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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
55/139

―アルム近郊、精錬場、ザッペン―

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鉄火場。火吹く。沸き花舞う。赤い華は散り散りて。外から差す青の緑の白の光なぞ何するものぞ。こちらとら赤とそれに仄かに映える青の炎、黒々とした炭。鞴をふいと推せば沸き立つそれら。鞴をぐいと引けば沸き立つそれら。

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「ザッペン!てめぇ、へなちょこかぁ!」

 レンゾの親方が叫ぶ。拳固が飛んで来ないってことは上手くやれているってことだ。

 オイラは今レンゾの親方から鍛冶を教えてもらっている。

オイラの他には、隣村のマズ、農家の三男だな。オイラの又従弟らしいが、ここで初めて会った。次にゴッテン。お役人の息子だが、三男で手に職を付けたいってんで、ここに来たらしい。最後にヴースク。親父さんは兵隊だったが、この前の戦で死んだんだそうだ。未だ、幼い弟妹もいるし、少しでも金を貰えるって聞いてここに来た。オイラ含めて4人で親方に扱かれている。

鍛冶は思ったのと違って、大人数での仕事だ。炉から鉄を出して火ばさみで持つ役と、それを木槌や金槌で叩く役に分かれる。

今はオイラは木槌で叩く役だ。一緒にヴースクも叩く。火ばさみはマズの役目だ。ゴッテンは今は炉の面倒見だ。温度が下がり過ぎないように、かと言って上がり過ぎないように鞴で吹いている。

「てめぇら、熱した鉄を叩くのは、一つにゃあ、残った金糞を絞り出すためだ。本当はある程度、精錬の直後にやっちまうもんだが、今は精錬炉の方がそんな状態じゃねぇ。だから、ここでやる。今後はある程度は精錬のところでやっちまうようにはするつもりだがな。そんでも、ある程度は金糞は残る。だから、ここで叩いて金糞を出しちまうのが肝ってんだ。腰を入れろ!」

 親方が怒鳴る。オイラたちも必死に槌で叩くからうるさい。だから、親方は怒鳴って指示を出すが親方の声の方がどう考えても槌の音よりうるさい。

叩くのは交代で、今回はオイラとヴースクだ。大体オイラたちは背格好はそんな変わらね。親方が鍛冶にはある程度ガタイが必要だって、あんまり華奢なのは省いたからな。まあ、オイラたちも領じゃ割と身体の出来た方だ。レンゾの親方と比べたら、そこまでだけどな。ヴースクはオイラたちより少し大きいが、もう十七のヴースクと比べたら、オイラやマズ、ゴッテンはもう少し伸びしろもある。

「熱して叩くのはそれだけじゃあねぇぞ。見ろ。表面が錆びたみたいに固くなっちまった鉄でも、叩けば固くなっちまった金糞の部分が叩き出される。叩き出されたモンに当たるんじゃねぇぞ。やけどするからな。」

 赤くなった金糞が叩くたび飛び散る。親方は当たるなって言うが、そんな簡単じゃない。

「それに元々泡を含んだ鉄も、叩けば、固くなった部分を吐き出しながら、一つの塊みたいになってぇもんだ。」

確かにどんどんオイラたちが知っている鉄っぽくなって行く。まだ、黒くて良くわからないが、最初のちょっと脆い感じから、しなやかな感じになっていく。槌で打つ感触も少しずつ変わっていく。これは、ちょっと、楽しい。最初は河原でたまに見る軽石みたいな見た目だった鉄がこんなんなるなんてな。

「そんなもんだな。よし、炉に戻せ。」

親方が言うと、オイラたちは槌を止める。すかさず、マズが鉄を炉に戻す。

これと同じように、叩いては炉に戻すことを何度か繰り返していく。炉から出すたびに叩く向きを変えて、そのうちに、鉄は段々棒みたいな形になっていく。途中で槌を鉄槌に変えて叩いていく。親方の指示で片側を少し太めにした棒状にしていく。


さらに何度目か炉に戻した後、親方は言う。

「よし、一番軽い鉄槌を準備しておけ。一番軽い奴だぞ。後、粉にした炭用意しておけ。」

 ヴースクとおいらは槌を準備して、マズは炭を用意する。

 炉に戻された鉄はまた徐々に赤くなっていく。

「いいか、鉱石は炭を食って鉄になる。この時、炭を食い過ぎると硬く脆くなるが、炭をあまり食わねぇと軟らかいままだ。熱して叩くのは、これを調整するためだ。炭を食い過ぎた鉄をそのまま叩けば、炭が抜ける。炭が足りない鉄は炭と叩けば炭を食う。覚えておけ。」

つまりは、鉄を叩くってのが鍛冶の仕事らしい。もう何度も聞いた。というか、ここまで指示も、もう30回は聞いた。ここ1か月、おいらたち鍛冶漬だもんなぁ。もう鉱石選びや炉を造っていた頃が懐かしいや。

「今ここで出来るのはあまり炭を食ってねぇ鉄だ。だから炭を食わせる。この炭粉がそれのためだ。」

 オイラたちは赤くなった後、ちょっと白っぽくなりつつある鉄を眺めつつ聞く。

「次は炭粉をまぶしながら叩く。ゴッテンが炭粉を掛けろ。ヴ―スカは一回休みだ。ゼッペンが叩け。次は丁寧に押しつぶすように、叩き伸ばすようにだ。板のようにしておけ。真ん中に太い部分が残るようにな。薄く伸ばした部分が刃になる。柄になる部分をてめぇの手のひらより親指分ぐらい長く残しておけよ。」

 そう、オイラたちは今剣を造っている。軍の方からレンゾの親方が請け負った仕事だ。それをオイラたち見習いがやっていいのかはわからない。

「一回じゃやらねぇから、無理して伸ばそうとするなよ。割れちまったらやり直しになるからな。ゴッテンはゼッペンが叩いて炭粉が無くなったとこに継ぎ足していけ。あと炉に戻す時はこんもり炭を盛ってだ。忘れるなよ。」

 ゴッテンは炭粉を匙に掬って準備する。オイラも鉄槌を準備する。

「そろそろだな。マズ、火ばさみを準備しろ。…もう少しだ…、…よし、今だ。出せ。叩け。炭粉を掛けるのを忘れるな。今度は力一杯叩くな。そっと押しつぶすように叩け。薄く伸ばすように叩いていけ。」

 親方も難しいことを言う。でも、今は精一杯やるしかない。

 オイラが叩いて、ゴッテンが炭粉を掛ける。叩いているうちに鉄が徐々に白から赤に変わっていく。

「よし、一回戻せ。次はヴ―スクの番だ準備しておけ。マズ、柄の部分を持つようにな。」

 そんなこんなで、刃の部分が出来ていく。

「いいか、鉄がどんな色をしている時に、どういう風に叩くかってのが鍛冶師の腕だ。良く今の色を憶えておけ。ただ、造るもので違うからな。どういう色の時、どう叩けば、どうなるかを身体で覚えろ。」

オイラたちには未だ、そこんとこよく分かんねぇが、とにかく鉄の色を見るしかねぇ。

んでも、ここは暑い。ひたすら暑い。冬だってのに暑い。

鍛冶に水気はダメだって、親方がまず急拵えでもいいって煉瓦造りの小屋を造らせた。それが、ここの鍛冶小屋だ。こんだけ火を使うから木で建てるのがまずいのはわかるけどな。冬場でこれじゃあ、夏場はどうなるんだ。

「よし、次だ。行け、叩け。」


 そんなこんなを繰り替えていると、徐々に剣の形になってきた。前に親方の打ったのを見ながら、形を調整していった。オイラたちもこれで剣を打つのも10本目だ。流石に最初よりは上手く打てるようになってきたと思う。初めは何本か屑鉄にしちまったからな。親方が後で釘に打ち直してたけど。釘なんてって思ってたけど、あれも難しいんだよなあ。何せ小さいからな。

「おし、次は水に解いた炭の粉を塗るんだ。丁寧に均一にな。ゴッテン、てめぇがやれ。マズは抑えておけ。」

ゴッテンは炭を剣に塗っていく。まだ、鉄が熱いからじゅうじゅう音を立てる。

「よぉし、次は裏側だ。マズ、ひっくり返せ。」

マズが剣をひっくり返すと、ゴッテンが炭を塗っていく。だんだんとじゅうじゅうという音は無くなっていく。

「石の箱があったろ?あれに、その鉄を突っ込んだ後、炭粉を入れろ。刃の部分まででいい。」

オイラが石の箱を用意して、マズがそこに刃の部分を突っ込む。ゴッテンとヴースカで炭粉を入れていく。

「軽く叩いて炭を均してやるんだ。そうだ、そうだ。よし、後は箱ごと炉に入れろ。」

これが重労働なんだよなぁ。一回炉を落としてから入れるなら、兎も角炉を落とさずに入れようとすると、結構難しい。最後は先っちょだけ持つ格好になるから、かなり力がいる。

 協力して何とか入れてやって、オイラたちは息をつく。

「よし。じゃあ休憩だ。二人火の番で、二人休憩だ。炉は白くならないよう、黒くならないようだ。丁度いい赤さで保てよ。少し水でも飲んで来い。塩も舐めておけ。」

 ふう、何回かやっているから、ここで休憩が入るのはわかっていた。まずは、オイラとマズで火の番だ。マズが鞴構えておいて、オイラが炉の色を見る。こうやって、しばらく待つんだ。


「よし、水は準備できているか。次に炉から出したら、刃の部分から付けて直ぐに引き抜け。マズ準備はいいか。」

「ういっす。親方。」

 マズが火ばさみを構えて答える。

「よし。てめぇら、仕上げだ。出した時の鉄の色を良くみておけよ。よし…よし…そろそろだ…、…行け、マズ引き抜け水に入れろ。水に入れたらすぐに引き上げろ!」

 マズは火ばさみで柄の部分を掴み、炭塗れになったとこから鉄を引き上げ、勢いよく水に入れる。一瞬落としそうになるが、堪えて引き上げて、金床の上に剣をおく。

「未だ、熱いから触るなよ。炉をぼちぼち落としておけ。順番に炭を抜いて火を消していけ。」

 オイラたちは一回息を吐いてから、炭を出しては踏んづけて、火を消していった。


 オイラたちが大体炉を落とし終わるのを見ると、親方は、

「俺は精錬炉の方を見てくる。後は、ガブに教えてもらえ。」

って言って出て行ってしまった。

 研ぎの仕事はガブのおっさんが教えてくれている。ガブのおっさんは領軍の武器の手入れもやってる研ぎ師だ。今は領軍の剣を造っているから、こっちに出張ってくれている。

「おう、おまんとぉもお疲れだけ。少しはレンゾの親方に扱かれて鍛冶師っぽくなってきたけぇ。研ぎももう10本目ずら。やり方はわかるずら?」

ガブのおっさんは親方と比べると、放任気味だ。

 おいらたちがある程度研ぎ終わると、「大丈夫そうだな。」とか言って帰ってしまった。多分親方が離れるのを待っていたんだ。仕方無いから、おいらたちは互いにあーでもない、こーでもないと言いながら仕上げをすることになったのだった。


 日暮れが近づき、今日の仕事も仕舞って時間になった頃、レンゾ親方は戻ってきた。

「どれ、研ぎ終わったのを見せてみろ。」

「おいす、こちらで。」

 おいらはさっきまで研いでいた剣を渡す。それを親方は矯めつ眇めつ見る。

「よし、これはセブ兄ぃに渡そう。」

 え?

「いや、そんな領主様の剣がおいらたちが打ったのってのは…」

「あん?てめぇ手を抜いたってのか?あぁん?」

「いや、そういうわけじゃねけども。」

「なら問題あるめぇ。まあ、柄の部分は兄貴自分でやるだろ。今日持って帰って渡しとく。てめぇら仕舞はしたか?」

「うっす、終わってるす。」とマズが答える。

「じゃあ、俺は帰る。また明日な。」

親方はそれだけ言うと、出ていった。


「え?俺たちが打った剣が領主様に?」

ヴースクが戸惑いながら絞り出す。

「出来が悪いって、殺されやしないけ?」

マズが訳のわからないことを言う。

「いや、新しい領主様はお優しいって親父が。」

ゴッテンがマズを落ち着けようとする。

「つか、レンゾ兄ぃって良く考えたら領主様の友達なんだよな。」

オイラは確かめるように言う。

「えーじゃあ、悪くても拳固か?」

マズが間抜けなことを言う。

「領主様って拳固すんのか?」

「いやぁ、うーん、うん?」


おいら一度領主様と少しだけ話したことあるけど、拳固って柄じゃあ無い気がするけどなあ。

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