―アルム、領館、鍛冶場、レンゾ―
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領主お抱えの鍛冶場と言え、田舎弱小子爵家のこと。火事に用心して炉の周りは石造りとはなっている。が、しかし、ほとんどは木造り。至極質素な鍛冶場である。炉には赤熱した炭と根赤く先青い焔。時に火線が踊り、その先またかつ別れ。それこそ、鍛冶の時を見る沸き花というもの。それを見極むることこそ鍛冶師の腕というもの。
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「おう、邪魔するぜ。」
俺は領館の鍛冶場に来た。ここの貴族領で領府関連の仕事はここでやっているらしい。中では2人で鍛冶をやっていた。一人は40にならないぐらいのおっさんだな。やっとこで鉄を持っている。それを10歳ぐらいのガキが大槌で打っている。
身体が出来てねぇのもあるが、腰が入ってねぇな。
「邪魔するなら、帰ってくりょうし。」
おっさんの方がこちらも見ず言う。その眼は小僧の打つ鉄から離さねぇ。
「言葉のアヤってなもんだろうがよぉ。あぁん?」
いちいち、うるせぇおっさんだ。
「おいガキ、貸せ。」
ガキは戸惑うが、俺は槌を引っ掴む。ちょうど、おっさんは鉄を火に戻した。俺が入って来た時には、もう赤みも見えなくなっていた。あれは火に戻す頃合いだ。
炉は石造りで横吹きだ。木造りの箱鞴で火を整える。おっさんは、ゆっくりと取手を推し引きする。心の臓の拍一つで引き、拍一つで推す。
炭火はぐつぐつ煮え、火を上げている。
「矢じりか、つまらねぇもん打っているな。」
つまらねぇものと言うか、つまらなさそうな面構えってぇ感じだがな。
そこらを見回すと、何本か矢じりが出来ていた。今打っている鉄は未だ塊状だが、折り返しの直後だろう。
「つまらねぇか、どうかは俺の決めることじゃないけ。」
鉄を火に戻すと、徐々に、沸き花が立ち始める。沸き花は鉄が燃え開く花だ。初め線状に散るそれは、徐々にその先で再び幾本もの線状の火花に分かれ、花開くようになる。器用な奴はこれで花火を作っていたな。
「心金は?」
「ここだ。」
おっさんは座ってた椅子の下から木箱を引き出す。
矢じりは、矢じりだけじゃなく、刃物全般そうだが、刃となる部分を作った後に、折り返して芯になる鉄を挟み込む。刃と心金で硬さとしなやかさを変えるためにそうする。
「折り返しは何回やる?」
俺は徐々に立つ沸き花を見ながら聞く。
「もう、一回ってところだら。一回やってその後、芯金入れだな。」
「そうか。」
…ってことは、沸き花はもう少しってことだな。沸き花ってのは、熱だけじゃなく、鉄の硬さの指標だ。沸き花が良く立つ鉄ほど硬く、あんま出ねぇのはしなやかだ。立ち過ぎるのは脆くて、立ちにくいのは軟らか過ぎる。これの見極めが鍛冶師の技ってもんだ。
頃合いか…。俺は槌を振り上げる。
おっさんは、それを見るか、見ないか、鉄を金床に上げる。それを俺が打つ。おっさんは箒で掃く。そして、俺がさらに打つ。打つごとに火が散る。
火のよく散る鉄は固いが脆い、火の散りにくい鉄は軟らかいがしなやかだ。矢じりにするなら、そこまでしなやかにする必要はないだろう。確かに、後折り返しは一回ってところだな。
「そろ…!そろ…!…だな。」
俺は打ちながら頃合いを告げる。
おっさんは無言で鉄を火に戻すと、一瞬俺の方を見た。
「どこ流だ?スルクの方じゃないな。アキルネの方…にしては…」
もう、おっさんの目は炉に向かっている。当たり前だ。ここで炉から目を離すなんてぇなったらド三流ってなもんよ。俺の方見た時点で二流ってぇなもんだがな。
「カカン流ってぇことになっているが、まあ、ドンテン流ってのが実際さ。うちの親方は婿養子になる前は方々で色々やってたみたいだしな。基本のキって奴は皇都だが、王都でやってたこともあるらしいぜ。」
色々喋っちまった。俺も未だ未だってぇなもんだな。ドンテンの親方も言っていた。てめぇの作ったもん以外で語るってのぁ、半端モンってな。
「公都流ってよりかは皇都流っつこんか。しかし、ドンテンか…」
「さぁな。親方は物の作り方は教えてくれたが、どれが元は何流かなんてのは教えちゃあくれなかったしよ。」
また、徐々に沸き花が強くなってくる。
「次は、折り返しだ。一回やって見せてくりょう。」
おっさんは立ち上がって俺に座っていた席を勧めてくる。周りには鍛冶に必要な小道具が一通り石造りの壁に立て掛けられている。左手で箱鞴の掴みを操れるようにそこだけは、物を置いていないが。
「出来るけ?」
「あぁ、問題無ぇ。」
俺は椅子を代わる。椅子はぎぃときしんだ。
しばらく、鞴を吹いているといい案配になってきた。おっさんは一応大槌を持ってはいるが、今回は必要無ぇ。
「よっと、」
鉄を持ち上げて金床に置く。鉄は淵は赤いが中は白く輝いている。すぐにやっとこを置いて、小槌と幅広の平鏨に持ち替える。鏨を短冊状になった鉄の中心を切る位置に構え、小槌で小刻みに叩いてやる。溝が浅いうちは、滑って思わぬ位置に行くから、まず小刻みにあまり力を加えずやるんだ。
鏨の位置を変えずに小刻みな叩きから、少しずつ大振りに、力を込めて鏨叩き込む。その間に鉄は淵から徐々に黒に、中も白から赤く、そして赤黒く変わっていく。
ほぼ赤が見えなくなってから、3往復、頃合いだ。俺は、2回鞴の取手を往復させた後、鉄を火に戻す。
戻した鉄に炭を掛けてやってから、鞴を吹いていく。一度燃え上がり、徐々に青みを帯びた火も見えて来る。炭の中で鉄を焼く時は、火の色と沸き花だけが頼りだ。それらを見ながら、鞴を繰る。
そろそろだな。
俺はやっとこで、鉄を引き出すと、さっき入れた溝を金床の端に合わせて、小槌で叩く。直角まで曲がったら、ひっくり返して、手繰り寄せるように曲げていく。
「おっさん、」
「わぁってる。」
言うや否やおっさんは大槌を打ち付ける。槌が打ち付けられる度に沸き花が散る。二枚の板だった鉄は徐々に一体となっていく。この張り合わせは中途半端なところで火に戻すわけにはいかねぇ。
「返すぞ。」
「おう。」
鉄を裏返して打つ面を変える。打っては返し、また打っては返す。徐々に鉄はまた黒くなっていく。
「頃合いだ。」
俺がそういうと、おっさんは短く答えた。
「おう。」
「後は、どうする?最後まで俺がやるか?」
「出来るか?」
「あたぼうよ。」
「そうか。なら頼む。こいつに大槌も教えなきゃならんしな。」
「ここはてめぇらしかいねぇのか?」
「そうだ。」
なるほどな。普通は親方や兄弟子がやっているところを見て覚えるもんだが、二人しかいねぇんじゃ、それも難しいな。
徐々に日も傾いてきた。窓から差す光が赤い。
折り返した後薄くした鉄は、既に全部矢じりの大きさに切り終わった。後は心金を挟み込むだけだ。とは言っても、本数が20ちょい。これは、日が落ちるまでには終わらねぇな。
「どうする?急ぎの仕事じゃないけ。明日でも。」
おっさんは窓から日を見ながら言う。
「まあ、待て。おっさん、折角だ。一本だけでも打たせてくれ。それで、酒が飲めるってもんだろ?えぇ?」
何より、出来たモンってのが鍛冶師の会話ってなぁもんだろがよ。
「そうだな…。マーテン、松明を持って来い。」
おっさんは表情を変えずに言う。声音は平たい。
「あぁ。」
ガキは良くわからないと言った顔で出ていく。おっさん笑ってる場合じゃあねぇぞ。徒弟がそれじゃあな。てめぇ、ここを仕切ってるってぇな。あぁん?わかるだろ?
俺はまず心金を火に焚べる。薄くなると熱が回るのが早い。だから、厚い心金が先だ。心金を焚べたら、鞴をゆっくりと吹いていく。
しばらくすると、徐々に心金が赤みを帯びていく。俺は切っ先となる鉄を一枚焚べる。こっちは上から炭を被せておく。薄い鉄は熱を持つのが早い。火から下す時宜も繊細だ。だから、ここで炉から目を離すわけにはいかねぇ。
必要な鏨も小槌も手許にある。水は足元だ。やっとこを片手に持ちながら力を抜いて待つ。
未だだ。未だだ。未だ、花が十分じゃねぇ。鞴を一往復だけさせる。
花が徐々に立ち始める。俺はもう一枚の切っ先を焚べる。
仕上げ一番で素人は力が入り過ぎる。特に時宜の難しい薄い刃金を焚べている時は眼に力が入り過ぎる。だから、脱力だ。音にも意を注げ。花の散り方だけじゃねぇ。そん時のぱちぱちとはじける音も聞け。
…今だ。
俺はやっとこで刃金を掴み上げて金床に置く。鏨を軽く当てて、中に直線に広鏨で一打ち。すぐに心金を引き上げて、心金の上から押し当てるように、小槌で打ち付ける。小刻みに、形を作りながら、精確に。ある程度馴染んだら、炉に戻す。鞴を一吹き。もう一枚の刃金を掴み上げて、同じように中に広鏨で一打ち。また、すぐにさっき打った片側に刃金の付いた心金を取り出して押し当て、中に一打ち。そこから、中から外へ、左右に振りながら強く一打ち、二打ち…。返して、また中から押し広げるように一打ち、二打ち。付け根を持って先から水へ入れる。じゅっと音が鳴る。すぐに水を拭って、炉に焚べる。先だけ、刃金だけ、炭を被せる。
鞴を吹く。一吹き、二吹き…。本当なら、ここで次の心金も焚べるところだろうが、今日はこれで仕舞いだ。じっくりと待つだけにする。
いつの間にか、外は暗くなっていた。ガキが持ってきただろう松明で周囲は照らされている。炉の中に火の入っていない炭を空の炭置き場に移していく。まず、手を翳して、その後手に持って、火が確実に入っていないことを確かめつつ。
半分ぐらい炭を退かしたら、丁度いい案配になったみたいだ。心金の根本ぐらいまで赤くなった。
取り出して、まず、中に一打ち。小刻みに外に向かって槌を打っていく。
水に入れる。じゅっと音が鳴る。水を拭う。炉に入れる。炭を被せる。待つ、待つ…。
水に入れる。じゅっと音が鳴る。水を拭う。炉に入れる。炭を被せる。待つ、待つ…。
水に入れる。じゅっと音が鳴る。水を拭う。炉に入れる。炭を被せる。待つ、待つ…。
水に入れる。
じゅぅーっと音が鳴る。今度は、長めだ。
十分に冷めた鉄を眺める。形はどうだ?
触ってみる。揺らぎが無いか?
軽く研いでみる。刃紋はどうだ?
「おっさん。皇都だな。」
刃紋は折り返しをどうするかで決まる部分が多いってんだ。この緩やかな刃紋は皇都で多いって聞いたな。
「あぁ、ドンテンとは、あんたの親方とは、はとこだよ。」
「そうかい。」
俺はうっすら現れた刃紋を松明に翳して見る。
「おっさん、てめぇ…得意は飾りか。」
「あぁ、そうだ。俺ぁ飾り細工が…いや、まあ今は色々だ。」
ぶっきらぼうに言う。
「そうだろうな。」
痛いところを突かれたってぇとこだな。おっさんの専門は飾り細工だな。貴族の邸や神殿なんざにある柵や窓格子の飾りだ。間違っても、こんなちゃちな武具じゃねぇよ。だが…てめぇの磨いた技術を使えねぇと言うのもな。
「で?それで、これでどうよ。」
俺はおっさんに俺の打った矢じりを渡す。
おっさんは矯めつ眇めつ矢じりを見る。見る。軽く、叩いて音を聞く。未だ、研ぐ前だから、黒鉄に覆われているからよ。音ってのはいいな。見てわからねぇなら、聞いてみればいい。
「艶はあるがぁなぁ…どうにも色気が無いけぇなぁ。」
「矢じりに色気があるってか。あぁ?」
「そういう矢じりもあるけ。それを作らせてもらえるかは…違う話っつこんだがな。」
それも、そうか。お抱えったって難しいもんだな。
「…そうだな。でも、そうだな。こいつらから、そういうの作ることは出来っか?」
俺はさっきまで折り返していた刃金と、おっさんが作り置いていた心金を示す。
「心金は使えるがな。刃金はぁ、そうだな。打ち直した方がいいが、出来ないことはないずら。」
おっさんは宙を睨めつけながら言う。手順を勘案してんだろうな。
「一本でいい。打ち直したら、どんくらいかかる?」
「打ち直して、心金に拵えて一日ずら。」
「磨きは?細工なら自分でやるんだろ?」
工房の戸棚を開けると、使われていないが、手入れの行き届いた鏨が無数にある。
「加えて半日ずら。ほんなこと聞いてどうするずら?あんたも知っているだろうに。」
床にある壺には粒の揃った砂が、粘土が蓄えられている。矢じりの磨きにこの種類は要らねぇよ。
自然と口角が上がる。
「俺は、おっさんが、どうだって聞いているんだよ。腕が鈍っちまっていないかってな。えぇ?」
おっさんの方を見やる。
「あん?」
「へっへっへ。おう、そうだろうよ。鈍っちゃぁいないんだろ?」
「当たり前ずら。」
おっさんは憮然として答える。
「よし、決めた。おっさん、明日明後日はおっさんの細工の矢じりだ。」
「あんたが決めることじゃないけ。これぁ、領主様んの…」
おっさんがガタガタ抜かそうとするから、俺は遮る。
「領主様んにゃあ俺が話を着ける。何、あれだ。新しい領主様の御到着だ。何かしら、縁起物でも献上奉るってぇのが礼儀ってもんだろうがよ。えぇ?」
「兄さん、あんたぁ、そう言えば、何者ずら。」
「そういうのはいいじゃぁねぇか。酒でも飲みながらにしようぜ。」
「…ふん。…マーテン、一っ走り行って、客人が来るってマーレ伝えくりょ。」
ガキは頷くと松明を一つ持って小走りで駆けていこうとする。
「待て。あと…そうだな。兄さん、おまん何ぃ作る?」
「俺か、俺は、蝶番とか鋏とかよ。道具小物だな。大工道具なんざが多いな。」
「そうか…。マーテン、カズの野郎も呼んで置いてくれ。」
「悪ぃな。俺も何か持っていかぁな。」
「兄さん、宿は?」
「今日はここの領館ってのに泊まらせてもらえるみたいだがよ。領館ってぇのはどこでぇ?おっさん知っているか?」
「…新しいご領主様んの連れかぁなんかかぁ…。」
おっさんは頭を掻きながら言う。
「飯に呼んでくれるってんなら、連れ合い呼んで来るからよ。おっさんは、飾り鏃の造りでも考えておいてくれ。」
「…あぁ。」
鍛冶場を出ると外はもう暗かった。灯火が焚かれているので歩くのには問題は無ぇ。
(確か…あの土留めの上の館に入っていったな。)
ぱちぱちと言う灯火の音を聞きながら俺は館に向かって登って行った。
ようやっと鍛冶の話が始まります。用語は基本的にたたらがベースです。
沸き花というのは精錬や鍛冶場で舞っている火花のことです。
これは鉄中の炭素量が多いほど多く舞います。鉄中の炭素の量は鉄の硬さに直結するので沸き花の量、舞い方というのは出来上がる鉄の硬さの基準となるわけです。
これは洋の東西問わず鍛冶師が指標として使ってきたものであるとのこと。
似たような鉄の硬さの判定法は現在でも使われており火花試験という名前のJIS規格があります。