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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(前編)荒天
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―アルミア子爵領、アルム、カズ―

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赤い陽光と白い月光。太陽は西に沈まんとし、太陰もまたそれより高いが西の空。山々にまとわりついた雲は黒いが、西の空は爽やかに開けている。赤に照らされた家々は日とは反対側に暗闇を作る。がやがやと、話しながら歩いていく大工連中。もう大分夏至も近い。北に位置するアルミア領で、この季節に日の出から日の入りまで仕事するのはつらい。皆へとへとになって歩いている。

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「ん、ローベンの爺ぃか。」

 声を掛けられ振り返る。

 暗いとこから、爺ぃが出て来やる。

 俺の隠居した親父とそう変わらない。だが、隠然とある、ここの職人連中の重鎮。

 齢の割にがっちりした身体つき。子供頃から悪いってぇ右足を庇いながら歩く。

 そんな爺ぃを見やる。

「おまんと、ちぃと話してく。先に行ってくりょうし。」

 手下共に声を掛けておく。

 ったく、秘め事つぅんは若い女子とやりてぇもんずら。


 爺ぃは家の影の暗闇から、俺は角挟んで家の壁に体重を預ける。

「あん御仁はどうしてんずら。」

 はっはぁーん。あん御仁ってぇな。へっへぇ。こいつぁレンゾの旦那のこんだな。

 俺はあこで大工仕事してんかんな。気にもなろうってもんで。ここのまとめとしてはな。

 どうせ、余所者の詮索だろうに。こん爺ぃ。

 てぇ、ご苦労なこんずら。

 ははっはは。

 サテンの野郎ん時もあったな。ほん時、こん役担ったぁはこん爺ぃでは無かったがな。

 結局、サテンの奴ぁ、あぁいう奴だったからな。素朴と言うか。あまり、主張の強い奴では無かったっつうか。良く言やあ、粛々とやるってぇか。

 だが、あぁ言う奴をあぁ言う風に、ちっと引っ込んだ感じの奴しちまったのは、ここの風と言えなくもないのが、何とも言えないがな。腕はあるに惜しいこんには違ぇねぇ。彼ん奴ぁは出るとこ出せぁ、それなりのモンってよ。だがな。塩梅が、時勢と状況が上手く勝ち合わんかった。

「何つうこんもあらんですよ。お館様立っての依頼ってぇなもんでね。銭も十二分貰ってますからね。ははは。」

 あいや、不味ったかな。こん応えは。何だか、悪いこんでもしてたようずら。

 別に他意はない…こともない…こともねぇんだよ。こん爺ぃに、こん領の連中に。

 外を知るってぇのは、それだけでよ。俺は公都に行ってたこともあるからよ。修行でな。別に、行ってたってぇそれだけのことが偉いって思うような齢ではもう無ぇが…。そんでも、知ってしまう、外の世界を知ってしまったって言うのは、こんも世知辛いモンかね。えぇ?


「そんなら、いいけんどな。銭は何時でも入用だでな。」

 爺ぃはどっか、あっちを見やる。

 それに何の意味があるか。その目線に何の意味があるか。その見やる先は…。別に何があるわけでもねぇな。

 つぅかな。俺にこんなん考えさせるなっつこん。

 てぇー。政治だなんだってぇのはお偉いに任せときたいとこだってのによ。

 齢は取りたくねぇもんだぜ。あぁん?

「ま、先々代の時みたいに何に使うモンかわからんようなモンばかしっつうわけじゃねしな。そんだけは救いずら。」

 爺ぃはどっかを見やったまま続ける。

 救い…ねぇ。

 その疑問以前に、その先々代の時ってぇのに少し…。サテンの奴のことを言ってんだろうな。確かに彼奴の技は、そういうこんに、道具とか直ぐに役に立つってぇのには向いてねぇけんな。奴の得意は飾り細工だからな。

 そうさな。だから、向いていなかったとも。

 だが、今の奴さんの作を見ぃよ。

 随分と奴も精進して、練磨して、妥協して、そんでも足りなくて。

 半ば、無理やりでカミさん貰ってしまって、子もこさえちまって…。したら稼がにゃなんねて。奴さんも色々苦労してな。何とかかんとか、ここに馴染んだってぇところさな。その馴染んちまったのが、良いのか悪いのか。


 比ぶりゃ、レンゾの親方よ。またぞろ、領主様ぁが何か趣きでって一芸にだけ秀でたモン連れて来たってな。そう思ったんだがよ。

 清い水にしか泳げねぇ、棲まねぇモンを連れて来たってよ。

 そう、あの御仁。若ぇのに大分(したた)かよ。あの見た目と口振りからは想像も出来ないがな。

 確かに、たった一人でここに来ちまったサテンとは案配は違うだろうがよ。新しい領主様も昔馴染。ちっと戦で減った直臣の面々にすっと食い込んだ仲間共。何か周すにしたって話が早いさな。

が、しかしだ。そんだけじゃぁねぇやな。

 案外、案外な。


 そう地元の連中にも食い込んでいるやがる。調達やるハージン。出納預かるファズ。そんな奴らはわかりやすい例でよ。他にも、領館の住み込みのフスク、コシャ夫妻…。一緒に仕事することもあるハージンやファズだけなら兎も角よ。なんだかんだと好意的な奴らはなんぼでも挙げられる。

 うちの若ぇ奴らにしたってそうさな。俺からすりゃあ、てめぇどこに目ぇつけてんだってこんも多い奴らだが、存外人見てやがるってぇのがある。俺の言うこと以外は、いや俺の言うことも聞かねぇ奴らだが、案外レンゾの旦那の言うことにゃあ、一応は耳を傾ける。

 それに、ファラン家の御当主に取り入っちまったな。同じアルミア四足家のニカラスク家に婿養子に入ったが、碌に親戚付き合いの出来なかったサテンの野郎とは違うってぇこった。

 マヌ村の連中に眼ぇ付けたも悪くない。アルミア八村。ま、今は九つあるが。初代お館が名づけたってな。客人のマヌ村。元々、外者の多い村だ。なれば、外者を受け入れるのも早い。子倅どもを引き連れて、なんやかんやとやっていらぁな。


「おんしも、公都に行っていたことがあるからわかろうもんずら。」

「えぇ…あぁ…。おう…。」

 俺が黙っていると爺ぃが何ぞ続ける。

 あぁん?あにがだよ?

「木ぃ相手にするのと、土相手にするのでは違うずら。なぁ?」

 爺ぃはあっちらけな方向いてた眼ぇをこっち向ける。

 まあ、重ねた齢は伊達じゃねぇということか。この爺ぃ、この領から碌に出たこともねぇはずだが、ここと公都の仕事の違いぐらいはある程度知っているってぇか。

 てぇ。俺が納得行ってねぇのも見透かしたってわけだ。こんだから年寄りは…。

 言わんとするこたぁわからねぇでもねぇよ。

「生憎、俺は鍛冶の仕事に関しちゃわからんもんでね。鉄は鉄ってぇことで…。ここと公都でどんな違いがあるかは、ようわかりませんのでね。」

 まあ、知らんわけはないんだが。大工が鍛冶の仕事の良し悪しも見極められねぇなんて失格だからな。木目読むのは樵の仕事で大工の仕事じゃねぇ、なぁんて言う奴ぁいるわけねぇからな。いたら、拳骨食らわせてやるぜ?おい。

 …と、まあ素っ惚けてみたが、爺ぃはそんくらいのことわかっているわな。

 ってぇことは、つまりはそういうことだ。

「おんし…。」

 爺さんの目がぎらりと光る。

「へぇへへ。」

 ひゅぅと口笛を吹く。

 祖父さんよりも前の代から世話になっているポソン家は落ち目だし、何よりこっちの方が面白そうだ。爺さんが道具を融通してくれなくても、レンゾの旦那から手に入るだろう。奴さん、武器だなんだより、そっちの方が得意だって言ってたしな。樵の連中は許よりこっちで抑えている。奴らの道具もレンゾの旦那が用意出来るだろう。

「話はそんだけかい?爺さん。」

 半目で爺ぃの方を見やる。

「別に俺はアンタらと仲良くやるのは御免だってぇわけじゃねぇんだぜ。だが、こう色々暗闇でどうこうやるのは、女子相手だけにしたいってぇだけでさ。」

「…。」

「おっと、一個勘違いして欲しくねぇのはよ。」

 黙ったまま、こちらを睨む爺さん。

「おいら、女子とどうこうするのは暗闇だけじゃなくても、真っ昼間だろうが、朝靄の中だろうが、構わんっつこんずら。はっはっは。」

 ぐっと身体を預けていた壁から身を起こす。

 ほんに、この爺ぃと話していてもしょんないずら。

 早く帰って飯食って寝るずら。

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