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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(前編)荒天
73/139

―アルミア子爵領、アルム、領館、タヌ―

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領主の仕出しは豪勢。いや、量こそ多けれ、質の程こそ。所詮は冬の貯えの放出である。領館の庭にはそこここには鍋が焚かれている。干し野菜と干し肉を煮込んだ汁、そしてそこに麦を入れた粥が木の椀によそわれ人々に配られている。一応は領都である。一張羅さえ出せば、そこそこの見栄えをする装いとなる。弁柄染めの装いは、古くからここにある民族衣装とも言える。公都のような華やかさこそないが、彼らにとっては正式なものなのである。

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 今日は仕出しの手伝いってね。冬の間、切り詰めた分を放とうってんだね。あたしには良くわからないが、森だなんだから食べ物を採れるようになった時分の行事ってぇわけだね。未だ、畑からの収穫は無いけども、もう蓄えを後生大事にとっておくほどではないってぇことだね。

ここじゃ、大体が日に二食。冬場のしんどい時期には日に一食。吹雪で動けない時に二食も食べてたら冬の間ずっとは持たないからね。あまり、食べないでいると寒いんだけど、そこは白湯でも飲んでしのぐしかないってことさね。

そんでの、今は朝餉の時分のちょいと過ぎ。今は、幾つかある鍋のうち、多少詰まっているとこがもあっても、徐々に人は減って来ているね。あたしらも一心地ってところだね。朝開きたての時は随分とごった返していたからね。一応、何杯でも貰って良いしね。ただ、椀は自前のものを用意するのが取り決めさ。

しかし大分仕出しの飯に有り付きたいってぇのが見えたね。久々にタラフク食いたいってぇのがね。見えるってぇのがね。何だか可愛らしいね。そう思ってしまったね。


「頼んずらぁ。」

「あいよぉ。麦粥の方でいいね?」

「ああ、あんがとねぇ。」

お上さんが持って来た椀を受け取る。そこに仕出しの汁を盛り付けていく。

「お姉さん、えれぇ別嬪さんでぇ。新しい領主様んお妾さんけ?」

「やぁだよ。お上さん。あたしはそんなんじゃあないよ。ちょいとした、まあ妹みたいなもんさね。セブ兄ぃ…あぁ、いや領主様には、別に良い人がいるからね。」

 それにあたしには別に想う人もいるしね。…まあ、望み薄だけれどね。そう言えば、今日も未だ見てないね。衛兵やってるわけじゃぁないし、来ても良いもんだけどねぇ。

「ああ、そうけぇ。そらぁ、御子が生まれんが楽しみずら。」

椀は三つ。お上さんの腰に抱き着いている青洟垂らした坊と、裾を掴んだ嬢の分だね。それぞれ齢の頃は、嬢は6つ、坊は4つぐらいだろうか。肉はほどほどの干し肉を一切れ。菜は干して乾かした枯れ色したもの。麦粥をよそってやり、最後にこの春採れた香草を一摘み。それを個々に受け渡していく。

「はぁい。あいよ。ご苦労だったね。」

これは、冬明けの仕出しのお決まりの文句ってもんさね。長い冬を耐えて、ご苦労さんってことさ。

「あい、あい、あんがとねぇ。」

 お上さんは受け取りつつ言う。

「あんがと、姉ちゃ。」

 坊は黙ったきりだったが、嬢ちゃんの方はちゃんと礼を言えた。

「はいはい。どういたしましてねぇ。」

 手を振って去る三人…、坊はこっちを振り返りもしなかったが…、そんな三人を手を振りながら見送った。


 そんな感じで、しばらくいると見知った顔が来たよ。

「あぁ…ロイに、オンじゃぁないかい。あと、そちらさんは?」

 なんだか…うん、可愛らしい感じの娘さんを連れているね。ふーん、ここの育ちじゃあないね。装いはこっちのもんの弁柄染めだけど、髪の手入れの仕方や、細かい着付けが違うね。それに、畑仕事の手の荒れ方じゃあないね。色も白いしね。

「おう、こいつはメーコってんだ。レーゼイの兄貴の叔母君だってよ。」

 オンが、そのメーコさんの肩をばしばしと叩きながら言う。

「メ、メーコです…。」

 で、そのメーコさんは嫌そうな顔をしながら、いや怯えながら?、戸惑いながら?、あたしに自己紹介する。

「あ、あぁ、そうかい。よろしくね。あたしはタヌだよ。」

「は、はい…。よろしくお願いします。」

 ううーん。恐る恐るってぇ感じだね。

 しかしね。そらそうさね。こうオンみたいな野卑た態度で接されたらねぇ。こいつは声も大きいしね。そうなるさね。悪い奴では無いんだけどね…、十中八九。

確かにね。レーゼイの旦那ってぇたら、確かぁ、ガーラン家の御当主様だね。ガーラン家ってぇたら、ここの領の重臣の一族のはずさね。こんだけ若い叔母ってのに引っ掛かるけども、一応はお嬢ってことだろうよ。

訛りも薄いしね。まあ、深窓の御令嬢ってほどのものでは無さそうだけどね。少なくとも、金に不自由してたってことは、そんな無さそうだね。

はぁ…。こういうのはアイシャ姉ぇの役割だと思うんだけどね。今は…子を孕んでいる…って言うことだしね。レンゾ兄ぃの子を…。

「仕方無いね…。カーコ!カーコ!ちょっとここを頼むよ。」

 あたしは手伝いに来てた村娘のカーコを呼んだ。


 そんで、あたしはメーコを連れて、隅の方に来た。二人分の麦粥を持って。石垣に腰かける。

 まずは、口を付けてずるっと行く。

 うん、僅かにする蜂蜜と乳の味と匂い。それに、割合強めに付けられた塩。干し肉から溶け出した塩。別に美味くもないけど、身に染みる。

「そんでね。メーコさ…あぁ、メーコでいいね。あんたも、あたしのことはタヌ。そんでいいね?齢の頃はそんなに変わらないだろうしね。」

「あぁ…は、はい。」

 …、どうしようかねぇ。アイシャ姉ぇなら…こういうのも何とかしれくれるかもしれなけどねぇ。

…アイシャ姉ぇ、ねぇ。それは今のあたしには呪いだけども。そんでも、もしかしたら、この娘を良いようにしてやったら、良いこともあるかもってぇ、そう思うわけさね。もしかしたら、そんなことは何も意味はないのかもしれないけどね。

 でも、レンゾ兄ぃは意外とこういうこと気にするんだよね…ねぇ。

「ふぅ…、身に沁みるねぇ…。そう思わないかい…?」

「はい…。」

 ミネの姉さんみたいなアクの強い人や、ササンみたいな暗い子でも、どうにかするアイシャ姉ぇのようには行かない…ね。

 他にもいるここに一緒に来た女衆を思い浮かべる。

イマ姉ぇや、カーレ姉ぇはそういう柄じゃあない。そういう柄だったらアイシャ姉ぇが、あたしらのまとめ役みたいになることも無かっただろうよ。二人とも、自分の歩幅でしか歩かないからね。ソーカさんもそんな感じかなぁ。あたし、ソーカさんとはあんま話したことないんだよね。メッケ姉ぇとコルエは、ナナイ姉ぇの取り巻きが精々だしね。

そういや、ナナイ姉ぇも来たって話だけど、結局碌に話さないまま、またどっかに行っちまったね。まあ、色々騒がしいあん人はこういうの向かないと思うけどね。いや、あんくらいで押し切った方が良いのかもしれないけどね。

「まあ…なんだ、うちの連中が悪かったね。どうにも粗暴でね。」

「はい…。」

 俯いて麦粥に目を落としたまま答えるメーコ。

「あんたぁ、育ちはどこだい?こっちじゃあないんだろ?」

 取り敢えず、違う話でもしてみるかね。


 何とか、とつとつと話してくれる、メーコ。あたしは、適切な呼吸で相槌を入れていく。自分で自分を褒めてやりたいね。こうも、あたしが聞き上手だとはね。全く。

 そんで、メーコの言うことにゃあね。まあ、やっぱレーゼイの旦那の叔母ってぇのは訳ありってことだったね。そらね。明らかにレーゼイの旦那よりも若いしね。つまりは妾の子ってわけさ。お貴族様らしいこったね。んー、まあ現御当主のセブ兄ぃも妾の子だったわけだけどね。

 そん中で、どうにもメーコの奴は子供頃はあまり良い生活をしていたわけではなかったみたいだね。母ちゃんは皇都のアルミア家別邸の下女。レーゼイの旦那の親父さんが別邸務めの時、お手付きがあったらしい。皇都にあっちゃ田舎子爵の家臣なんて木っ端貴族だけども、そんでも貴族。それに別邸で働くだけあって、元々アルミア家の縁の者。遠慮して下がっちまったのさ。そんで稼ぎも無いのにメーコを生んだもんで、随分と大変だったみたいさね。ほとんど、物乞いみたいなもんだったらしいよ。

 …そういう意味ではセブ兄ぃの母ちゃん、セーコの姐さんは強かだったね。ちんと、薬師っていう手に職付けてたからね。ニクラ婆さんとこで。そういや、そんでミネの姉さんと知り合ったんだったかね。

で、そのメーコの母ちゃんが死んだ頃、カーコが7つ8つだった頃、別の下女が見つけてくれて助けてくれたとかなんとか。その伝手でしばらく皇都の酒場で働いていたとか何とか。荒くれの中で育ったなら、慣れそうなもんだけどね。悪い方向に働いちまったみたいだ。

そん後、何があったか、突然ガーラン家の方で引き取るって話が沸いて出て来たってね。実際、自分がガーラン家の血筋だって知ったのは、そん時だったらしいよ。そんで、しばらく皇都の別邸で暮らした後、こっちに来たってわけだ。何だかんだと面倒を見てくれたレーゼイの旦那のことは憎からず想っている様子だけど、実の甥だしね。


「ま、あんたも大変だったんだね。」

 いつの間にか、泣きつかれてカーコを抱えていた。ぽんぽんと頭を撫でてやる。子供に対してやるように。

 ふと見やると、オンとロイが所在無さ気にこっちを見ているよ。何見てるんだい。しっしと手をやる。

 いや、あん二人との仲があんまりにも不味そうだから、少し取り持ってやろうとしてたんだっけか。ああ、もうそんなんは、もういいよ。


 カーコのために注いだ麦粥を見たらね。未だ、ほとんど減っていないよ。もう大分冷めているだろうよ。あれ、冷めると不味いんだよねぇ…。

弁柄染めは少しくすんだ赤色の染めですが、これの発色の元は酸化鉄です。要は錆びと同じものです。

同時に鉄鉱石と同じ色ということになります。

所謂赤レンガなども同じく酸化鉄を含ませることで色を着けています。

弁柄染めの盛んな地方を見ると、成程日本でも製鉄が盛んだった地方と一致しているようにも見えます。

赤こんにゃくもまた酸化鉄を使っていて、これも製鉄の盛んだった地方と一致度が高いようです。


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