―アルム近郊、森の中、テテ―
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北側は斜面。雪を湛えた木々は厚く聳え立ち諸々を隠す。しかし、鬱蒼とした森の中にも、ふと木立を避けた日の差すところが在る。やはり、日差しの有ると無いでは雪の具合に幾分か異なる。勿論、人が雪を除けたのもあろうが。火に焚べられた鍋が幾つかあり、白い湯気をふらつかせている。幾人かの村娘が、麦や干された野菜を鍋に入れ、また火に必要があれば薪を足し。それを見つつ鷹揚に立つ蓬髪の男の名はテテと言う。彼もまたセベル・アルミアに連れ立って、ここに来た者である。元傭兵の腕を買われ、ここで兵卒の調練を見守る。
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冬になってから、セブは兵の調練を行っている。秋の終わりにやった盗賊討伐で思ったより苦戦したからだろう。しかし、この辺に出るのは食い詰め農民からなる盗賊ぐらいだって話だったが、どうにも武具が良すぎたし、何人か腕の立つ奴も混ざっていた。懸念事項が多いから備えておくに越したことはないだろう。
俺も傭兵やっていたから、食い詰めの盗賊の退治なんてのはよくやっていた。まあ、傭兵の仕事の大半はそんなんだな。常備兵の少ない貴族領や、そもそも常備兵を持たない自治都市なんかは、たまにしかないような盗賊だとかの討伐に傭兵を雇う。たまにしかないことのために常備兵を雇っておけないからな。
あとは傭兵の仕事って言ったら商人だとかの護衛とかだな。商人が兵を飼っていたらまずいから、護衛が必要な時は傭兵を雇う。これは基本的には戦闘になるようなことは滅多にないから、腕なんかより出来るだけ見た目が強そうな奴の受けが良い。後は、四六時中一緒にいることになるわけだから、話術や教養なんてものも重要になる。この辺は俺はからっきしだったから、専ら盗賊討伐のようなことばっかやっていた。結局、相手は食い詰め者だし、一歩間違えれば俺もそうなっていただろう奴らを殺して歩くような因果な商売だった。
それが嫌で、王国との戦で人手が足りないって貴族に雇われてみた。それが一昨年の夏だった。ここ、アルミア子爵領の嫡子殿が亡くなった戦の時だな。今では、ザス会戦、だなんて呼ばれている。
俺が正規兵の戦いってのを初めて見たのはその時だった。いや、盗賊どもや俺ら傭兵とは戦い方が違うんだなってわかったよ。正規兵ってのは人数で戦うんだなってのに気付いた。俺達は大体の場合、まあ相手も十数人、こっちも十数人ぐらいで大体1対1か2対1かに分かれて戦う。だが、正規兵ともなると100人以上の規模だ。そうなると、1対1が100組出来るんじゃないんだ。
まず、ぶつかる奴らがいる。このぶつかる時もぶつかる奴ら全員でぶつかる。槍なんか持っている場合は、こう針鼠みたいに、とにかく突き出しまくる。別に、誰も俺がその槍を敵にぶっ刺してやろうって感じじゃない。当たろうが、当たるまいがとにかく突き出すことが重要なんだ。隙間なく突き出しておけば、相手もそうそう隙をつこうってならない。そんで運の悪い奴が死ぬ。腕の無い奴じゃなくて、運の無い奴ってのがミソだな。前には槍衾、左右にはぎゅうぎゅうにいる戦友で避ける余地もねぇ。そしたら、たまたま槍の来る位置にいた、運の悪い奴が死ぬ。
ぶつかった後も、違うんだな。ちょっと味方に押された奴がいたら、そいつは下がって後ろの奴が出てくる。逆に相手に敵に押された奴が出たら、それ見たことかって、寄ってたかって、そこを攻める。出来るだけ大人数で1人を攻める。そうしたら負けようもない。そこに加わらない奴らは、他の敵がそこに入れないように壁を造るんだ。
もっと全体を見ると、これも俺らとは違った。例えば、右寄りの奴らが20人規模で押して、左寄りの奴らがわざと手を緩めたりする。すると、敵は左に寄り勝ちなる。すると、全体の形が崩れて、こう人の配置がギザギザになったりするんだ。そうしたらめっけもんで、突出した奴を何人もで寄ってたかって叩く。そんなことを双方繰り返して戦う。
俺はえらい場違いなところに来ちまったもんだって思ったね。まあ、でもそんな風に戦える兵がいるのは、精々が伯爵以上の貴族の兵だけで、後は寄せ集めだからな。
でもな。聞いてみれば、伯爵以上の軍でも結構な割合、徴兵で連れて来られた農民だったような奴らもいるんだ。だが、多分指揮官が上手いんだろうな。そういうド素人を上手く使う技術を持っている。槍出せ、とか、盾構え、とか、押し出せ、とか出来るだけ単純な指示だけで、一見複雑な動きをさせるんだもんな。誰でも出来ることだけ組み合わせて、最大限色々やるんだ。大したもんだと、俺は思ったよ。
で、だ。そんな話をセブの奴にしたら、ここでもやるってんだ。まず、常備兵の奴らをそういう士官格になれるようにしつつも、ある程度徴兵されるかもしれない農民たちにもそういうやり方が通せるようにする。いや、士官格がそういう農民を上手く使えるような指示の出し方を出せるようにする。
それで、大体元々徴兵で村を離れて、ここアルムに来ていた連中だけでなく、近場の5村から1日交代で、この練兵場に来させて、槍出せ、とか、盾構え、とかやるわけだ。各村は5日に一辺だし、毎回来る奴が同じとは限らないから、丁度いい具合に前に習ったことを忘れている。それを、教え直すのも士官の訓練ってわけだ。「何回言ったら覚えるんだ!」って音を上げている奴らも多いがな。
そういうわけで、俺は調練の総括のような立場になった。だから、指示出しなどせず、そんな練兵場での風景を見ているだけだ。後で、どこが悪かったとか、良かったとか指摘するのが役割ってわけだ。
それで調練風景を眺めていると、レンゾが来た。レンゾの引いて来た橇には武器が載っている。
「おう、テテ兄ぃ。武具、上がった分持ってきたぞ。」
レンゾなんかはデカいし膂力もあるから、一騎当千になれるんじゃないか、と俺は以前思っていた。が、ああいう集団での戦いっての見ると、そういうのは必要無いんじゃないかなって、なったね、俺は。
「おう、お疲れさん。そこに置いておいてくれ。そのうち運ばせる。湯でも飲んでくか。塩もあるぞ。」
「んじゃぁ、いただいていくかねぇ。」
「わかった。持って来させる。カーコ!カーコ!湯を1杯と塩だ。」
俺は、ここで手伝いをしている娘に声をかけた。兵の休憩時にこうやって湯や塩を出したり、炊き出しをしたりと何かと仕事もあるから、村娘どもにも手伝いに来てもらっている。
「あい、テテ様!」
返事をしてカーコが駆けていく。流石は雪国で育っただけあって、かんじきても駆けていくのが速い。元飛脚のセンもこれじゃあ方無しだ。
俺も大分慣れたがああはいかないな。そういう意味ではアルミア子爵領の兵は自領の冬場の戦いは無敵だろうな。何たって相手は動けねぇからな。下手したら、さっきのカーコみたいな村娘でも遠くから槍でつついて、腕を鳴らした猛将を討ち取るかもしれない。まあ、こんな田舎攻めてどうすんだって話だが。
「がはは、テテ様だってよ。テテ兄も偉くなった。」
「あん?親方様にゃあ言われたくねぇよ。」
互いに軽口を言って笑う。
「あれはよ。何やってんだ?」
自分の引いて来た橇に腰を掛けながら、レンゾが聞いてきた。
「何って、調練だよ。今は全員一辺に槍を突き出す訓練だよ。」
「はーん。」
興味無さそうだな。あの槍のうち何本かはお前が作ったんだけどな。
「でもよぉ、前来た時とは見る顔が違うぜ?こういうのは一辺にがっちり覚えさせた方がいいんじゃねぇか。」
「あーあれはな…」
俺は、セブに話した戦場で見たことレンゾにも話す。
「なーるほどなぁ。ふーむ…」
俺が話している間に湯と塩も来た。それらを摂りながらレンゾは考え込む。一々、こういうことを考え込む、こいつのこういうところは戦場向きじゃねぇな。
「つまり、ってぇと、アレだな。馬鹿の使い方って奴だな。」
「てめぇよぉ、言い方ってぇもんがあるだろ。」
後ろでカーコがぴくとしたぞ。そらな。外の人間に自分の親兄弟を馬鹿扱いされたようなもんだからな。
「あぁん?違ぇねぇだろうよぉ。つまり、馬鹿も使いようってんだな。」
カーコの顔がどんどん険しくなっている。俺は目で謝っておく。レンゾ、てめぇよぉ。昔からの付き合いだから、そういう奴だってわかってるけどよ。悪気も無いのもさ。でも、それ、俺ら以外にはわからねぇからな?
しばらく、レンゾは何事か言いながら考え込んだ後、突然立ち上がった。
「おし、そろそろ戻るわ。」
急に立ち上がって、デカい声出すもんだから、カーコはびっくりして尻もちをついた。
「あんた!カーコっつったな!」
「ひぃ!」
まるで、暴漢に囲まれたかのような表情をするカーコ。囲まれたって、一人しかいねぇけどな。
「湯と塩、ありがとうよ!美味い湯だったぜ。テテ兄も世話んなったな。じゃあな!」
レンゾは湯呑をカーコに勢いよく差し出すと、ずしずしと大股で去っていった。
湯に美味いとかあるか?
てか、あいつかんじき使い熟してるなぁ。地元民と違わん速度で歩いている。
「なん、なんなんずら。あん人ぉ。」
カーコは茫然としていた。まだ、尻もちをついたままだ。俺は、「冷えるぞ」と言って起こしてやった。雪が柔らかいと手をついても沈むので、一度こけると立ち上がるのも一苦労だ。もちろん、雪国育ちの彼女が一人で立ち上がれないわけではないが、助けてやった方が遥かに楽だ。
「あ、あんがとござます。テテ様。」
「おう、いや、まあ、レンゾがすまんかったしな。」
「あん人、せいれんじょう?の親方様なんずら?あーしの村からも行っとるんいるけんど、心配だけぇ。いじめられていんずらか。」
「いやぁ、まぁ悪い奴じゃねぇからな。心配すんな。扱かれているかもしれないが。ははは。」
「笑いごとじゃないですけぇ…」
確かに、レンゾは色々な意味で強いからな。心配になるのもわからんではないが。
「まあ、多分大丈夫だろ。」
公都にいた頃、レンゾがてめぇで鍛えている奴らのことを話す時は、覚えが悪いだとか、槌を振るうのに腰が入っていない、だとか愚痴ばっかりではあったが、その辺、あいつは楽しそうに語っていたからな。
案外、彼奴は面倒見がいいんだ。