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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(前編)荒天
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―アルミア子爵領、アルム、モルズ―

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徐々に雲が出て来たか。中天に昇りつつある太陽は雲に隠れて見えない。青空は見えるが、雪とも雨ともつかぬものが、ちらちらと風に舞う。すぅと吹く風はやはり未だ冷たい。領都の広場の中心には火が焚かれ始め、ぼおぼおと音を立てている。その周りでは、人々は踊るやら、叫ぶやら。いくつかの弦楽器に、獣の革を張った打楽器。にこやかな人々とは裏腹にどこかうら寂しさを感じる調べ。領主の仕出しで腹を膨らませたら、こうして楽しむ。だが、未々領館へ仕出しを貰いに行く人もいる。遠くの村から今着いた人々、少し食べ足りないなと思った人々、明日の仕事は休みだからと昨晩から嵌めを外していた人々。

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「よう、モルズ兄ぃ。」

 女連れでズブが来た。最近はササンと良い仲と聞いていたのだが、別の女だ。装いを見るに、ここの女だろう。やれた麻の頭巾に薄汚れた兎毛皮の首巻。日に焼けた長い髪を低い位置で二つにまとめている。服はここで祝いの時に着る弁柄染め。やや幼げな赤ら顔には少し照れたような表情が見える。ズブに腕に手を回し、仲好さげだ。

 まぁ、昔からこいつはそういう奴だ。ササンがどう思うかを考えると悩ましいことであるが…。全く、どこで見付けて来たのだろうか。

 少し…、こちらに来て…、大人しくしていたと思ったのだが。まあ、春…ということか。成程、こんなことで春を感じるとは。公都で言えば未だ真冬の寒さだ。春と言っても、ぴんと来ていなかったのだが。全く。

どうしても…、親指と人差し指で両目をこすってしまう。

「あぁ、ほどほどに…しておけよ…。」

「あぁ?あぁにがだい?」

 ズブは女の頬を撫でながら言う。女は「きゃ…」などと言う。

 きゃ…などと。

どうにも、こうにも。しかし、ここで灸を据えるは俺の役割ではない…はずだ。ナナイか…アイシャか…。ナナイはいないし、アイシャは身重で床に伏している。

こいつ…それを狙ったか。

俺が言い聞かすのか?他に幾らか言い聞かせるような奴がいたか?テテは駄目だな。どちらかと言うと同類だ。ドロが生きていたら、もしかしたら…。いや、一緒になって悪乗りをしたろうな。ヤメルやトトンは割合堅い奴だが、人のどうこうに口を出すような奴らじゃあない。ケヘレは言うまでも無く駄目だ。そうなると、一緒に働いているテガか…。あいつも比較的堅そうなだが…。あまり話したことは無いが…。

いや…、そもそも今のあいつの上司はレンゾのはずだが…。いや…、レンゾはそういうことに興味は無いな。奴はそういう興味の無いことには一切手を出さない。例えば、ズブが色事に現を抜かして仕事をしなくなれば、ぶん殴るだろうが…。最悪、相手が人殺しでも仕事さえすれば、あいつは構わないんじゃないか?

そんなことを俺が考えている間もズブは乳繰り合っていた。

やはり、ナナイか、アイシャか…。いや、しかし、カーレ姉ぇがもう少ししっかりしていたら…。


頭を掻く。

ふぅ、と息を吐き、天を望む。

「まぁ…俺がとやかく言っても仕方ないな。が…。もう一度、言うが…ほどほどにしておけよ…。」

「なぁんでぇ?相変わらず、モルズ兄ぃは堅ぇなあ…。なあ…おめぇもそう思うだろ?ん?」

 だから都度都度、その女を撫でるな。

「おーう、ズブじゃねぇか。まぁた、おめぇは手が早ぇなあ。」

 頭を抱えていると、オンの声がした。ばったん、ばったん、と足音を立てながら。

「おう、オンじゃねぇか。久方振りじゃねぇか。」

 ズブは左手で手を振り、右手で…娘の…胸に手を入れながら応える…。器用な…。

「おい、オン。待て。お前。こけるぞ。」

 領館の方を見やると、焦った様子でロイが追い掛けてくる。それに遅れて着いて来る、タヌとメーコ。

「あぁ、モルズ兄ぃ。こっちも、大分人が減って来てね。あたしはお役御免ってぇわけさ。」

 タヌは手を振り振り言う。メーコ殿は、タヌの後ろに控える。

 …。何だか…、ふぅむ。

 俺はタヌの方を向いて、その後、少しズブの方に目線を入れる。

 すると、タヌは少しズブの方を見やった後、こちらを向いてその端正な顔をげんなりさせる。

「あたしゃあね。そういうのは兄貴分の仕事だと思うんだよ。ズブとはモルズ兄ぃも随分と長い付き合いだろうしさ。」

 寄って来たタヌは言う。後ろでメーコ嬢が頷いている。うーむ…。

「どうにも、こういうことには俺も疎くてな…。他のことならさておき、どうにもな。」

「そんで十も年下のあたしに頼もうってぇのかい?情けない話だよ。」

 タヌは大仰に溜息を吐く。

「わかったよ…。仕方ないね…。」

 そう言って、タヌはぎゃあぎゃあ騒いでいるズブとオンの方に歩いていった。

「すまんな…。」

 俺はその後ろに声を掛けた。


 うぅむ。ここに来た中では一番若いタヌではあるが…中々に頼もしいじゃないか…。

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