―アルミア子爵領、アルム、兵舎の前、ロイ―
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もう灯火も必要ないだろう。空の色合いは群青から黄へ、そして青へ。対して時間は経っていなくとも、天の色合いは目まぐるしく変わる。僅かに残った雪を太陽が照らし始める。気温が徐々に上がり、ふいに気付けば氷柱から水が垂れ始める。二人の男が一人の女を囲んでいる。女は明らかに怯えており、人が見れば不穏なものを感じるだろう。
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オンの野卑た態度にレーゼイ兄貴の叔母君、メーコという人がすくむ。
「止めておけよ。」
オンは…どうも…。男連中で、それも乱暴者の多い兵どもの中では、そこまで気にならない、気にすることもないんだが…。こういうところがある。
兎に角、乱暴なんだな。こうだから、調練の手伝いに来てくれている村娘どもにも評判が悪い。
「あぁ?」
メーコさんの肩に手を掛けたままオンが振り返る。
こう。大体、返事もこうだ。中途半端に公都の育ちってわけじゃないところがいけないんだろう。劣等感とまでは行かないだろうがな。変に、公都の下町訛りがうつっているせいで、言葉遣いも粗暴になる。
「はぁ、話が進まないから、少し黙っていてくれないか。」
俺はぐっと立ち上がる。メーコさんは少し後ずさる。
「メーコさん、すいませんね。」
丁度、頃合いも悪かったな。どうせ、遣わされて来るのは、厄介払いじゃないかだ、なんだと話していたところだからな。オンの印象は最悪だろうが、俺の印象も良くはないだろう。
「こいつも、こんなでしてね。」
俺は頭を掻きながら言う。何故、こういう時、人は頭を掻くのだろうか。取り敢えず、未だ肩を掴んだままのオンの手を除ける。
「は、はぁ…。いえ…、その…。」
メーコさんは身体を縮こまらせている。
オンは仏頂面をしながら、てめぇの無精ひげを扱いている。これは一応は自分が不味いことしたということを自覚している時の仕草だ。ただし、何が悪かったのかまでは理解していない。
「と、取り敢えず、ですね。そうですね。メーコさんは俺らに、この祭りを案内してくれるために来たってぇことでいいですか?」
これが一番に確認しておくべきことだろう。
「は、はい。」
「そうですか。では、今日一日よろしくお願いします。」
取り敢えず、握手を求めて右手を出しておく。そう、俺らに敵意は無い…。敵意は無い…。俺はそういうつもりだったんだが…。メーコさんはおそるおそるという感じで手を出して、辛うじて握手を返してくれた。
「ははは…。」
「おっほう、じゃ…、俺もよろしくな。」
放しかけたメーコさんの手を強引に取る。
「ひっ、あ…、はぁ。」
そのまま、オンの野郎はそのままぶんぶんと手を振りやがる。メーコさんの顔は引き攣るばかりだ。
「ま、俺らを騙してどうなるというものじゃぁねぇしな。今日一日よろしくよ。メーコの叔母御。」
「いやぁ、叔母御はねぇだろうがよ…。俺らと同いぐらいじゃぁねぇか…。」
こらぁ、一日気が参るなぁ…。