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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
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―アルム近郊、精錬場、レンゾ―

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蒼天高し。細く僅かに山際に棚引く白雲。風、体温を奪えど、すべてを凍てつかせるものではない。むしろ、吹くほどに雪を融かしつつある。雪の引いた道は泥濘。爽快さすらある風とは異なり、足を取られる。あまりに、酷いところには木の板を渡している。その上をぎいぎい鳴らしながら行き交う人々。鍛冶小屋から(おもむろ)に出でたレンゾは、ふいと空を見上げ、一息吐く。最早、息の白さも随分と薄くなった。

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 さぁて、秋の口から、こうやって、なんやかんやで鉄から作るってぇことになったわけだ。

 こう…、高々の数ヶ月ばっかで、状況が変わるってぇのは思ってもみなかったな。夏の頃にゃ公都で小鍛冶をやっていたのに、今じゃこんの田舎で大鍛冶にまで手を出している。しかも、てめぇが親方ってぇ身分だ。兄ぃが絡むと中々予想がつかねぇことになりおる…としか言えねぇな。


 ぐいと周囲を見回す。


 まずは炉か。

 ずいずいと歩いて炉の前に立つ。ごうごうと火を上げる炉。

「どうした、兄ぃ?」

「あぁ…いや…。てめぇの仕事を続けろ。」

「ん?あぁ…おう。」

 ズブの野郎か。炉は大分こいつにやってもらったな。元料理人らしく、火加減はお手の物ってぇか。中々、相性に合ったようだ。


 しかし、フブの爺ぃが言ってたってぇ炉を建ててみたが、最初の頃にやっていた、あれはそう上手くは行かなかったな。何せ、手間暇がかかった。毎回毎回、炉を建てては崩す。やってみてわかったが、あいつは手間だった。

 だからよ。何だかんだと、鉄卸しの奴らが言っていたことを頼りに色々やってみた。まあ、俺はほとんど、奴らが言っていたことを伝えただけで、やったのはズブだが。

 今の炉は最初の頃のモンに比べたら大分やりやすい。後で、炭も鉱石も足すことが出来る。鉄も途中で出すことが出来る。三日三晩でも焚き続けることが出来る。

 そう言えば、未だやったことは無かったな。吹雪ももうじき無くなるって言うし、春になったら一度どんだけ焚けるか、やってみてもいいかもな。

 だが、未だ未だ、色々やりようはあるはずだ。特に、スルキアの方でどうやっているか気になる。大鍛冶ってぇたら、スルキアだからな。

 …一度、ズブに偵察に行ってもらっても良いかもな。大鍛冶の連中は、小鍛冶の俺らに比べたら、随分と秘密主義だってぇ言うが、遠目に見ることぐらいは出来よう。炭と鉄の案配や、鞴の吹きなんざは教えてくれようもないだろうが、炉の形を見るだけで、わかることもあるってぇもんだ。


 辺りを見回しながら、精錬場の入口付近まで来る。右手を見やれば、鉱石砕き。テガがまとめている。あいつもよ。ちっと、ぼーっとした奴だからよ。大丈夫かよ、ってぇ思っていたが案外嵌ったみてぇだな。ここに来て一番に、てめぇの女を見つけたのは、こいつじゃあねぇか?案外やるもんだぜ。

「ん…あぁ、レンゾの兄貴か…。こっちは問題無い。直に春だしな…。」

 つと、こちらを見た後自分の作業に戻るテガ。農夫どもにわかるように指示を出す。こいつにこういう才があるとはな。

 しかし、ここでやっている仕事は、この後どうなるかはぁ、わからねぇ。約束通り、フブの爺ぃがマトモな鉱石を寄越すなら、ここの仕事も随分と変わるだろうが。どっちに出るやら、わからねぇな。

 そう言えば、テガは鉱石の良いとこを砕いて固める、そんな仕事もしてたな。ありゃ、結局手間ばっかであまり意味がねぇってぇことになったが、特に捻もせず、淡々と仕事をこなしている。あれには、一月二月もかかったもんだが…。

「おい、テガ。」

「何だ?兄貴。」

「あの、鉱石を焼いて固めるってぇやつぁ、その後どうなった?」

 テガは少し考え込む。

「そうだな…。未だ、少しやりようがあるかもしれない。だから、時間を見つけて少しずつやっている。」

「そうか…。だが、春になって爺ぃが、もっと良い鉱石を持ってきたら、無駄になるかもしれねぇぞ。」

「…、まあ何かしらの役に立つこともあるだろう。それとも、鉱石の無駄と思うか?」

「いや…いい。続けろ。」

 そういう奴もいる。それが案外どこかで効くかもしれねぇ。


 砕石場を後にして、小鍛冶の小屋に辿り着く。

 フブの爺ぃとの約束もあるからな。ここが本丸かもしれねぇ。

 兎に角、まともな鉄を作る。それが今の課題だ。


 開け放しにした戸から、鍛冶場に入る。

 今は徒弟でも言うべきかわからねぇが、子倅どもにやらしてみている。

「げ、親方。」

「何が、げ、だこの野郎!」

 いらん口を叩いたザッペンには拳固をくれておく。

 

 どっかと椅子に座って、子倅どもの鍛冶を見る。

 …で、武器ぐらいは作れるような鉄にはなった。鎧だなんだに弾かれれば容易く割れるか曲がるかするだろうが、そこまでを求められているわけでじゃぁねぇだろう。要は雑兵の扱うモンだ。どこでも、丁稚はそう良い道具を与えられまいよ。つうか、ま…棍棒とさして変わらねぇな。そこらの木の棒よりかは重かろうよ。ま…、モノの用には立つだろうよ。多少、出来が悪かろうが、鉄で人の頭殴ったら、余程そいつが石頭でも、頭の方が割れるんだ。てぇか、そんなら石でも良かろうが。形だけでも揃えろってんだから、まあ一応揃えてやった。


 そう言えば、農具も作ってみた。出来も悪くなかろう。タスクのおっさんのお墨付きだ。だが、実際に耕してみるまではわかるまい。こういうのはやってみねぇと何が起こるか、わからねぇもんだ。思っても見なかったところで、不具合ってぇのが出るもんだ。

 例えば、鍬ってぇのも何度も振り下ろすんだろ。相手が土だろうがよ。それを一春に幾千とやるんだ。気ぃ付けてなきゃ、どこぞ弛むだなんだ起こるだろうがよ。

 そうか。石を打つこともあろうな。そうしたら、刃が欠けるかも、わからねぇ。これは試しておかねぇとなんねぇな。粘りがなきゃ、一度で駄目になるかもしれねぇ。ある程度は粘るようには作ったつもりだがな。

 そろそろ、春が来る。

 未だ、納得の行く鉄が出来ているわけではない。

 だが、一応のモノは出来た。さて、これがどうなるか…。

 春になれば、人が減る。農家どもは畑に戻らざるを得ねぇからな。

 この冬にやってきたことが、どうだったのか。春になれば、わかろうってぇもん。わかりやすいな。ある意味でな。年がら年中、月毎、日毎に、そういうのの繰り返しだった公都より、随分と時間が流れるのが遅い。だが、それだけに季節ってぇ奴が、きっちりとケジメを付けに来る。つまりは、そういうことだろう。

 さあ、どうだ?どうなる?

 まあ、考えて過ぎても仕方がねぇな。


 わあ、きゃあと炉に、槌に振り回されている子倅どもに一丁稽古をつけてやるか。

 そう考えて俺は立ち上がった。

これにて第1章完結です。

第1章後編は冬の話でした。

実際、洋の東西を問わず、製鉄は農閑期の仕事であったようです。

もちろん、専門職として製鉄を行う人々はいたのですが、どうしても人手が足りず農閑期の農民の手を借りることが多かったようです。

第2章は春の訪れとともに始まります。


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