで、サテンのおっさん、後カズのおっさんの案内でここらの職人街に挨拶回りに行った。

(…親方の言っていた通りってぇことか。)

 帳面を手繰る。


 サテン。

 皇都で鍛冶を学んだってぇ言ってたな。

 12で皇都タナベ流に入る。鍛冶の初めを学ぶ。柄拵えで見せた才を見込まれ、ヨアンセン流に渡る。そこで鉄細工をやり始める。18で皇宮の博覧会に初めて入選。作は鞘と一対の飾りの護刀。貴金も貴石も使わねぇ。武骨な造りの小刀。それが、退役とは言え、かつて近衛の武術指南役まで務めた、老雄に目を付けられ金10枚で購われた。その後も、その老雄には可愛がられたってよ。羨ましいねぇ。ここまで聞きゃぁ順風満帆よ。

 ところがよ。24で皇都を出て流れを始めた。流離った。切っ掛けは単純。北嶺の荒々しき、西域の清々しき、東国の華々しき、それらを見た。たまたまな。たまさかな。そん年は万国招来の博覧会でよ。見てしまった。そうだよ。な?十分じゃぁねぇかぁよぉ。あぁ?そういうこともあらぁな。己が求むることを知る者ぞ幸いあれってぇな。

 そんでよ。北嶺で七宝。西域で琺瑯(ほうろう)。王国で象嵌(ぞうがん)鍍金(ときん)截金(きりかね)。真鍮細工も少しかじった。紅玉や水晶の磨きなんざもやっていたってよ。勿論、その間もてめぇの本分たる鉄細工だって忘れちゃぁいねぇ。磨きに磨いたってぇよ。

 そんで方々歩いた。齢33にして、親が老いたを聞いて、皇都に戻る。幸い、両親ともに健勝であった。しかして、謀らずして皇都の芸と再会する。伝統と言えば聞こえの良いものの、陳腐な、発展性の無い、凝りに凝り固まった。少なくとも、おっさんにはそう見えた、そんなモンとな。そしたらてめぇ、やるこたぁ決まっているだろうがよ。ぶっ壊してやろうとよ。そんな格式ってぇモンをよ。そんで、半年に一度の博覧会に久々のお目見えよ。

 だぁがよ。そう上手くは行かなかった。ちっと皇都には早すぎたってもんでな。それに、おっさんを評価してくれた、かの老雄も最早この世にゃいなかった。精魂込めた三作全て落選。一応競売にも掛けられたが、中々買い手も付かなかった。酒に逃げる(たち)でも無ぇからな。逆に酒にでも逃げられたら良かったかもしれねぇかもしれねぇがな。鬱々とした日々だったらしいぜ。

 そんな時によ。ここの領の先代だか先々代だか知らねぇがよ。ここのナントカ男爵領の領主サマが目を付けたってぇわけだ。その領主様、家臣連中にゃ頗る評判が悪いが、サテンのおっさんの見立てじゃぁ、芸を見る目はあったってぇことらしい。

 そんで、おっさんはここに来た。貴族のお抱えってぇ言ったら、鍛冶師だけじゃぁ無ぇ、モノ造るモンにゃあ一つの到達点よ。勿論、その先はいくらでも、無限にで求める道はあるが、一つの到達には違いねぇ。来て一年で娶った女は重臣の一人だってぇことだ。子供も出来た。3年目には公都に半年ほど学びに出た。そん時はうちの親方んとこに出入りしていたらしい。俺が入門する数年前だ。

 まぁとぉころが、どっこい。残念至極。その領主様も永くは続かなかった。サテンのおっさんが37の頃。公都での修行から帰って来た頃。その領主様は病に臥せっていた。もう長くはねぇってんで、事実上の代替わりをしていたってよ。

 で、次代の領主。こいつがよ。家臣団にゃあ受けが良かったが、生真面目ってぇか、余裕がねぇってぇか。まぁ、飾り細工なんざに興味を示すような輩じゃあ無かったってわけだ。かと言って、別のところに金を使うわけじゃぁない。ちょいちょいいるわな。質実剛健とか質素倹約って言やあ、聞こえはいいんだろうがよ。俺ら、モノ造ってってのを生業にしてる人間にゃあ堪らんわけよ。やれ、もっと安く出来ないか。やれ、それは本当に必要なのか。てめぇら素人に同じ鉄に見えても、全然違ぇんだよ。

 そんな案配でサテンのおっさんはそっから冷や飯喰いさ。元々、飾り細工なんざを作ろうってぇ雇われたわけだが、質の悪い鉄だけ与えられて、只管慣れねぇモノを作ってきたわけさ。馬具、蝶番、錠前…。奴ら、鍛冶師は鍛冶で作れるものだった何でも作れると思ってやがるからな。下手すりゃ、鉄と金も色と値しか違わんと思ってやがる。そりゃ、器用に何でもやる奴もいるだろうがよ。こっちも、てめぇの専門てぇもんがあるんだ。役人仕事の方が全部一緒だろうがよ。

 ここに骨を埋めようってぇ娶ったカミさんも、重臣の娘ってぇ立場がある。連れてくことぁ出来ないし。かと言って裏切り捨てるような気質でもない。結局、鍛えた腕を活かす場も与えられず十数年鬱々とやって来たってぇ案配だな。


 次。カズ。

 この街の大工の棟梁の一人。

 サテンのおっさんとは違って、生まれの育ちもここだ。ただ、代々大工仕事を学ぶは公都だったてぇ話だ。流派は東カルスト流。つまり、モルズ兄ぃと同門だ。ギーオ親方の弟弟子に当たるらしい。12で公都に出て11年間。公都で修行ってこった。

 ギーオ親方の先代、ダンオ親方の元で11年。ここじゃ、あまり使わない煉瓦造りや石造り。そんなもんを腐らずに学んだ。いや、そこで腐るようなタマじゃあ無かった。有体に言ってしまえば、公都を楽しんだ。こんな田舎じゃ出来ねぇような遊びを楽しんだってぇわけじゃなく、煉瓦造りや石造りってぇ公都独特のモノを楽しんだ。膠灰(こうかい)混凝土(コンクリート)漆喰(しっくい)の配合。円天井、円弧門の積み方、要石の配分。蝶番や何ざの鉄の建具との接ぎ。木材が貴重な公都で学んだカズのおっさんの削り出しはここでも無駄が無いってぇ評判らしい。

 生来、事は愉しむ。そういう性分だ。生業だって、そうじゃねぇことも。

 つまりは勿論、公都の遊びも楽しんだ。無口なサテンのおっさんと違って、よく喋るおっさんだ。正直、公都の旨い店やいい娼館なんざの話でも随分と盛り上がっちまった。カズのおっさんが公都にいたのは俺が生まれた頃だから、俺の知っている店と違うところもあったが、また、それも盛り上がった。「あの店はも無いのか。」「あの店は続いたか。」「そうか、息子が継いだか。」「あの看板娘はあそこに嫁いだか。」「俺の馴染だったあの女は、そうか…。」

 23で、ここに戻っても、先代の親父さんが元気だったのもあって、自由にやっていた。30の時、ここらの棟梁の一人になる。親父さんは今でも達者だがそろそろだろってことだった。棟梁連の会合にも出る。公都帰りは若くてもそれでも敬われる。増してや、サテンのおっさんの家はここらでも古い家だ。ここら田舎じゃ古い家は貴ばれる、らしい。多少のことじゃあ、横槍入れられることはねぇ。ま、やりたいように、やった。仕事に手は抜かねぇがな。

 やりたいようにやれてはいたが、薄々、気付いている。いや、むしろ、サテンのおっさんなんざより遥かにそういう世渡りは上手いカズのおっさんだ。十全に気付いている。だからこそ、上手いことやった。やってきた。そう、上手いことな。そこが、おっさんの限界だったとも。

 いや、並大抵じゃぁねぇさ。そこまで周旋わせる奴ぁそうそういねぇさ。でもなあ。


 まぁいい。次だ。

 ローベン。包丁鍛冶って言っていいのかわからねぇが、ま、包丁鍛冶だ。ここらの鍛冶師…いや職人連中の取りまとめだ。惣領とか、頭とか、長老とか呼ばれている。

 齢六十を越えているとか。好々爺然とした男だが、表情の読めない古狸だ。

 生まれはどこか誰も知らんが…育ちはここ。いくつの頃から鍛冶仕事をしていたからは知らねぇが少なくとも十やそこらの頃には鍛冶場で小間使いをしていたらしい。そん中で工房に跡継ぎの男がいないってんで入り婿で工房を継いだ、らしい。爾来(じらい)四十年、ここで包丁を打ち続けてきた。

 らしい…が多いのも爺さんがここの最長老で、そん若い時の話ゃあ親方連中でもてめぇの親や師匠に聞いた話でしかぁねぇわけだ。街の他の生業の輩も、今は親方ってぇ呼ばれている職人輩どもも、下の毛も生え揃わねぇうちから、どころか、おぎゃあ、の一声も知っている。カズのおっさんにしたって、未だにてめぇのお漏らしや、聞きたくもねぇ親父のお袋に対する睦言なんざぁ、聞かされるってぇな。

 腕は…そうだな。丁寧な仕事だ。まずまずだ。だが、技は感じられねぇ。重く、分厚い。頑丈だろうが、切れ味は悪いだろう。俺は料理のことはわからねぇが、これじゃ押し切るようにしか切れねぇだろう。それでも、そんな腕でも、齢を重ねれば立場がっつうもんが出来て来る。狭い街だ。閉鎖的な街だ。確かにローベンの爺さんの生まれがどこかは定かはじゃぁねぇ…。だが、嫁さんもここらで永い家だ。義理の親父も去んで、随分経った。周りも、親方連中ですら、てめぇの子みてぇなもんだ。自然界隈のまとめ役に収まった。滅多にてめぇの意見を押し通すことはねぇが、爺さんの意見を無視出来る奴ぁいねぇ。

 そんな爺さんだ。

 そうして、ここらの顔役に収まった爺さんだ。

 てめぇじゃもう碌に槌も振れねぇが、腕も元々立ちはしねぇが、隠然として好々として、曖昧な笑い顔で、何でそこに座っているのかわからねぇが、てめぇがそこにいるのが当然とばかりに、居座っている。

そんな爺さんだ。

 ここらで何か新たにモノ造りってぇのをやろうとするんじゃぁ、そんな狸爺に話を通さにゃならん。何か作ろうと、鉄の一欠片、見繕うのにも、この爺さんを通す必要がある。面倒臭ぇことこの上ねぇ。

 いや、ローベンの爺だけじゃぁねぇな。小さい街だ。領の都なんざぁ嘯いちゃぁいるが、公都の通り一つに満たない人しかいねぇ。外との連絡もほとんどねぇ。凝り固まった習わしの中で、誰がどこで何をやるか、誰がどこで何を売るかって、そんなもんが、決まってやがる。


 帳面をめくる。ここの職人連中や、それに関わる卸しの連中、カズのおっさんとサテンのおっさんが紹介してくれた、そんな連中のことを細々書いた。

 今は、そいつらのことは良い。


 次だ。鉄のことだ。

 帳面をめくる。

 しかし…冗談でもなく鉄一欠片すら、まともに手に入りやしねぇ。いや、無くはないんだが、質が悪ぃ。全く、ここまでとは思わなかったぜ。

 サテンのおっさんからもらった生鉄の塊を繰る。

 破面を見ればわかる。粘ると思えば、容易く割ける。亀裂は点から拡がる。そこから千々に千切れる。その様ぁ、古え語りに言う、不純なるモンの仕業ってぇわけだ。それが、邪なる悪だ、なんだは知らねぇ、ってぇな。なぁに、大仰に言ったってからに、ただ単に砂粒一つってぇわけだ。だが、砂粒一つが紛れ込む。それが脆さを招く。親方の持ってた虫眼鏡で見るまでもねぇ。

 そんな鉄しか手に入らねぇ。ここは、鉄の産地のスルキアの近くってんだから、もっとマシな、場合によっちゃあ、公都より安く手に入るかもしれねぇって思ってたんだが、そうは問屋が卸さねぇってか。まあ、ここにゃ鉄の問屋も店も構えてねぇみたいだがよ。

 後は…炉か。

 腰を上げ、サテンのおっさんが繰っていた炉を見る。

 火差し棒で残った炭をいじる。

 鞴を一吹き推す。

 造りは悪くは無ぇ。おっさんをここに呼んだ、何時ぞの領主サマが、スルキアから人を呼んで造らせたってぇもんだ。俺はスルキアの鍛冶ってのをほとんど見たこたぁねぇ。だが、皇国の鉄って言やあ、スルキアって言うぐらいだ。公都では南から河を遡って来た鉄がほとんどだから、スルキアの鉄もあまりは見たことが無ぇ。だが、幾らか業は見たことがある。奴らが適当な仕事をするはずが無ぇ。

 そう。だから、これは確とした…ものだった。一流の炉だった。

 だが、惜しいな。既に造られて二十と幾年か。

 何だろうと、どのような匠の手にかかろうと、モノには定まった命ってぇもんがある。何でもそうだ。幾度も使えば綻びる。晒されれば色褪せる。人が触れば錆が付く。時が経てば毀たれる。炉だってそうだ。熱しまた冷えれば(ひび)()る。炭手(たぐ)る櫂は石を擦る。接ぎの砂は落ちていく。一つ一つが些少でも、水滴、遂に岩穿つように。確実に、騙し騙し粘土でも塗って凌いだ跡はあるが、それはやってくる。

 炉建てに道を修めた奴輩が手を入れれば違ったろう。せめて熱さに強い煉瓦を造れる奴がいたらもう少し。おっさんが炉造りにも手を出すようなそういう鍛冶師だったらどうだったろう。

「この炉は永くは無ぇな…」

 熱の籠りも良くはない。余分に炭を焚く必要がある。すれば自然不必要な熱も立つ。結果罅も増す。罅はさらに熱を逃す。鞴で送った風も逃げる。だから、さらに鞴を推す。引く。さすれば、人は万に能わず、推すだ引くだをしながら、炭に鉄に目を配るってのは難儀ってぇもんだ。

 サテンのおっさんは五日に一度は炉を使っていいと言うが…。


 …鉄も無ぇ。まとも使える炉も無ぇ。これでどうしろってんだよ。

琺瑯・象嵌・鍍金・截金、いずれも装飾目的で使われることのある技術です。琺瑯や鍍金は耐蝕の目的が強い場合が多いですが。

あまり意識はしないかもしれませんが琺瑯は日常でも良く見かけるものです。

琺瑯とは現代風に言えば金属のセラミックコート技術のことです。

横文字風にホーローと書かれることも多いですが昔からある技術で、少なくとも紀元前3000年頃にはあったと言われています。

現代でも鍋や食器など日常シーンでよく使われるものです。

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