―アルミア子爵領、アルム、ファラン邸、タヌ―
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外に見えるは牧草地。草々からの照り返し。時に、草地の上に雲の影がゆっくりと流れる。時に聞こえる馬の嘶き。さぁと風が吹けば、草々はさわさわと揺れる。ふいに吹き込んだ風が開け放した窓をぎいぎいばたんと鳴かす。窓の東側に向いた部屋は日が昇り始めると、徐々に日が入らなくなってくる。
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「それは、つまりは公都派閥ですよ。」
え…?えぇと、えぇ。公都組ってのは、私ら…ってことで…。つまりは、公都派閥ってのは、私らのことで…。てぇことは…あんだい?つまりは、私らがタッソの旦那たちと…なんだ、こう、コトを構えるってぇことかい?えぇ?え?
「まあまあ、そう焦らないで下さい。タヌ。」
「そうだよ。あんたが焦ってもしょんないよ。」
アイシャ姉ぇが私を引っ掴んで椅子に座らせる。そう…子供扱いされても、困るんだけどね…。
「しかしね、タッソ。こんな可愛い娘に…あんたは何をさせようってぇ言うんだい。」
結局、子供扱い…。まあ、アイシャ姉ぇから見たら、私は子供なのかもしれないけどさ。でも…正直、こう重い問題に立ち向かわなければならないってぇ言うのを避けられるのなら、もう子供でも良いんじゃあないかなって思ってしまっても仕方ないさね。
「いえね、アイシャ。別に私はそう難しいことやってもらおう、だなんて思ってはいないんですよ。少なくとも、タヌにとってはね。私はそう思っているんですけどね。」
タッソの旦那は相変わらず、口の前で手を組んだまま。
「さっさとお言いよ。本題をさ。」
アイシャ姉が顎で促す。未だ、本題じゃなかったのかい?えぇ…。まあ、今まで話して来たことを聞いて、そんで終わりってのも可笑しな話だけどさ。
「…そうですね。つまりは、公都派閥対アルミア四足家という構図を作らないためにも、タヌには領館組のまとめになって欲しいということですね。」
タッソの旦那は目だけこちらにやって言う。こん人、柔和な顔付して、おっかない人だよぉ。
「えぇ?私がまとめって…そうは言っても私は、あん中でも一番年若だよ?」
そりゃ、そうだ。まとめって言ったら、大体年上から当たってくもんだろう?わざわざ、一番年下の私が担うってぇのも、変な話じゃあないか。他にもっと適した人がいるだろうによ。
「それぐらいは承知の上ですよ。」
「それに、そういうのはアイシャ姉ぇがやった方が…。」
私はアイシャ姉ぇの方を見て助けを求める。
「私もそういうつもりだったんですがね。身重の人間にそれを任せるというのも酷なもんでしょう?」
「そうだねぇ。あたしもやってやれるなら、やってやりたいところなんだがねぇ…。」
アイシャ姉ぇはこっちをちらりと見る。
「勿論、こちらとしても最大限の配慮はします。特に…、公都派閥、その中の頭であることを示すために、タヌさんをうちの養女としようかと。どうでしょうか?アイシャ。」
「はあ?えぇ?」
「…、あたしにそれを聞いてどうするのさ。ねぇ?タヌにお言いよ。」
アイシャ姉ぇは他人事みたいに言う。そう言って、つい立ち上がってしまった私を半目で見上げる。
正直、何だか突き放されたような…。
アイシャ姉ぇ…。
私が養女にって…。タッソの旦那の家って言ったら…。えぇと。ファラン家って言ったら、まあ、そこそこの家柄な訳で…。
私はなんでこんなことになっているんだろうか。セブ兄ぃが突然貴族になるって言って。そんでそれに着いて来て。ちょっと前まで機織りの練習で精一杯だったのに。そもそも、何で私は着いて来ることになったのだろうかってぇ話だよ。
男連中は大体セブ兄ぃが選んだって聞いたよ。それはここに来た奴らを見ればわかるね。正直、私は話したこともなかった人もいるけどもさ。まあ、納得の人選と言うか。モルズ兄ぃはセブ兄ぃの腹心とも言って良い人だし、テテ兄ぃは参謀役と言ったところかね。トゲンの旦那は汚れ仕事も出来るんだろうなって気がするし、レンゾ兄ぃとアイシャ姉ぇはセブ兄ぃと一番長い付き合いだって聞くよ。
じゃあ、女衆の誰を連れていくかって、誰が決めたのか。セブ兄ぃは危険かもしれないことがある時、女衆を連れて行こうだなんて人じゃないしね。まあ、戦に行こうってんじゃないからね。そこはどうかわからないけどさ。でも、ようよう考えてみれば、こんな田舎へってのは尋常じゃあないことさね。てぇと、女衆の誰を連れていこう、なんて決めた人がいるはずさね。
…そう言う時、私ら一党で誰がそういうことを決めるかってぇ話さね。一番年増のカーレ姉ぇではないね。カーレ姉ぇは一度嫁に行って、旦那と死に別れてから大分落ち込んでいたし。まあ、ほとんど知る人のいないこの土地に来たって言うのはカーレ姉ぇにとって正解だったかもね。まあ、それはさておき、カーレ姉ぇは誰かを選ぶって言う、そういう柄ではないね。次は、イマ姉ぇだけど、それこそあん人はそういう場にいたことはないね。いつも、物静かに一番奥で無表情に座っている人さね。私は今までほとんど話したことはないよ。本当にね。
別に順に挙げるまでも無かったんだけどさ。こういう時はアイシャ姉ぇかナナイ姉ぇだね。そんで、ナナイ姉ぇは明らかに違う。だって、最初はいなかったんだもの。何なら、本人が「アイシャに呼び出された」だなんて言っていたもの。
じゃあさ。決まっているじゃないか。ここに来るってぇ誘う連中、その女衆を決めたのはアイシャ姉ぇだって。
うーん。でもさ。じゃあ、何で、私を選んだのかって話さ。もうね。
正直ね。私がね。レンゾ兄ぃのことを…こう…そう憎からず…というか、そう言う風に想っていたってのはね。いやね。趣味が悪いとか言われたこともあるさね。仲間連中の中でも一番男むさい人のうちの一人だったしね。品性にも欠けているしね。まあ、でもそこはしょうがないじゃあないか。そういうのに理屈はないってぇことだしね。
それはね。アイシャ姉ぇに言ったことはなかったはずだよ。でも、アイシャ姉ぇのことだから、そのくらいは察してたはずだよ。もしかしたら、少し高く買い過ぎかもしれないけどさ。
それなのに、レンゾ兄ぃと一緒になったアイシャ姉ぇが私をここに連れて来るって決めた意味。今まで、あまり考えていなかったよ。向こう出る時は、誘われるがまま何となく着いて来て。こっち来てからは、こっちに慣れるだなんだで忙しくて。
「すまないねぇ。タヌ。」
アイシャ姉ぇは一転目を伏せて言う。
「あたしはさ。あんたらからどう見えているのかは、わからないけどさ。臆病なとこがあってさ。」
「そんな、アイシャ姉ぇが臆病だとか…。そんなん冗談じゃないかい。」
アイシャ姉ぇは仲間らの中じゃ一番の肝っ玉姐さんさ。私は少なくともそう思っている。
「冗談じゃあないさ。あたしは臆病者さ。」
「いや…、そんな…。」
つまりは…。その…。
「まあ、だからさ。あんたに苦労をすることになっちまったのはさ。あたしが悪いってことさ。」
私が考えようとしたところを遮るようにアイシャ姉ぇは言う。
「自分の換えとしてさ。あんたを用意したのさ。あたしはね。色々な意味でのさ。」
「…そういうことは言わないでくれたらいいのにさ。姉ぇはさ…。」
自分が尊敬もする大好きなアイシャ姉ぇの換えと見られていたこと、換え足りうると見られていたこと。一抹の寂しさとやるせなさと、光栄であるとい気持ちと。本当に換えとなった時担わなければならないことと、得るかもしれないもの。
そういうことが去来する。
どうすれば良いのさ。こんなんさ。
私にとっては荷が重い。それはわかり切っている。
いや…本当にそうなんだろうか。
タッソの旦那のことは良くは知らない。けど、アイシャ姉ぇのことは信頼している。
多分、アイシャ姉ぇは期待してくれている。多分…。それが、どういう形であれ。
「わかったよ…。やるよ…。」
そう私は答えてしまった。
そう答えてしまってから、少し後悔が生じた。