―精錬場から、マヌ村へ至る道、タスク―
-----------------------------------------------
黒い森に雪の白が映える。青い空の明るい日。日の光は徐々に雪を融かすようになってきた。粉雪の照り返しに比べて、融け始めた雪の返す光は些か透明感が強い。すぅと水滴が垂れるところもある。その上を歩く音も、冬の最中とは異なる。
-----------------------------------------------
精錬場のそばは雪除けしているし、炉の熱もあるから、雪はねぇが、あしの家までは雪道だ。一先ず、草鞋を靴に付けて歩き始める。
春先の雪は昼融けて、夜凍るから滑りやすい。沈むのより、滑るのに気を付けなければならない。だからの草鞋。
「ほんで、農具見てどうしますけぇ。」
あしは村への道中聞く。あしの家は精錬場から一番近いけぇ。ほんで、手伝えってぇタッソ様からお達しがあったけぇ。ほんでも、別に飯食いに帰ろうと思んほど近いわけじゃね。だかんら、ちっとはぁかかる。
その間、親方さんの歩きに合わせたら息が切れちまいそうだぁ。あしみたいに雪国で育って草鞋で雪の上を歩くのに慣れた人間よりも速く歩く。冬の初めにはかんじきにも大分苦労なすってたが、もう慣れなすったみたいだぁ。
「おう、もう一月もすれば、春が来るだろ。そいたら、おめぇさんら畑に戻んだろ?」
「へ、へぇ。」
「そんならよぉ、俺もよぉ、少し農具ってのを作ってみよぉと思ってよぉ。俺は公都じゃあ職人道具の類が主だったからよ。でもここじゃあ農具の方が入用だろ。公都みたいに四六時中家建ててるわけじゃねぇしな。矢鱈装飾に凝る、お貴族や大商人なんかもいねぇ。」
ははぁ、そんで農具を。ほんでもうちにあるんは足りてるけんどなぁ。
あしの家に着くと、納屋に案内する。大体の農具は納屋だ。親方さんは「ほう」なんて言いながら、農具を一つ一つ丁寧に見ていく。ちっと錆びちまってるところもあるから、鍛冶師の親方さんにまじまじと見られるんは何だか恥じいで。
「おっさん、これは鍬だな。鍬って何すんだ。俺は鍬ってもんがこういう形だってのは知ってるが、何するもんなんか知らねぇ。」
親方さんは都会育ちだから、畑のことん何も知らんのだなぁ。しかし、公都周りには畑も無いんか。食べモンどうしとるんで?ああ、そこここから運んで来るんか…。贅沢なもんよなぁ。
「鍬はぁ、畑ん耕すのに使いますけぇ。」
「へぇ、耕すのか。耕すってぇと、あれだろ?土ぃひっくり返すってぇ奴だろ。そうか、この刃を土に突き立てるってぇわけだな。」
親方さんは「どうだ?俺は物知りだろ?」ってな顔で言いなさる。あしには当たり前のことだで。でも公都ん人には珍しいんだろなぁ。
「へぇ、耕すのに使いますけぇ。こう刃を土に立てて、ほんで、こう引き起こしますけぇ。」
あしは実際に、鍬を納屋の前の雪に鍬を打ち付けて、説明する。
「俺思ってたんだけどよぉ。畑って何で耕すんだ?」
親方さんは熱心に聞くなぁ。うちの村の若いモンも、こんだけ、たんと聞いてくれるといんだけんども。
「いや、土さぁ、固ぇと種が根付かんのですけぇ。あと、混ぜ返すと土に気ぃが入って活き返りますけぇ。毎年、畑は鍬入れるところから始まりますけぇ。」
今年もあと一月もせんうちに鍬入れだなぁ。今年んは、親方さんの手伝いで、お金も貰ったけぇ余裕もあるし、商人から種ん多めに買って、少し畑広げてみるかなぁ。ほいたら、小作も雇ってもいいかもなぁ。
「そうか、じゃあ、これは何だ。これは俺は見たことがねぇ。」
「それは犂ですけぇ。それも畑耕すもんですけぇ。こうな、牛や馬に引かせるためのものですけぇ。」
犂は平らんとこ、広いとこしか使えねけど、これがあると楽だけぇ。村で飼ってる牛を順番に家ごとに回して使うで。ここら五軒の家長であしが一番年増だったで、あしの家にある。一応、あしの家の畑に最初に使えるから、それも役得か。
「これは木で出来ているな。鉄にしないのか。」
「鉄にすると重過ぎんで。まあ、木ぃだと少し壊れるのが早いけんども、自分らでも、まあ何とか、作れるもんですけぇ。」
「そうか。これは春から使うか。」
「ほうですけぇ。春はまず鍬と犂ですけぇ。」
「他にも早い時期から使うものはあるか。鎌は収穫だろ。鉈なんかも、わざわざ春に使うことは少ないだろ。少なくとも、今年は薪は幾分かは余りそうだ。精錬場にある分を見るとな。」
「ほうですなぁ。まあ、まず鍬と犂ですけぇ。」
春になったら耕す。もう、何年もやって来たこと。だが、同じ年は二度とは無かったずら。今年はどんな年になるか。
「よし、この犂ってのの使い方を俺に教えてくれ。」
しばらく、犂の造りをあっちらこっちら、矯めつ眇めつ見ていた親方さんが言う。
「犂ですけぇ?親方さんも畑やすのけぇ?鉄んはどうするんずら。」
親方さんの仕事は鉄ずら?畑を耕すんは、あしらの仕事ずら。親方さんの作った、あしも手伝って、そん鉄が何に使われるか、良いもんか悪いもんかは、あしにはわからんが…。親方さんの、レンゾ様ぁの仕事は鉄ずら。
「あーん?畑はやらねぇよ。まあ、やり方教えてもらいついでに、少しゃあ手伝うかもしれねぇけどよ。よし、今からやろう。俺が牛の役をやる。」
えぇ…。
いや、親方さんがいくら力あるってぇとも牛の役は…。いやあ、親方さんだったら…。
あしは、仕方ないけぇ、親方さんを牛に見立てて犂をやることんにする。今は雪を掘り返すだけになるけぇ。これだったら、牛でなくともなんとかなるけぇ。
「おし、じゃあ、引っ張るぞ。」
ぐんと構える親方さん。親方さんが声をかけるから、あしは犂の角を握る。親方さん、牛より強いんでねぇかい?いくら雪だってぇ。
「ちょ、ちょ、親方さん待ってくだせぇ。」
こりゃぁ、びっくりすんで。こりゃ、牛いらずでさ。
いや、親方さん雇う金で牛をどんだけ雇えるか。
「おん?どうした?」
「いや、親方さんの力が思ったより強うかったけぇ。」
「そうか。それで?どうなった。もう少し力を弱めた方が良かったか?でも、俺も流石に牛には敵わねぇぞ。」
いや、そんなことないけぇ。牛より強かったけぇ。
「ぬ。少し割れちまったな。」
あぁ、どしよ、あしが犂ぃ壊したってぇなったら…。
「よし、これを鉄で作るぞ。帰るぞ、タスクのおっさん。それは俺が持って帰る。壊れちまったんなら、いいだろ?」
親方さんはいつも強引だなぁ。
いや、しかし、犂…。
精錬場に帰りつつ、あしは親方さんに聞く。親方さんは割れた犂を持ってもあしより歩くのが速い。
「親方さんでも、知らんことあるけな。」
あしは、つい、犂の使い方も知らなかった親方さんの姿を思い浮かべて言ってしまう。
「あぁん?知らなければよ。知ればいいじゃぁねぇか、えぇ?」
それはそんなだけども。
「ほんでも…」
親方さんは遮るように言う。
「別によ、俺もよぉ、石から鉄造るなんてな、ここに来るまでな、俺ぁやったこたぁ無かった。な?鉄もよぉ、ここで鍛えたやつはなぁ、俺には今まで鍛えたことのねぇやつだった。そうだよ。えぇ?」
親方さんは公都でも2、3を争うような工房の出だってぇ、あしは聞いた。ほんでも、鍛えたことの無い鉄ってぇのがあるってなぁ。こう、世の中広いなぁって。
「だからよぉ。そうだな。おっさんもな。畑っちゃあおっさんの稼業だからよ。よう知ってるかもしんねぇけどよ。今までよ、作ったことのねぇ作物もあるだろ?えぇ?」
確かに、それはそうだけぇ。あしも少し余裕が出来たって、村でも手を広げている方だけんど、ほんな、全部の作物を育てたことがあるわけじゃないけぇ。また、ほんでも、って言いそうになる、あしを遮って、親方さんは言う。
「そういうのをよ、作るってなったらよ。調べるだろ、誰かに聞くだろ。んでよぉ、わからなかったら、いや人に聞いてもうよぉ、やってみねぇとわからねぇだろうがよぉ。な?」
確かに、まあなぁ、あしも、例えば今作っている芋なんかはぁ、色々聞いたな。村に育てた人がおらんか、とか。
「だからよぉ、まず、やってみんだ。やってからぁよ、考えんだ。な?つまり、そういうことだってんだ。えぇ?わかるかってぇんだ、こんちくしょう。えぇ?」
精錬場に着く。
親方さんは振り向いて言う。
「まあ、あれだな。良い犂作ってやるからよぉ、それで空いた時間があれば、こっちもまた手伝ってくれってぇなもんだ。」
まあ、畑仕事が多少良い案配で進んだならなぁ…。