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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(前編)荒天
86/139

―アルミア子爵領、アルム、ファラン邸、タッソ―

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タッソの座る執務机は窓の外からは見えない位置にある。だから、日の光は当たらない。アイシャとタヌの座る位置には足元までは日の光が差し込んでいる。冬場は暖のために屋内には火を焚いているし、晴れれば雪の反射が喧しくも屋内も照らす。比ぶると、太陽からの直射と僅かな回折から照らされない夏の屋内は、柔らかにしか照ることのない草々との対比からもあり、むしろ暗さが際立つ。

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「私…私達。そうですね。基本的に、私とレーゼイ、つまりガーラン家は同じ派閥を見てもらって構わないと思います。」

 今回、この話し合いを行うこと、私がここで提案しようとしていること、ともにレーゼイとも話して決めたことだ。いずれ袂を分かつこともあるかもしれないが、少なくとも今は志を同じくしている。

「つまりは、真っ当に当主のいる家だね。」

「そうとも言えますね。」

 私は答える。タヌは呑み込めているか。それは、未だわからないが話を続けよう。ここのところ、割合領館の公都組みをしっかとまとめていたようには見えたのだが…。なんというか、アイシャがいることで、少し甘えているようにも見える。だが逆に言えば、立場さえ出来てしまえば、有能であるということだ。他の公都の人々も有能ではあるが…。所詮は能吏と言った感じだろう。人をまとめるということとなれば、領館に詰めている人らで言ったら、アイシャかタヌ…、ということになるだろう。


 本当はアイシャだけでまとめてくれれば良かったのだが、産休に入ってしまった。あまり、無理はさせられない。アイシャの立場にしろ、レンゾの立場にしろ、世継ぎはいた方がいい。

 領館で働きの厚いアイシャには跡取りが欲しい。未だ、どこまでモノになるかはわからないが、レンゾの鍛冶屋も重要だ。少なくとも、私達に歯向かった職人頭ともを駆逐して、職人頭に就いて貰わなければ。統治が儘ならない。そうなれば、彼の跡取りも必要だ。

 そう考えると、アイシャには二十代のうちは子作りに励んで欲しい。もちろん、合間合間には手伝って貰おう。彼女にはそれなりの立場になって貰わなければならないからだ。そのためには乳母や下女も付けなければならないな。

 しかし、その手の手伝いはさておき、どうしても彼女が産休に入っている間を繋ぐ人材が必要ということになる。乳母や下女など地元で探せばいくらでもいる人材と違って、公都組のまとめ役となると、三十人程度しかいない、その中から選ぶしかない。

 それで白羽の矢が立ったのがタヌだ。タヌも女性ではあるが、幸い未だ若い。アイシャとは8つ差だったか7つ差だったか。彼女が今のアイシャと同じ年齢になる頃には、アイシャのお産も一段落しているだろう。その間の繋ぎになればよい。


 さておき、話の続きだ。

「そして、私達の立場としては、皆さんとともに歩みたいと思っている…ということです。」

「ふふん、それはありがたいことだねぇ…。」

 まあ、一つの礼儀として言っておいたまでの言葉だ。そう本気でないという取られ方をされても致し方あるまい。本心でもあるんですけどね。

「はい、お互い仲良く出来たらと思いますよ…。」

「それで?他の派閥はどうなんだい?」

「そうですね。一つは確実に敵対するでしょう。もう一つは…まだ揺蕩っているというとこですね。」

「なんだか、歯にモノのはさかったような言い方だね。」

 アイシャは口をへの字にして言う。

「取り敢えず…順にですね…。まずは、反公都とも言うべき勢力がポソン家、ニカラスク家を中核として集まろうとしているということですかね。春頃には…もしかしたら去年からかもしれませんが…動きはじめて、この頃には大分露骨になってきましたね。幾らかの人らが集まって談合している様子が報告されています。」


「確かにね。そういう勢力はいようもんだね。あたしら外者だからね。いるさね。そういう輩は。」

 案外そういう自覚がある人ってのは少ないもんだ。特に、ここは田舎だからな。皇国の最果ての地と言ってもよい。だから、ここに来た人は露骨に、来てやった、という態度でいる人も多い。そういう人間は自分が実際的にどう見られているのか、なんてものに鈍感だ。本当のことを言うと、公都から来た人にも多かれ少なかれ、そういう感情が感じられる人間がいないわけではない。

 それはそうだろう。都会の人間に比ぶれば最新の技術なんかにも蒙いし、算術も碌に出来ないし、文字を読める人間も少ない。極端なことを言うと、そういう人間でも役人をやっていたりする。そう土地柄だ。だって、それも身に着ける術がないのだから。それに、ほとんどの場合身に着ける必要もない。

 その一方でどうだろうか。だから、それだからと言って、勝手に蒙いだなんて言えるものだろうか。うちの民を。山の天気の読み方を、川の水の御し方を、雪道の歩き方を、雪の冬の耐え方を、一年の計画の建て方を、彼らはどの程度知っているだろうか。これらの方が余程、ここで生きる上で必要になる。

 だからこそ、お互いの知っていること、知らないこと、出来ること、出来ないことというのを自覚している人間というのは頗る重要だ。実は、アイシャの教え方を影から見張らせていたし、私も一回見たことがある。その上でわかった。彼女は、そういうこと名実わかっている人間であると。

 だからこそ、彼女が産休に入ってしまったのは非常におしい。


「アルムの職人衆は概ね向こう側に付きましたね。小鍛冶、大工、鞣し、石工、染物屋、酒屋、粉引き。大工のうちの一派だけはこちら側ですが…。」

 大工の一派、これに関しては、わざわざ棟梁のカズ殿が報告してきた。そういう腹芸が出来るからこそ、確実に信用出来るかどうかというのが難しいところなのだが。

「あと幸い、医師、薬師は中立です。」

 食の次に…、人の命を最後に担う者がどちらにも付かない。それは実に頼もしいことだ。

「それは良かったね。だがね。薬師ったって、それはミネ一人だろ?そう聞いていたけどね。」

 医師はさておき、本当のところ、ミネが中立ということが問題なのですがね。つまり、彼女はこちら側ではないということ。別に本人に確認したわけではないですが。彼女はそうでしょうよ。確認するまでもない。

 そして…。

「まあ…、ミネはそうだろうね…。そんで、あんたはレンゾも中立ってぇ…言うんだろ?」

「ははは。」

 両手を上げる。つまりは、降参ということだ。本当に良く把握している。

「ま、その通りですね。」

「な…。え…。」

 今にも、「そうだろうね」なんて言いそうな表情で落ち着いているアイシャに対して、タヌは立ち上がって驚愕の表情を見せる。

 ふむ…。ミネの時には反応しなかったのに…。レンゾの時は反応する。

 アイシャはそれを優し気な表情で見ている。

 うーん。この辺の男女の機微は、私の管轄外と言わざるを得ないですね。いや…本当にわからない。あの、むさくるしい男のどこが良いというのか…。わからない。

 つまりは、降参ということだ。


 さて、そんなことは良いから話を続けよう。

「村々に関しては難しいところですが、半分は抑えているつもりです。」

「そらそうさね。元々あんたら、そういう風に村を分けていたんだろう?領主様の付け入る隙も無いようにね。がっちりとね。」

 そう言って、頭の上で手を振る、アイシャ。

「全く…敵わないですね。」

 これが場末の娼婦だったなんて言うから、本当に侮れない。

 確かに、我々を侮ってかかる者もいるにはいるが…。時々…市井にも、少しは侮ってかかって欲しいものだと、思う人間もいる。こういう人が領内にもしもいれば、良かったのだが。それを幾ら探したか。やはり、人の数か。

 そんなことより、本題だ。この二人をここに集めた。

「さて、それでお二人に頼みたいこととも関係ありますが…、つまりは、最後の派閥になるかもしれない勢力ですね。」

「ふーん、未だあるのかい。」

 ふぅと息を吐く。アイシャはこの様子だとわかっているのだろう。ここまでの察しの良さを考えれば、そうだろう。だがむしろ、この本題はここに呼ばれた、呼んだもう一人が重要になる。そして、つまり彼女を呼んだ理由でもある。

「そうですね。いくらアルミア領で四足家が強かろうと、四家が割れず一つとなろうとも、それすら凌げるだろう、という勢力です。」

 そう私は切り出した。

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