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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
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―アルム近郊、精錬場、ズブ―

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戸を開け放てば暗い屋内にも日が差し込む。部屋の中央にある囲炉裏の炎も負けんばかりに。最早、囲炉裏の白い灰の奥にある赤など誰が気付けようか。むしろ、幾人かの女が作業をしている陶器の鍋などを焚く火の方が明るい。何やら植物煮ている女。そこに木っ端鉄を足す女。煮た殻、そこから得た殻を絞る女。そこには目の粗い布で絞った液を漉す女。一方で、樹液のような粘度の高い液を遠火に掛けて、ぐりぐりと掻き混ぜる女。二つの液を緩い火に掛けながら混ぜて混ぜてする女。

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「おぉーい。ササン、ササン。」

「何さ。」

 木札を整えていたササンが相も変わらず不機嫌そうに顔を上げる。

「そうそう、そう顰め面すんじゃぁねぇよ。嫁の貰い手が無くなるぞ。」

「な、ぁ…」

 ササンは目を見開くと俯いてぴくぴくと震える。そして、木札を投げつけて来た。俺はそれをひょいと避ける。木札は外へと転がっていく。中々良い狙いしてんじゃあねぇか。

「そういうとこだぜ。ササン…。」

「さ、ササン姉ぇ…。お、落ち着いてぇ…。ず、ズブ兄ぃもぉ…。」

 コッコがササンに掴まり、こちらを見る。

 そう言や、最近はコッコがここの手伝いをしているってぇたな。ある程度算術も出来るってぇたら放っておくわけにゃあいかんしな。何しろ、文字も読めねぇ、数字も碌に数えられねぇのが大半だ。こういう奴ぁ貴重よ。


「何しに来た。」

 相変わらずの顰め面で言うササン。そういとこだぜ。本当によ。

「あーあー、まあ、そうかっかすんなや。記しておいてくれや。今さっき上がった分だ。いいか?言うぞ?」

 顰め面は止めねえが木札と炭を手に取る。よく見ると、手の先も真っ黒だな。そんな手を見ながら、記憶の通り読み上げて行く。

「炉の二、炭は五杯の、石十二杯。炭三、石五で始めて、石二の、炭二分の一、石二の、炭二分の一、石二の炭二分の一。鉄はレンゾ兄ぃの手の二つ分。刻は日の四分の一。出来栄えは、上々だ。」

 これ、よく考えたら

 ササンは面構えは不満そうだが、言ったことは木札に書きつけるは早い。炭を、鉋で平らにした板に雑に撫でつければ、控える娘っ子が鑿でその通りを削る。数は一なら線一本、二なら線二本、五は線四本を串刺しにする。二分の一は、一の半分まで。四分の一は、半分の半分だ。こんなら、削るにもそこまで手間取らねぇし、素人にも出来る。まあ、鑿扱う手が危なかしい娘もいるけどよ。

 そこに鉄と木の皮を煮て作った青黒い液をちょんちょん付ける娘っ子。レンゾ兄ぃがどこで聞いて来たか。こうすりゃ、消えない字が描けるらしい。液は布に浸して木札に押し付けるが、それを扱う娘の指先は黒い。

 あれ洗ってもそうそう簡単に落ちねぇんだよな。

 なんだか悪いこと押し付けてるような気がしてしまうぜ。よぉ?な?


「ちょ、ちょ、それじゃあ、いけねぇぜ。」

 って、おっとぉ。鑿の危なかしい娘の手を取ってやる。

「こうだ。こやったらよ。危なくねぇぞ。ほれ。…な?てめぇの手削っちゃあ、駄目だろうがよ。」

「…あ、あ、はあ…。」

 肩を腕を回して一緒に槌と鑿を持ってやる。

 どこかで、ぎりと歯軋る音が聞こえたが、気のせいだな。

「ほらよ…。へへ…、こんなもんよぉ。どうでぇ。」

 ちゅるっと削った屑は火に投げ込む。

 削り過ぎたら火に入れる。削り損ねたら火に入れる。無駄はねぇ。な?


 そんで俺はどっかと腰かけに座る。コッコが「ササン姉ぇがかっかすんのはズブの兄ぃのせいじゃあ…」なんて言うが取り敢えず無視しておく。俺ぁ、そういう風に出来てねぇんだ。勘弁してくれや。

 しかし…、田舎ってぇのは窮屈だな。

 てめぇ、こんな程度、公都じゃ一晩経ったら忘れる縁よ。


 さぁて、それはいいんだ。

 仕事だ。仕事だ。

 格子状になった棚を見る。横が炭の量、縦が鉱石の量。合計の量だ。本当はもっと細々分けたいが、格子にしたら、二つしか数えられねぇな。木札の表には出来た鉄の量、質があり、裏には細かいことが書かれている。取り出せば、どんだけ鉄が得られるかがわかる。

 良く考えたもんだな…。これもどっかから何ぞ聞いて来たか。

 しかし、このままは見にくいな。一発で、炭の量がどんだけ、鉄の量がどんだけで、いい案配になるかってぇのがわかるようになるといいんだが…。

黒いインクとして用いられていたものは実は鉄を含んでいます。

植物から得られたタンニンを構成する酸と鉄の化合物らしいです。

タンニンを含む植物と錆びた鉄などを一緒に煮て、適当な粘度の植物脂を混ぜることで青黒いインクを得ることが出来ます。

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