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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(前編)荒天
72/139

―アルミア子爵領、アルム、大通り、メーコ―

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アルミア領アルム、そこの目貫の大通り。幅二尋ほど。兵舎から領館に向かって、川向うには多少は家屋も見える。しかし、兵舎とそのすぐ脇にある士族邸を背にすれば、広がる畑とその向こうに見える常緑樹の森が主だ。未だ何が植えられているわけではないが畝は整いつつある。通りは踏み固められた土の道。小石は丁寧に取り除かれている。轍は浅い。

樫の橋を渡れば、家々も間近に見られて来る。膝丈の石垣、その上に木の枠組みと漆喰、藁ぶきの屋根。土地にあるものと同じ組成の家。そのほとんどすべては平屋。すると、小高い位置にある三階建て石造りの領館は流石領主の居城に相応しいものと思えてくる。左手には広場。公都の中央大広場とは比ぶるべくもない、むしろ表通りほどの幅も無い。しかし、ここアルムとしては年に数度の大賑わい。仕出しの出店の前には人が群がる。

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 オン…さんは相変わらず、ふらふらと重心を定めず、歩く。勿論、この人込みでそんな歩き方をすれば、肩がぶつかったりだとか、人の足を踏んだり蹴ったりする。その度に、「おう、野郎、なんだ、てめぇ」、なんて言って人を居竦ませる。そして、その毎にロイさんが、「まあまあ」などと言って取り繕う。

 どうして。そこまで、そうなれるのか。

 そんな調子で大通りを領館側に歩いていく。


 広場を過ぎ、領館の前まで来る。ここで、領主様が炊き出しを行っている。それをいただくのが、この春祭りの主旨でもある。夕方になれば儀式もあるが、それは私たちにとってはついでのようなものだ。

「おう、兄ぃ。」

 オン…さんは、背の高い衛兵さんに声を掛ける。

「オンか…。それに、ロイもか。」

 その衛兵さんはお二人を見やると、こちらにも目を向けた。

「そちらは?」

 背が高く、筋骨隆々と言った様の、その衛兵さんはぎらりと目を光らせたように見えた。

「おう、兄ぃ、この女は…」

「この御方はレーゼイ殿の叔母上でメーコさんだ…、です。」

 ロイさんはオン…さんを手で抑えつつ、オン…さんよりは、些か丁寧で、でも、少し慣れない敬語、と言った感じで答える。

「今日は、レーゼイの兄…殿の、えーと…」

「…あぁ。メーコさん、すまん。」

 背の高い衛兵さんは密やかに笑う。

「どうにも…、うちのもんが迷惑を掛けている。」

「あ…いえ、」

「俺はモルズだ。レーゼイとは同僚と言うか、俺が歩兵の取りまとめで、レーゼイが騎兵のそれと言ったところだ。武家の出のレーゼイと並び立たせてもらっており身の及ばないところもあるが。まあ…そんなとこの者だ。よろしく頼む。」

 モルズさんは頭を下げる。

「あ、はい。カーコです。よろしくお願いします。」

 こちらも釣られて頭を下げる。

「話はレーゼイから聞いている。今日は、こいつらを相手か。どうにも…無骨と言えば過分に聞こえの良い、むしろ粗暴と言うか…。」

 モルズさんは頭掻き掻き言う。

「何でぇ。モルズ兄ぃ。女がいるってぇからに、今日はいやに饒舌だな。」

「お前は黙っていろ。」

 モルズさんはオン…さんの頭を掴み…そのまま持ち上げる。

「お、おぉ。おおお?」

 オン…さんはモルズさんの手首を掴んでじたばたとする。

 人って、そんな簡単に持ち上がるんだ…。

「まぁ、待てって。モルズ兄ぃ。モルズ兄ぃ。」

 じたばたしつつも、そこまで本気で抵抗しているわけではない。父親に持ち上げられて、はしゃぐ子供でもあるまいに。

「ふふ、ロイも来るか?」

 モルズさんはにやりと笑って言う。

「い、いやぁ、俺は…、ははは」

 ロイさんの苦笑いの反応の方がいい大人として普通に思える。

 モルズさんも…オンさんのように、言い方はどうかと思うが…こう野卑た人なのだろうか。

 私はそう言うやり方はあまり得意ではない。本人たちは楽しそうにしていたりするが…。こういう人達は、そういうのが、苦手な人のことは何一つ考えていないように感じる。

 あぁ…。どうして、安易に案内役など引き受けてしまったのか。

 いや、主家の嫡男たる、レーゼイ様のお達しとあれば…いや、そんなこと以上に、私をあの魔窟から救い出してくれた、レーゼイ様の言うことであれば、私に否はない。

 しかし…。

「すまんな。メーコさん。特に…オンは、特にいかんだろう。」

 高くなって来た日、それで逆光でモルズさんの表情は見えなくなった。

「いえ…その…。」

 確かに、あまり得意な人達ではない。しかし、人を見て、遮るのもどうかと思って俯く。

 いや、俯くのも同じか。

人の目を見て話した方がいい、そう言ったのは…。

「…。あぁ、そうか…。」

 モルズさんは小声で独り言ちる。

「どうにも…俺は上背のせいか、妙に恐れられることも多くてな。人に無駄に見上げされることも多いが…。」

「いえ、そういうわけでは…。」

 そこが問題なわけではないのだが…。

「メーコさん。」

 モルズさんは、オンさんの頭を掴んだまま腰だけ屈む。

「ちょ、兄ぃ、兄ぃ、…。」

 屈んで、私の目線と合わせて、なお、オンさんを持ち上げて余りある。

「ついそれに気付かないこともある。」

 その眼は私の目を見据える。

「だからこそ、真にこちらを見据えられた時、どうしてよいものか…そう思うこともある。」

「は、はぁ…」

 …この人は何が言いたいのか。わからない。わからない。

 わざわざ何なのか。

 ただ、仲間内のやり方で散々やった後、こちらのことも気遣わず、気付きもせず。そうするのではないか。何故、そういう風にわざわざこちらを見るのか。

 どうして、そのままにしておいてくれないのか。

 いつものように、どうしようもなく苦手なそれをやり過ごすだけだったのに。

 ただ、嵐の通り過ぎるのを待っていただけなのに。

 わざわざ、わざわざ。

「こちらから見るのは構わないのにな。」

 そもそも、言っていることも別の意味でわからない。

 こういう人達は自分達の好きなことを適当に大声で喚き言いたくって…それに対することの出来ない人間に喧嘩腰で迫って…。オン…さんみたいに。

 それで…。

「ふむ…随分と…怖がらせてしまったようだ。」

 モルズさんはオンさんを下す。オンさんは「何なんだ…ったくよう」なんて独り言ちている。転びかけるのをロイさんが少し支える。モルズさんは、それを特に見もせず、私を見据えたまま。

「が…、そう怖がるものでもない…と思うのだがな…。」 

 散々、威圧してきただろうに…。何を…。

「まぁ、このくらいにしておこうか。領主の仕出しは未だある。」

 モルズさんは領館の方を親指で示す。

「俺のことは兎も角、オンとロイは…悪い奴ではない…と…思う。今日一日案内をしてくれるのだろう?」

 …思う、って。付き合いも長いだろうに。同じ、公都で育った仲だろうに。

「言いつけですので…。」

 そう返事をすると、モルズさんは困った顔をして。

「そうか…。」

とだけ呟いた。

「知っているだろうが、炊き出しをもう始まっている。お前らも行くと良い。」

 そう言って道を開けるモルズさん。

「おう、兄ぃ。ありがとさん。よっしゃ、たらふく食うか。」

 そんなことを言いながら、オン…さんはまた大仰な歩き方で去っていく。それをロイさんが「おい、待て」なんて言って追い掛ける。

「また…、あんな歩き方をして…。誰かに当たったら…。」

「ん?知らんのか?」

 私は心の中で思ったつもりだけだったのだが、声に出してしまったようだ。

「オンは、秋の戦で怪我をしてな。左足が不自由なんだ。大目に見てやってくれ。」

「え?…あ、はい…すいません。」

 いや…そんな。それに対して私は…。いや、でも…あの態度は…。

「ああ、呼び止めてすまなかったな。まずは…炊き出しを食べに行くと良い。ほら…。」

 急かされて、私は領館へと進むことになった。

 しかし…、いや…、しかし…。

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