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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(前編)荒天
61/139

―アルミア子爵領、領都アルム、領館前、タッソ―

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領館が備える防備は腰丈の空壕、それの両側にある格子状の木柵。それだけである。なるほど、栄えた村であれば、この程度備えている。領館へ向かうには橋を渡る必要もない。幅二尋ほど、壕が掘られていないだけである。壕は良く矩られているわけではなく、二頭立ての馬車が通るには些か心許ない程度には風雨に削られている。一応は…衛兵を立てている。が…賓客に対する儀仗兵の役割を果たすが精々。いや、それすらも儘ならない者を付けざるを得ない。それがアルミア領の現状。

その任、その責、つい背負わせてしまうことに、忸怩たる思いのタッソ・ファランである。

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「あぁ、タッソ様ぁ、こん娘んがな、なんちゃら、セブて言う旦那さぁの許へな、行くってんでねぇ。ほんでなぁ、ほんで…あんたぁ、何だたったっけぇ?」

 ザメンが要領の得ない説明をする。前に立つのは、都会風の娘さんだ。ザメンの説明は要領を得ないが特に緊急の用事では無さそうだ。

「よぉく聞いてくれたねぇ?えぇ?私はナナイ!しがない行商人!その真の姿は愛の狩人さね!」

 あぁ、変な人だ。

 そうだな。こういう人は担当の人がいるな。

「コーセン、アイシャを呼んできてくれますか?多分セベル様絡みです。公都訛りが入っています。」

「了解しました。」

 コーセンが領都の本館に駆けて行く。コーセンは、今出ている元々の秘書役のゼンゴの代わりだ。

アイシャが来るまで、この人を引き付けておかないと。多分、変なこと言うと明後日の方向に走り始めてしまう類の人だろうから。

 愛の狩人って何だ?


「おーい、タッソ兄ぃじゃねぇかぁ。」

 コーセンが去るとすぐに気の抜けた声が聞こえた。ズブだ。彼でもいいか、おそらく顔見知りだろう。

「あぁ、ズブ、こちらのお嬢さんはお知り合いですか?」

「ズブぅ?」

 愛の狩人こと、ナナイさんはズブの方を見やる。顰め面で。

「げぇ、ナナイ姉ぇ。」

「何で、ここに来て最初に見る顔が、あんたなんさぁ。えぇ?」

 ズブはナナイさんに襟口を掴まれ揺さぶられている。

「私はねぇ、セブ兄ぃにね。会いにぃ、来たんだよ?何でぇ、最初に会うのがズブなんだい?さっきも名前間違われてたんだよ?ややこしい奴だね!」

 確かに紛らわしいところはあるな。この辺の方言じゃ、エの音とウの音は混ざり勝ちになるし、ザメンの出身のもう少し北の方の村になると、発声に濁音が混ざるようになる。つまり、セブとズブは同じ音になったりするわけだな。


 しばらくすると、ゼンゴと一緒にアイシャが歩いて来た。ズブはその間ナナイさんに揺さぶられ続けていたが、私は放置した。関わりになりたくないからだ。その間、ササンは止めに入ろうとしつつも、良い瞬間が見つからず、ただ只管おろおろしていた。

「ナナイ、そんくらいにしておいておやり、別にズブが何かやったってわけじゃぁ無いんだろ。」

 こうして見ると、ナナイさんとアイシャは装いが似ている。二人とも前髪まで一緒に、髪を後頭部の高い位置でまとめている。ナナイさんは右側だけ前髪を残しているが。二人とも、唇には薄紅を引いているし、ここアルミア子爵領にはいない感じの垢ぬけた姉さま方だ。

「アイシャ!」

 ナナイさんはズブを突き放して、アイシャの方に向かう。ズブは残雪に投げ込まれた。二人が近づくと背の高さも近いことが良くわかる。

「アイシャ!あんた…!」

「ちょいと、待っておくれ、ナナイ、ちょいと、うっぷ、うぇ…」

 ナナイさんがアイシャに顔近づけるや否やアイシャは嘔吐く。

「あんた!人の顔見るなり、吐きそうになるなんてぇね!なんなんさ!」

「ちょいと…本当に…少し待っとくれ…」

 どうやら、本当に調子が悪そうだ。

「ザメン、医者のカイスを、いやもしかしたら奥方のサレの方がいいですかね。どちらでもいいから呼んで来てください。場所はわかりますね?」

 私は門番をやっていたザメンに指示を出す。

「わかりますけぇ、ちっと一走り行って来ますけぇ。」

「ありがとうございます。じゃあ、皆さん、アイシャも調子が悪いようなので、中に入りましょう。ここでは寒いですからね。」

 訪ね人が、セベル様に関わる者であることが確かめられたなら、中に入れても大丈夫だろう。

 アイシャはナナイさんに伴われて領館に向かった。嘔吐きは一先ず納まったようだが。ちょっと喧嘩腰だった、ナナイさんも今はアイシャを慮って歩いている。ササンも心配そうにアイシャの腕にしがみ 付いている。何だか三人姉妹のようだ。


 春は来たが、未だ寒い。この時節は暖かくなったり、寒くなったりを繰り返すから、冬以上に体調を崩す者も多い。アイシャはおそらく、それとは違うだろうが、どのみち、医者には見せた方が良いだろう。

 私は春告駒ノ峰を見やった。春告駒ノ峰は北の山脈の一峰だ。日当たりの関係からか、他の山々よりやや雪解けが早い。春告駒ノ峰の沢の雪が丁度馬の形になったら、いよいよ春ということになる。今は未だ一面白色だ。

「少し、雪解けが遅いかもしれないですね。」

 私はズブに急かされて領館に戻ることにした。

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