―アルム近郊、精錬場、タキオ―
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久々の晴天。しかし、遠近に水は残っている。製鉄は水を嫌う。そのため、石で矩を切り水捌けを良くしていた。つまり、割合排水はしっかりしている。していた。しかし、長雨は土を流し、石造りの矩は、矩だけ残し脇に水溜まりを作っている。溝には泥水がちょろちょろと流れている。泥濘む足場は歩き難い。これを避けるために、そこここに板が渡されている。そこをぎいぎいと音を立てながら、工夫が行き交う。
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「おっさん、これはここいらでいいずら?」
「おう、そこいらに頼む。」
カズのおっさんは図面から顔を上げて言う。
オイラは今、炉の周りの屋根を建てている。いや、建てているたって、要はカズのおっさんを棟梁とした大工連中の手伝いなんだけどさ。まあ、オイラ大工仕事なんてわかんないから、雑用仕事。何人か雇った流れの小作幾人かを使ってモノ運びやらなんやらかんやら。
「おまんと、そん丸太、ここいら置いてけろ。ちゃんと桟の上に置いてくりょうし。輪止めも忘れちょし。」
「へい。」
「…へい。」
小作の連中はもそもそと丸太を桟の上に置いてく。ここは後四本は並べられるかな。
「カズのおっさん、こんくらいの太さの丸太は大体ここん並べとけばいいけ?」
「おう、頼む。木っ端は未だなんぼかあるからよ。適当に桟に輪止めに使ってくりょ。」
「ほいさ。」
輪止めを掛けていると、「おーい、棟梁」とおっさんを呼ぶ声が聞こえた。
「ちっと、こっちは頼んまぁな。」
カズのおっさんはそう言うと、手下の元に向かう。
「あいさ。」
おいらはおっさんの背に投げかける。
「ほい、行くずら。おまんと。」
「へい。」
応えたのは三人の内一人。髪と髭に白いのの混じったガタイのいいおっさんだけ。のっぽのギョロ目は何があるのか右上を見ているし…。チビの長髪は勝手に座って目線は下。
うーん…。どんにもなぁ。小作の連中ってったって、こんおっさんみたいに、オイラより大分年上のモンもいるしなぁ。てか、今、オイラが差配してんのは、こん春に流れて来た連中だから、顔見知りでもねしなぁ。てかオイラ、こう差配するような齢でもねぇしなぁ。なんし、こう年上にあんま言うのんもなぁ、っつぅこん…。
こいつら、オイラの親父が村長だからってぇ、オイラのこん、「坊」とか「若」とかって呼ぶもんなぁ。オイラは村長継ぐこんにはなってねっての。流れで小作をやってるような奴輩にゃ何もこんも無いかもしんねけどさぁ。こう突然責負う立場になるっつのもなぁ…。
ぐっちょ、ぐっちょと、泥濘の道を行く。
今は長雨の前から干しておいた丸太を日向に運んでる。
おっさんの言うことにゃあ、木材も大分長雨で湿気っちまったっつこん。木材の雨避けのためって羊毛幕に油を沁み込ませて掛けて、下から回って来んようにって桟の上にも置いておいたけども。それに、周囲に溝を切って外から水が入らないように、溢れて来ないように外に水が流れるようにしていたらしいけども。湿気までは完全に防げないもんだあな。桟に使ってた木が吸い上げた水もあるしなあ。
だから今は順に天日干しにしていってっつこん。
「若旦那!タキオの若旦那。」
歩いていたら、オイラを呼ぶ声がした。
「その若旦那ってぇの辞めてくりょうし。オイラそんなんじゃぁねし。」
もう、何度か言ってんだけどな。あいや、この兄ちゃんには言ってなかったかな。兄ちゃんの方にぐいと首を向ける。自然と眉間に皺ぁ寄る。そういうんは、いけんと親父に言われたっけなぁ。いや、小作のまとめのマッソ爺だったか。
「いやぁでも。」
「まぁ…いいけんどもな。」
オイラを呼んだのは、大工仕事手伝ってる兄ちゃんだった。こん兄ちゃんはこん春より前から見たことあんな。流れ大工だけど、定期的にうちの領にも来てんだろな。
「ほんで?カズの棟梁にはさっき会ったけども…。」
「あぁ棟梁聞き忘れてたみたいで…。」
ああ、そういうこんか。つまりオイラのも一つの仕事だな。おっさんら大工連中と精錬場との間に立って細々と周旋だな。大荷物が通ったりすれば、互いに困るし、場合によっては人の貸し借りもある。木材だなんだの置く場所だって、どこでも置いてもいいわけじゃねし。
それに、今建てている屋根の細かい段取り。広さはこんなもんでいいか。大きいとこじゃなくてな。後、拳の一つ二つあった方が良いかとかそんなん。他にも、柱はここにあっていいか。もう半歩ずらした方が良いか。間口の勾配はこんなもんか。
今んとこ大きいとこはオイラの仕事じゃなくてな。
ここのまとめはレンゾの親方、炉周りや建屋だなんだはズブの兄ぃの担当。炉周りの屋根や壕をどうすかってのは、親方とズブの兄ぃとカズの棟梁で話し合って大体は決めたけども、細々とした取り回し何ざはオイラに投げられたってわけだ。
荷が重いって思ったけどさ。
レンゾの親方は、あっちらこっちら。鍛冶のこん、鍛冶の出来が、わかるんは親方だけだし。つーこんは上手く行ってるかどうかってぇのは親方の判断。他に何のかんのやってるみたいだけど、オイラにゃわかんね。村に行って道具の具合見たりってのはタスクの叔父貴に聞いたけども。そういや、ザッペンの奴は鍛冶習ってるってったな。ま、鉄作るのはここの仕事なんだから、その辺ちんとしとかないと…。そう、タスクの叔父貴が言ってたな。
ズブの兄ぃは今は崩れた溝をどうにかするのやら、泥濘に差す木板の用意やら、鍛冶場の屋根が崩れたのをどうするかってぇ、そんなんで一杯一杯。長雨で駄目んなったもんが多過ぎて、ササン姉ぇと手分けして。ササン姉ぇが受けて、ズブ兄ぃが手配する。いや、コッコ姉ぇが受けて、ササン姉ぇが整えて、ズブ兄ぃが手配するって案配だぁな。
オイラ、ササン姉ぇがあんに早口で喋ってるの初めて見たずら。
「んで、何ずら?」
「柱ん深さは肘丈か、膝丈か、どっちか良いかってことでさ。」
んーん?
えっと、肘丈と膝丈?
どっちが深いんだ?てか、そんなん人に寄るんじゃ。
つか、どうせ埋めてしまうんずら?
てか、そんなん親方とのやり取りで決まってんじゃ…。
ええぃ。
「あぁ、えぇ。そんで何が変わるん?」
「変わるも何も、棟梁がよ。」
あぁん。わからん奴っちゃな。こちとら素人だぞ。わかるようにだな。
「ほんで、あー、もういいずら。カズん棟梁はあっちだな?」
「へい…。」
あぁ、わかってないな、ってぇ面構え、ほら、ほうずら。
「おまんと、干してた木ぃ、順々にさっきの所に運んでくりょ。干すんだかんな。」
「へい。」
やっぱ返事をしたのは、白髪混じりのおっさんだけ。他はあっちらこっちら見てるか、ぼーと空でも見てるだけ。
あぁ、もう。
「おっさん、おっさん、名ぁ何つったけな。」
その白髪混じりのおっさん指差して聞く。
「モエンと言いやす。若。」
若じゃねっつこん。
「まぁいいや。モエンのおっさん。おっさんが音頭取ってくりょ。他ん二人もいいな?」
返事の声は無い。チビは浅く頷く。もう、のっぽは未だどこか知れないところを見ている。
あぁあ。はぁ。
「じゃあ、頼んずら!」
「へい。」
相変わらず返事はおっさんだけ。
ぐっちょ、ぐっちょとまた泥濘を行く。
「兄ちゃん。ほんでカズの棟梁はどこずら。」
「へい。あっちで…。」
こっちもこっちで気のない返事。
あぁ何だか思いやられるなぁ…。