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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(前編)荒天
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―領都アルム、領館、タッソ―

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春未だ浅き。暖取るに越したことはない。部屋の中央にある囲炉裏は時にぱちと音を立て。石造りの、その前に両名、タッソ、ズブ、寄る。両人かじかむ手を熱するに余念はない。時に火に翳し表裏。かつまた両手を揉み擦る。ここは一応はアルム領館の応接室である。南向きの窓もある。曇天ではあるものの暗くはない。二人はしばし黙して手を擦っていたが、ズブが徐に顔を上げる。

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「それでよ、タッソ兄ぃ、聞いておくれよ。」

 今は、アイシャは医者のサレが診てくれている。ナナイさんとササンはアイシャに付き添った。多分、女性だけの方が良いだろうし。ここにいるのは私とコーセン、ズブだけだ。

 アイシャに対して今何が出来るわけでもない私は、ズブにここに来たわけを聞いた。ズブやササンが昼間に領館まで来ることは珍しい。大体は何か用事や報告があっても、朝精錬場に向かう前か、少し早めに帰ってきて夕方となる。

「それで、何か問題が起きたんですか?」

「まあ、発端はよ。鉄鉱石、いい鉄鉱石が結局手に入らなくなっちまってよ。」

 ズブは頭を掻きながら言う。確か、冬前に鉱石売りから良い鉄が出来たら、良い鉱石を売ってやるという約束だったはず。

「どういうことですか?鉱石売りの求める水準のものが出来ませんでしたか。」

「あいや、そういうことじゃねぇんだよ。鉱石売りのよ、フブの爺ぃがよ。良い鉄鉱石は用意できねぇとよ。奴さん、前は鉱山何個か股にかけてみたいだが、今はあの屑鉱石しか取れない抗しか持ってないんだとよ。」

「それじゃあ、精錬への投資は失敗ってわけですか。」

 うーん。それなりにお金をつぎ込んだんですが、まあ投資は失敗することもありますからね。

「いやあ、そんでもねぇよ。何せ俺らあの屑鉱石から、フブの爺ぃが絶句するような鉄こさえてやったんだからよ。まあ、今まで通りの屑鉱石でも手に入れば商売にはなるだろうよ。まあ、そこにも問題があるんだがよ。」

「そうか。それで、レンゾは?」

「そこなんだよなぁ。こうなったら、意地でもいい鉱石を手に入れるってな。タッソ兄ぃに相談しに来たってぇわけだよ。」

 また、セベル様のいない時に問題が起きたわけだ。

 今、セベル様は正式な叙爵を受けるために皇都に向かっている。ナナイさんはセベル様に会いに来たみたいだけど行き違いだったな。

 本当はもう少し早く行くべきだったわけだが、盗賊討伐や雪があったから仕方が無かった。それでも、長く正式に叙爵を受けないわけには行かない。だから、雪が融け、道が通じるや否やで皇都に向かったわけだ。供回りは護衛率いるモルズに加え、典礼様式なんかに詳しいイマ。周りの世話も必要だから、セベル様付きの執事のトレイと女中のコマ。公都組では女中見習いだったカーレも一緒に行っている。本当は私も付いて行きたかったところだが、春は何かと業務が多い。だから、代わりに皇都も知っているゼンゴを付けたわけだ。

「精錬した鉄の上がりはあるだろ?それで何とかならないのか?」

「ああ、それも問題でな。まず、これがフブの爺ぃ伝手で売ろうってのが中々厳しいんだよ。」

「どういうことですか。」

「フブの爺ぃはよ。詳しくは聞けなかったがよ。何ぞやらかしがあったらしくてよ。そんでな。屑しか残っていないような抗一つの残してほとんど失っちまったわけだ。」

「それは、災難だった、というわけですね。で…つまり…販路も失った、というわけですか。」

「そういうこってな。そんでよぉ…何にせよな。伝手がねぇんだよな。屑鉄ならフブの爺ぃにも売れるがよ。ある程度質がいいと中々な。屑鉄と同じ値では売れるかもしんねぇけどよ。」

フブさんは儲けの少ない粗悪品だけ手許に残ったってわけか。やらかし、ってのが何かはわからないが、持っていたものほとんど持っていかれたんだろうな。

「公都では捌けないか?」

「まあ、鉄は取り敢えず公都に卸してもいいがよ。あんまり、沢山ってのものな。運ぶ手段がねぇし、運ぶ手間暇考えると割に合うかってぇとな。まあ、そういう計算は俺はあんま得意じゃねぇけどよ。」

「うーん。そうですか。ササンさんから前に聞いた予想価格を考えると、儲けは出ないことは無いでしょうが、かなり歩留まりが悪いですね。」

「そうなるよなぁ。」

 鉄を売るってなると、鍛冶師か。うちの領にも鍛冶師はいないわけではないが、そもそも、生産量がうちの領で消費しきるかって量ではない。

「それより、何より鉱石だな。フブの爺ぃの鉱抗もよ。空っけつ寸前みたいだからよ。持って五年、悪けりゃ一年って具合らしいからよ。鉱石の供給元も用意しておきてぇ。鉱石は、鉄の3倍は必要だからよ。これは中々遠くから運ぶってわけにはいかねぇって。俺らはよぉ、公都周辺には伝手はあるがよ。どうにも、この辺には伝手は無くてよ。」

 とは言えな。私も別に商売をしていたわけじゃない。仕事も渉外より内務が多い。領内ならともかく、領外にはほとんど知り合いはいない。皇都まで行けば、学友もいるが公都より遠いしな。

「コーセン、あなたは行商をやっていたんですよね。何か伝手は無いですか?」

 コーセンは最近アルミア子爵家に仕えた者だ。元は行商をしていた。丁度、ザス会戦でカイベル様が亡くなり、同時に多くの者が死んだ、その直ぐ後だ。人員が不足していた時期だった。それで、元々領内の調達業務を担っていたハージンが旧知だったコーセンを誘ったのだ。親御さんの調子が悪いってことで、腰を落ち着けた仕事に着きたいと言っていたらしい。

 コーセンは髭をいじりながら少し考えて、言う。

「ふむ。あしも鉱石にはあまりアテはありゃせんね。鉄はもし農具なんかに加工できんなら、ある程度は捌けるとは思んますが。」

 そう言えばコーセンは農民相手の行商だったか。

「農具はよぉ。今レンゾ兄ぃが凝っているからよ。そうは難しくはねぇよ。人手がいねぇから、少し時間がかかるかもしれないがな。」

 農具か、農具ならいくらでも買い手はいるか。何しろ、どこも領民の8割は農家だからな。

「農具はどの程度の質のものが出来そうですか。質次第では、うちの領民を優先してくださいよ。」

 私は釘を刺しておく。

「それは、そうだな。言われるまで気付かなかったな。まあ、領内ぐらいなら、俺らで売り歩いてもいいけどよ。そんでも手間だなぁ。領内を回っている行商みたいのはいねぇのかい?」

「少なくとも、うちの領内だと、どこも作っているものも、取れるものも一緒ですからね。基本的に領外から来る人たちだけですよ。そう言えば、先ほど来られたナナイさんなんか適任なんじゃないですか。行商人だって名乗ってましたけど。」

「そうかぁ、ナナイ姉ぇかぁ…。まあ、そうだね。それでいいかもしんねぇな。」

ズブはあまり気が進まないみたいだが、問題のうち一つはこれで解決か。抜本的とは言わないだろうけど。


「後は、鉱石の問題ですね。こればっかりは難しいですね。少し策があるか探させてください。長ければ5年あるんですよね?レンゾは短気だから、直ぐに探せと言っているようですが。」

「んまぁ、そうだなぁ。流石にそんな伝手ホイホイ見つかりっこねぇわな。どうれ、アイシャ姉ぇに一回宥めてもらおうか。」

「そうだ。アイシャの診察は終わったのでしょうか。私の見立てでは、おそらく、何事も無いでしょうが…」

そろそろ、終わる頃だろうか。男がいたらしにくい話もあるだろうから、もう少し待つのが良いだろう。これで、レンゾの機嫌も直れば良いが。

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