―アルム近郊、精錬場、ノーソミ―
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レンゾが炉を覗く。その周りを幾人かの農家の子倅たちが取り囲む。これで何回目やら、何十回目やら、そんな面持ちである。この季節にしては珍しく、久々に快晴。青々とした空は澄み渡り、どこまでも広がっているように思える。時に、ひょうと冷たい風が山から吹き下ろして来る。炉は青い火をその頭から吹き上げる。鞴をゆっくり吹くほどに円筒状の炉はその青い火はさらに増す。
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親方さぁは顰め面で炉の中を睨む。
別に機嫌が悪いわけじゃねけ。本気で吹いた炉の中を見ると目灼けるけ。どうしても、顰め面になる。それだけのこん。むしろ、口元なんかは少しにやけているけ。
もう幾度赤く火る石を打ち据えたかぁ。その度、何か違うような顔をされ、どうしても不安が付きまとう。木槌を持つ手も震えざるを得ない。だが、隣村の奴ら曰く、何の進歩も無いわけではない、…らしい。
もう一吹きした親方さぁが炉を覗く。
「よーし、よし、そろそろだ…。」
親方さぁは、炉を覗きながら、叫ぶ。
「ノーソミぃ!てめぇがいち!マーテン!てめぇがにぃ!いくぞぉ!」
親方さぁは腕より長い火鋏で赤白い石を炉から掴み出すと金床に叩きつける。
オイラは木槌を振り上げる。
「おぉれ!いぃち!」
「いぃち!」
「にぃい!」
「にぃい!」
オイラが一で打ち、マーテンの奴が二で打つ。打つたびに赤い火が飛ぶ。
だどん、だだどん。だどん、だだどん。
がごん、ががごん。がごん、ががごん。
徐々に、おが屑のようだった赤白いもさもさは、潰されて赤黒い塊になっていく。さらに叩くと、黒い薄皮が飛び散って、下の赤地がまた見える。親方さぁが塊をひっくり返す。
かんか、こんこ。かかんか、こんこ。
ぎんぎ、ぎんぎ。ぎぎんぎ、ぎんぎ。
暑い。兎に角暑い。冬場だというのに、炉の周りはただでさえ暑い。汗が滲んでくる。親方さぁなんざは諸肌脱いでいる。時に、火が身体に飛ぶのに熱そうにもしない。ただただ、塊を睨め付けている。
叩く。叩く。叩く。
叩くと、塊から何かが絞り出される。どんどん塊の大きさは小さくなっていき、元の半分ぐらいの大きさになる。
「叩きィ、止めェ!」
親方さぁは叫ぶと、塊を水桶に突っ込む。
ジュゥっと音がなり、水がぶくぶくと沸き立つ。
オイラとマーテンは息を付きながらそれを見る。
しばらくすると、ぶくぶくも収まって、湯気だけになる。すると、親方さぁはぬっと水に手を突っ込み、塊を拾い上げる。それを金床に置いて、金槌で軽く叩いていく。黒い皮が向かれて、中身が出てくる。がっこと割れるとこもあれば、ぐねと曲がるとこもある。砂のように白く濁ったとこもあれば、光沢があるとこもある。
「ズブぅ!ズブぅ!」
親方さぁはズブの兄ぃを大声で呼ばわる。
「あいよ、あいよ、兄ぃ。なんでぇ、なんでぇ。」
ズブの兄ぃが一つ向こうの炉からひょこたんひょこたんと来る。こん人はどうにも締まらない。
「炉はもう少し高い方がいい。その方が熱くなる。」
「そうかい。しかしよぉ、あまり熱くなり過ぎるとよ。土が保たねぇな。吹く度に壁が薄くなりやがるてぇんだ。アルオの旦那も色々試してみるみてぇだがな。ちぃと、もう一工夫必要だってな。」
「知らん。何とかしろと伝えておけ。」
「いやぁ。俺そんな役割ばっかじゃぁねぇかよ。」
「うるせぇ。後な。長く、多く吹くと金糞が鉄の上に溜まる。横から出せるように炉の形を工夫しろ。」
親方さぁは、塊から出た石ころをズブの兄ぃに投げてよこす。ズブの兄ぃは器用にそれを二本指で受ける。
「って。熱っち。」
そらそうだけぇ。あんな熱いモン持てんは親方さぁだけだけぇ。先まで赤かったもんなぁ。
ズブの兄ぃは石ころを放り投げ、走って行って雪に手を突っ込む。
「ひぃぃ、ひぃぃ。勘弁してくれぇよ。兄ぃ。皆が皆、兄ぃみたいに手の皮も面の皮も厚くはねぇんだよ。」
「一言、余計だ。」
ズブの兄ぃは親方さぁから拳固を喰らう。
こりんなぁ…。