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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(前編)荒天
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―アルムから西へ歩く、フブ―

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泥濘む道は車の轍を深くする。表裏一体、つまり同時に車は泥にまみれていく。石を踏むと、がっと車が揺れる。そうでなくても、古びた荷車はがたがたとうるさい。白髪頭の痩せた老爺が先導し、2,3人の男が付きそう。荷車にはごろごろとした鉄がまばらに転がっている。車の揺れるたびにあっちへこっちへ、ごっこごっこと音を立て歪な鉄が転がる。

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「親父ぃ、あれで良かったんですかい?」

 ゲッセイが俺に何か言う。

 ゲッセイは、言ったら、俺に残された子飼いの中でも、年期の長い奴だ。奴を人買いから、買った時、奴は九つだったか、十だったか。とうに年期は過ぎているが、行くアテもねぇってんで、結局うちで働いている。

鉱山で働いている奴はそんなのも多い。大体は、元は貧乏農家の倅どもだ。何の技も持たねぇ、奴らは年期が経ったからって、元手も無しに、元手があっても、ぽいと放り出されて、何が出来るわけじゃねぇ。結局、どっかでまた借金こさえて鉱山に戻ってきたなんて話も聞く。


俺はレンゾとの約束を違えた。奴があそこまでの鉄を、あの鉱石から造るとはな。

レンゾの奴は逆上しかけたが、何やら小っちゃい姉ちゃんに「ドンテンの親方さんが石から読み取れねぇ、お前が悪い、って言ってましたよ」と言われて引き下がった。

…どうにも、あれからツキが無ぇな。

俺は山師だった。いや、今でも山師だがな。要は生業としては、鉱山となりそうな場所を見つけて、鉱山を開くのに必要なものを手配して、そんで採れた石を売るのが仕事だ。

山師って仕事は、博打で、当たったらそれ以上働かず一生食えて、当たらなかったら野垂れ死ぬ、そんな仕事だと思われているが、実際のところはそうじゃねぇ。山師の親方のところで十年もやらぁ、大当たりは難しいにしても、小当たりは見つかるようになるもんだ。それは、鉱脈探すにしたって、何も無いところから探すなんてことは、まずしねぇからな。大体、元々鉱石の採れているところの近くで探す。鉱石が採れるところってのは大体近場に斑にあるからな。新しい斑点を探すだけだ。

良い場所を見付けたら、そこを治める貴族様か、近場の大商人に話を持ち掛ける。そんで出資してもらうってぇわけだ。当然、出資してもらったんだから、上納金が出るってもんだ。だから、俺らの儲けってのは、そんな多くはねぇさな。


「親父ぃ、聞いているか。俺はな、思うんだ。なぁ?」

俺が黙っていると、ゲッセイが続ける。

「俺はな、あんたん元で、何個か、抗開いてきた。もう、この生業も何年経ったかなんて数えちゃいねぇがな。」

…何年経ったかは覚えてねぇが、開いた抗はぁ…四つだな…。多分。大体、そんなもんだろう。

「俺はよ、思うんだ。あんた、確かにやべぇのに手ぇ出しちまってよ。こんなんなっちまったけどよ。今、俺らがやってる抗もよ、もうじきダメだろうしよ…」

「何が言いてぇ?」

「あそこの貴族様なら、金出してくれんじゃねぇか。もう一つぐらい抗をよぁ開く金をよ。あの精錬小屋は急拵えにしちゃあ出来てた。あそこの親方も若いがヤリ手ってなもんだろうがよ。あれは、それなりに金と人使わねぇと出来ねぇ。」

 確かにな。あそこまでやるとは思わなんだ。俺の要求もあそこまで、結局やらなんだら出来ねぇことだとは思ったから、出来もしねぇ約束をしたとこはある。

「つまり、アルミア子爵様に金もらって抗を開くということか。あそこには今抗は一つもねぇ。山開くことになるぞ。」

抗ってのは、採鉱するための穴だ。一つの鉱山にいくつもある。抗を開くってなっても、近場に大体必要なもの、鉱石や飯を運ぶ道だとか、鉱山で使う道具の類を扱う鍛冶屋だとか、鉱夫の遊び場だとかってのは揃っている。だが、山開くってなると、そんなんも用意しなきゃあなんてねぇ。

「そういうことだな。いいじゃあねぇかよ。親父の人生最期の華ってな。それによぉ、あの精錬の技ぁなんざ見ちゃあ、もったいねぇぜ。ありゃあ、多分近くに山ぁあれば、もっとイイモン出来んだろ。」

仕方のねぇ奴だな。確かにな。それも悪くない。

「戻るぞ。」

俺はゲッセイに言う。

「ははっ流石親父だ。」

ゲッセイは笑って答える。

「てめぇらは先に戻っておけ。話すんだけだ。俺と親父がいればいい。」

ゲッセイが部下どもに指示を出す。


 俺はまず北に足を向ける。

「親父、そっちはアルムじゃねぇぜ。耄碌したか。」

「阿保が。どこ掘ったらいいかぐれぇ言えねぇと話にならんだろうが。」

ここで、どこで掘れそうかは、何年も石売りに来て土地を見ているから、大体把握している。だが、細かいとこは見ていねぇ。やるからには、良いもんを造りてぇ。

「アルミアで山ぁ開くったら、スルキアで開くんとわけが違うぞ。横槍が何かしら入ってくるだろ。」

歩きながら、ゲッセイに言う。

「そうだろうな。まあ、そういうのは親父の仕事だろ。」

「てめぇもやるんだよ。俺も歳だ。もう、そうそう、こういうことも無ぇだろ。ついでだ。てめぇにそこんとこも叩き込んでやる。」

俺は笑み浮かべながら、ゲッセイに言う。

 ゲッセイは「げぇ」なんて嫌そうなことを言いながらも着いて来た。

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