―アルム近郊、精錬場、フブ―
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もう雪の被っていないのが、炉のある建屋。鍛冶小屋に煉瓦小屋、硝子小屋。未だ雪が被っているのが、それ以外だ。土を被せて断熱を図るのがここの家の造り。雪が被ってわかりにくかったものが徐々にわかりやすくなって来ている。ちょろちょろと流れる水。雪融けで小さい川が遠近に出来ている。農夫らが畑仕事に戻って、今は随分と人が少ない。
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「なんでぇ。フブの爺ぃか。何しにきやがったってんだ。」
ここ、アルム近郊の精錬場の掘っ建て小屋で湯をもらいながら待っていると、レンゾがやって来た。
戸口に立っているレンゾの表情は逆光で見えづらい。が、レンゾの奴は思ったより、こちらのしでかしたことに関して興味を失っているようだ。先日の憤怒の相も見る影もない。むしろ、ややしょぼくれている。
「しょぼくれた顔だな。何かあったか。」
まさか、鉱石が手に入らなくなるかもしれないことが気になって、ってぇ玉でもあるまい。
「いやぁ、嬶がよ。悪阻がひどくてよ。機嫌が悪いのなんのって。」
そんな事情だったか。そう言えば、ここに来る時に一緒になった女がいると言っていたな。
悪阻か。俺の妻にもあったのだろうか。俺は仕事でほとんど家におらなんだから良く知らない。俺の仕事は歩き回ることだからな。下女を雇って家に送っておいて、それきりだ。元々、互いにその辺りを割り切っていたと思う。今でも、家に帰るのは年に一度と言ったところだ。
「全く、親方がよ。そうしゃんとしない有様でいいんか。」
「おめぇに言われたくねぇよ。てめぇこそ自分の仕事しゃんとしたらよ。こっちもよ。いらんことで頭悩まされねぇで済んだんだ。」
それを言われると何も返せねぇな。
レンゾはそんなことを言いながら、奥の方に歩いていく。レンゾはゲッセイの方を一回見やった。ゲッセイは背筋を伸ばす。別に、見やっただけなんだがな。前にもいた顔か、確認しただけだろう。
「そんことだ。てめぇに提案があって、俺らは来たんだよ。」
「なんでぇ?また、ふかしたら、タダじゃおかねぇぞ。」
卓の向かいの椅子にレンゾはどっかりと腰を下ろす。椅子がきしむ。
「俺は山師だ。知っているな。」
「おう、嘘吐き山師だな。」
レンゾが悪態を吐く。ただ、表情に険は無い。元々、口の悪いやつだ。
「そう言うな。話が進まねぇだろうが。水に流せとは言わねぇがよ。」
俺は少し乗り出しながら言う。
「ったく、仕方ねぇな。そんなら、てめぇ、回りくどい言い方すんじゃねぇよ。俺も暇じゃぁねぇんだよ。」
一人女が入って来た。ここの下働きの女だろうか。レンゾの分の湯を持って来た。
「おう、ネメ。すまねぇな。」
俺らに湯を持ってきたのと同じ娘だ。ネメという名か。
「そうだな。じゃあ、結論から言うぞ。レンゾ、てめぇ山ぁ持ちたくねぇか。」
少しが間が入ってしまったが、俺は言い直す。
「山だぁ?てめぇの言う、その山ってぇのは鉱山ってぇことか。」
レンゾは訝し気だ。
「そうだ。ここ、アルミア子爵領に山を開く。したら、てめぇが石に困ることはねぇ。」
「そうだけどよ。」
「こっちも法螺吹いちまったんだ。一個目の抗が上手く行くまでに関しちゃあ、こっちで半分は金を出す。二個目以降が欲しくなったら、俺らを雇え。」
「…まあ、悪くない話ではあるな。掘るところの目星はついているのか。」
「当たり前だ。そのために、この4日ほど領内を歩き回っていた。」
「そうか…そうだな…」
レンゾは少し考え込む。
「こっちからも、人を出す。そいつらにも山のことを教えろ。別に全部ってわけじゃぁねぇ。てめぇの抗掘りに付き合せろ。」
「見張りってぇか。信用がねぇな。」
「てめぇに信用があるかってったら、めでてぇ頭してんな。えぇ?」
「ははは、違ぇねぇな。」
「まあ、見張りだけじゃあねぇよ。こっちだって、そこのんと同じく若ぇ奴らを鍛える必要があんだよ。石の見極め出来る奴が欲しいからな。そんなら、抗掘りやらせてみても、いいだろうがよ。」
「俺から見たら、てめぇも若いもんだがよ。ここのゲッセイだって、てめぇより歳は上だ。実際どうかは知らんが、てめぇがドンテンの野郎のとこに丁稚であがった頃にゃあよ。既に、2、3人鍛えてたぜ。」
「知らねぇよ。俺だって、好きでそうなったんじゃあねぇしよ。」
「おい。あんた、ゲッセイって言ったな。この後、鍛冶場を案内させる。鍛冶師が石見るのが肝になるってんなら、山師が鍛冶見るのも同じだろうがよ。」
「うす、親方。」
おいおい、てめぇ、ゲッセイ、未だてめぇの親方はこいつじゃあねぇよ。
「フブ、てめぇは領館だ。」
「あんだって?」
「てめぇ、山掘るのは領主様んの許しがいるってぇよ。そんくらい、俺でも知ってらぁな。今から、行くぞ。あこには地図もあらぁかんな。」
レンゾは立ち上がる。なるほど、やるとなったら早い男だ。