―アルミア子爵領、アルム、領館、アイシャ―
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どん詰まりの領地とは言え、領館ともなれば客間ぐらいはある。交通の便も悪いところ。しかも、宿屋などもない。滅多には無いが、他領からの使者でも来れば、泊める場所ぐらい用意しておかねばならぬ。とは言え、精々の黒ずんだ真鍮細工が飾ってある程度。寝具も藁束を布で覆ったに過ぎない。
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わざわざ大仰に領館の客室に寝かされちまったよ。確かに具合は悪いしね。もう少ししたら、様子を見て家に戻してくれるってぇね。それも大仰じゃあないのかね。
あたしが子を身籠ったってなってから3日たったね。レンゾの奴に言った時はまた傑作だったね。奴さん柄にもなく、あちらへうろうろ、こちらへうろうろ。全く落ち着きが無いってぇもんだね。旦那のあんたはこういう時はぁどっしりしとかないと。
翌朝は一行に仕事に行こうとしないから、蹴ってやろうかと思ったけどね。あまり、無理な運動はするなって言われたからね。ひっぱたいてやったよ。そしたら、まあ、しょんぼりしてすごすご稼ぎに行ったよ。何だかいつもとそんなに変わらないのに悪いことした気分だねぇ。
まあ、それはいいさ。長い付き合いだしね。わかってもらえるとあたしも信じているさ。
それよりもね。あたしもね。いよいよ生まれるってぇなるまでは働こうと思ったんだがね。どうにもね。調子が悪い。正直最初の、ナナイが来た時の、嘔吐きが来るまでは何とも無かったんだけどね。嘔吐きだけじゃなくてね、頭痛なんかもあってね。どうにもこうにも仕事にならなくてね。
何か食べた後はね。必ず来るんだ。うっ、てね。戻しちまったこともあったよ。お天道様の恵みを戻すってあっちゃあ申し訳ないからね。何とか飲み込もうとしたけどね。無駄だったのさ。ミネに薬をもらおうと思ったけどね。ミネも妊婦に薬はお腹の子に障ることがあるってね。
後はもう四六時中頭が痛いのさ。こうガンガンってね。
そしたらね。同僚のカーシャがね。休んでおけって。カーシャは9人産んだ猛者さね。田舎は多産だって言うけど、9人は中々いないね。一番下の子も手の掛からない歳になったてんで、領館の手伝いに来ていたのさ。「こういうのは先達の言うことを聞いておくもんですけぇ」だって、言ってね。そんで、少し休ませてもらうことになったのさ。カーシャが言うには半年しないうちに納まるらしいよ。その頃には流産の可能性も少なくなっているから、それまでは出来るだけ安静にしときなってね。
そんでね。休んでたらね。ご丁寧に、てめぇの娘までよこして来やがったよ。一番上の娘だったら、もういい歳だってね。
「アイシャ様、お世話をさせていただきますアーシャですけ…です。よろしくお願いします。」
カーシャが言うにはね。妊婦の世話したってのは嫁に行かす時、利点に挙げることが出来るらしいよぉ。実際、自分が産む時どうなるかっての知っているってのは強みだってね。それはそうだろうね。あたしも、面倒臭がらず、身籠っちまった姐さんの世話とか少しはしに行けば良かったって、今更後悔しているね。
まあ、そんな案配でね。家格の高い家なんかに顔接ぎに娘を送り出すんだってカーシャは言ったよ。
いや、そこは勘弁して欲しいねぇ。あたしは別に家格は高くないんだがね。どうにもね。しがない下町の給仕だった女だよ。旦那だって野暮なぁ鍛冶師さね。ちっと、縁合ってご領主様に目ぇかけてもらってはいるがね。二人ともケチな身分さね。
「アーシャね。あたしと似た名前だね。いい名前だね。似た名前だねってぇ言った後に言うのもなんだけどね。あたしのことは気軽にアイシャとでもアイシャ姉ぇとでもお呼び。様なんてぇ、付けられたらね。鳥肌もんだってぇね。」
そうは言うけどね。あたしも寝床に伏したままだからね。恰好つかないねぇ。本当に。
「いえ、その…では、アイシャ姉様と…。」
結局様は取れなかったね。まあ、段々でいいさね。
そう言おうと思ったんだけどね。また、吐き気が…
「うぷっ、うえぇ、がっ…」
アーシャがたらいを出してくれるよ。気の利く娘だねぇ。あんたが、嫁に行く時は、あたしが太鼓判押して…
あぁ、ダメだねぇ。うぷっ…
本当にこれは悪阻ってぇ奴なんだろうね。実は何か悪い病気って奴なんじゃないだろうねぇ…。
こうやって、ねぇ。レンゾの野郎と一緒になってねぇ、セブ兄ぃに付いて来て、こんなとこまで来てねぇ。あたしは本当に大丈夫なんだろうかねぇ。あん人、男ヤモメにするんは少し可哀そうだと…
うっぷ…




