―アルミア子爵領、山中、ジャコ―
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東の山高いアルミア領で日が昇るは幾分遅い。とは言え、雲に散らされし陽光は山を越え、起伏に富しこの地を朧に照らす。南に行くほど高い、山の斜面は勾配がきつく。歩くには辛い。だが、木々はふいに疎らとなるとこをもあり、根に足を取られるほどのことはない。
蹲る…腹伏す童子、いや青年。その中頃だろうか。己が身に土が付くも構わず、辺りを這いつくばり、石を見、土を舐める。それを見守るかのように立つ、白髪の老爺と壮年の男。
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石、石、石こ。赤い。赤ぁい。赤くない?赤ぁい。
オイラにゃ難しいことはわからない。でも、これはイイモンずら?
フブ爺さんに着いてって、オイラは山に来た。鉄の出来る石を探すんだって。んひ。親方に言われてな。んひ。ほんで、ここ三日三晩山を歩いているっつこん。
「おい、ガキ。」
鉄になるって石は何で赤いんだろうなぁ?鉄は錆びたら赤くなるから?じゃあ、赤い石は皆昔は鉄だった?じゃあじゃあ、その前は?
「ガ…あー、ジャコ。聞いているか。」
鉄が赤い石になって、赤い石がまた鉄になる。鉄はまた赤い石になって…。じゃあ、この黒い石は?白い石は?緑の石は?
「おい、親父。こいつ、どうするんだよ。親方に連れて行けって言われたがよ。」
白い石は、硝子になる。テモイの兄ちゃんが言ってたな。薬にもなる。ミネの姉ちゃんが言ってたな。でも、その二つは違う石。
「ははは。こりゃ、憑きの類だな。親方も変わったモン持ってやがる。」
石は色だけじゃないけ。味を見る。苦い、甘い、酸っぱい、しょっぱい。
「良かったじゃねぇか。育てりゃ、ゲッセイ、おめぇは周旋に専念出来る。」
少し擦れば砂になるのもある。金槌で叩くと割れるのもある。真っ直ぐ割れるのもある。粉々になるのもある。固くて中々割れないのもある。
「俺は周旋なんざぁ、したくないんだが…」
割ったら、爺さんのくれた虫眼鏡ってのでようよう見てみる。石は、小さい石で出来ている。小さい石はキラキラと宝石みたいだ。いんや、普通の石と同じぐらいの大きさまで、小さい石が育ったのが宝石だって。爺さんが言ってたな。
「ゲッセイ、どのみち、おめぇの仕事は周旋になっただろうよ。」
ん?あぁ。地がヴっと…。耳を地に着けてみる…。
「どういうことだよ。親父。俺は政治みたいなのは真っ平御免だぜ。知ってるだろ?俺の家ぁ…。」
んー。あー。これは。どこかで、大きな地滑り…。
「おい、どうした?ガ…ジャコ。」
オイラはゲッセイのおっさんを見やる。大丈夫ずら。ここは関係ない。
「いや、何だよ。何か話せよ。って、石調べに戻るのかよ。」
石は光の当て方を変えると見え方が変わるのもある。磨くとそれが良くわかる。でも、今は磨く道具が無いなぁ。
「全く何なん…。」
でも、割るだけでも少しわかる。割った時の形と、光の向きを変えた時の形。これは一緒。一緒だ。んひひ。
「おい。揺れたぞ。親父…。」
だから、割ってみる。トゲトゲ。カクカク。
「あぁ、もう。てめぇ、揺れが来るのわかってたろ。」
ここの、赤いのは、赤くないのも…。
「おい、てめぇ、」
ゲッセイのおっさんがオイラの肩を揺する。
「何ずら?オイラ、今忙し…」
「あぁ?」
「止めとけ。ゲッセイ。」
フブ爺が入って来る。
「あージャコ。てめぇは続けておけ。俺とゲッセイの話だ。」
「ほうかぁ。」
ほんなら。いいな。で、何だったかな。石、石、石こ…。
「ゲッセイ。てめぇも未だ未だだな。」
これぁ、イイもんずら。んひ。
「人間な。凝る奴と凝らねぇ奴がいる。」
オイラは親方に言われて、フブの爺さんとゲッセイのおっさんと山に来た。鉄になる石を探しに。
「それは、…。わからなくはねぇがよ。」
鉄になる石は赤ぁい。少し見ただけでは赤くなくても、少し傷を入れれば赤い身を見せてくれる。んっひひひ。赤ぁいその身を見せてくりょ。んひひ。
「ゲッセイ。親方…、レンゾの奴や、あの鍛冶場の連中はどうだった?」
鉄になる石の身は赤ぁい。でも、鉄に傷を入れるとはかさぶたが赤い。
「…そこまで長く話していねぇからわからねぇけどよ。」
じゃあ、鉄のかさぶたが、また鉄になる?オイラのかさぶたは、また皮膚になる?
「親方は割合凝る方かなぁ。あの様子じゃ。」
かさぶたは水にふやける。水浴びしてるといなくなってる。
「あれで、アイツは見えてる方だぜ?はっはは。」
じゃあ、鉄は?鉄になる石は?
「どうだかよ。親父、あんたはどうなんだ?」
そうか、そうか。いつかは。そうか。
「どうだろうな。」
なるほど。なるほど。そんなら、あっちだな。あっちだ。
「おい、ガ…ジャコ。てめぇ、どこに行く。」
オイラはゲッセイのおっさんとフブの爺さんを見やる。ゲッセイのおっさんは顰め面だが、フブの爺さんは口角を上げている。じゃぁ、いいか。そのまま、進むことにする。
「おい、だから、話せって。」
この先に、溜まり場がある。多分。
「落ち着け。ゲッセイ。まずは…様子を見るんだ。」
石。石。石こ…。
…、ちがうなあ。ここん中だなあ。うーん。
「おう、ジャコ。ここはどうだ。」
フブの爺さんが追いついて来る。
「だめだあ。中に隠れてんずら。」
「うぅむ。掘ってみてもよいが、流石に手間だろうな。ゲッセイ、一応地図に記しておけ。」
「あいよぉ。親父。」
ゲッセイのおっさんが地図を広げて何やら書き留める。その間はおいらは特にやることもない。でもゲッセイのおっさんが描く地図は面白いからずっと見ている。
「あぁ。てめぇも地図の描き方でも覚えるか?」
おっさんは顔を上げて言う。
「教えてくれるんけ?」
「まあ、お前が覚えたら、俺も楽だしな。親父もいつまで山を歩けるかわからねぇしな。」
そう言って、おっさんは地図のどこが何を示しているとか、色々教えてくれた。また、詳しいことは順々に教えてくれるらしい。
ほーん。地図も面白いもんだなぁ…。