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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
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―アルムの小道、カズ―

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西の空に浮かぶ三日月から出ずる光は疎らに散った雲に散らされ、なお空を明るく見せる。風も止んだきりりとした寒さは芯を凍えさせるというより、むしろ目を覚まさせるようだ。白い息を吐きながら、赤い顔をして歩くカズ、ここの大工の棟梁の一人。力仕事鍛えられた身体は厚手の毛皮に包まれて。良い案配に小唄など歌ってはいるが足取りはしっかりと。手に握られた炬火は唄に合わせてふらふらと揺れるが、それで消えてしまうような振り方でもない。

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「お…、レンゾの旦那じゃあないか。」

 酔って潰れちまったうちの若ぇの、レブの野郎を家に送り届けた帰り。レンゾの旦那が歩いているのを見つけた。

「おう、カズのおっさんか。」

「何だ。今帰りか。それにしても、湿気た面ぁしてんじゃねぇか。どした!ははは。」

 肩を組んで聞く。酒のノリってぇヤツだな。

「おっさん。酒臭ぇぞ。」

 レンゾの奴はこちらを見て、顔を顰める。

「そらぁ、酒呑んでたからよ。仕方ねぇずら。ははは。しっかし、遅ぇ帰りだな。」

 特に何があったわけじゃあねぇが、今晩は雪で帰れなくなることも無さそうだしよ。こういう時にぐれぇ呑みでもやっとかねぇと、次いつ呑めるかわからねぇしよ。こういう時ぐらいはな。

「あぁ、ちっとな。」

 ん?仕事じゃあねぇのか?何だ?どこぞの娘とでも逢瀬か?あんの気の強そうな姉ちゃん娶って、未だ半年も経たねぇって聞いたがよ。てめぇ、そう艶男ってぇガラじゃあねぇだろうによ。ヤるこたぁヤるってか。

 しかし、そうだとすると、この浮かない様子はよ。アレか?ちっと、罪悪感とかあるってか?若いねぇ。へっへへ。

「おう、おっさん。聞きてぇことがあるんだけどよ。」

「あぁん?何だ?嬶への誤魔化し方か?そら、おめぇよぉ…」

「公都とここでの仕事の違いだな。」

 旦那は遮るように言う。

「あぁ…あ?てめぇ…あぁ、まあいいけどよ。」

 今更、なんでぇのう。何ぞ思うことでもあったっつこんか。

「はっはは。しかしよ。そらまた、長引きそうな話ずら。」

 こらぁ、どうしたもんかね。旦那をいつまでも引き留めておいても、細君に悪いしよ。かと言ってここで、後で、ってんで引くタマでもねぇわな。この兄ちゃん。

 それに…のっぴきならねぇ様子…。

いや。いやいや。顔を覗いてみれば、眼が爛々と輝いていやがる。

 おいおい。これはぁ離してもらえそうにねぇな。こん夜遅くによ。そういうのは、可愛い姉ちゃんだけにして欲しいところだぜ。ほんによ。ったく。


 仕方なしに俺の家でってぇことになった。どうせ、狭い村だ。帰るのには困らないだろう。旦那の家まで遠くもないし、道中は晩でも明かりのついた村広場と領館前を通っていくはずだ。

 息子のラズも旦那の奥への伝言に奔らせた。

 多少は遅くなっても大丈夫だろう。

「で?何の話だ?」


「さっきも言っただろうがよ。ここと公都との仕事の違いだ。」

「仕事ったって、俺は大工仕事しか知らんで。」

「それでいいんだよ。」

 テーレ、嬶が「あいよ」と言いながら、酒と残りモンの肴を用意してくれる。それに、「おう、すまねぇな」と応え、レンゾの方に置かれた椀に酒を注ぐ。

「しかし、仕事の違いね。何もかんも違うとしか言えねぇけどよ。」

「思い付くとこだけで、いいんだ。」

 ふーん。何を考えているかは、わからねぇが悪い傾向じゃあねぇ。これはよ。違いを教えて結果、どうなるかはわからねぇが、知ろうとするってぇのは重要だ。うちの奴らにも見習わせてぇな。

「そうだなぁ…。」

 さて、とは言え難しい質問だな。何たって、言った通り、何もかんも違うからな。

 何から始めたもんか…。

 天井を見つつ、くいと煽る。

 あこの撓み、大分進んでいるな。今度直さねぇと…。

 それは置いておいて、さっきまで呑んでたが…まあ、いいだろう。外の空気に触れて大分醒めた。

「まずは、材が違ぇな。おめぇも見てわかるだろうがよ。」

 …レンゾの兄ちゃんは、少し考えて、ふと思いついたようだ。

 いや、中々気付かねぇもんなんだよな。てめぇの家が何で出来ているかなんてよ。風雨が凌げりゃ、それで良しってぇのが大体の考えだ。増してや、どうやって建てたかなんて気にもしねぇんだよ。

「公都は石と煉瓦…つまりは土か。ここは、石と木…土…。だが、土も石も使い方が違ぇな。」

 煉瓦が土で出来ていることぐらいは知っているみたいだな。

「てぇことはだ。そら、組みも違うずら。」

「なるほどな。」

 左手でずずと椀を啜りつつ、右手でいつも持っている薄汚れた帳面に何やら書きつける。器用な奴だ。でかい図体に似合わず字は細かい。最近、目が遠くなってきた俺には読める気がしねぇな。

「流石に、組みがどうとかは、今説明する気はねぇがよ。」

 ずいっと煽る。嬶が「そんくらいにしとくずら」って言って来たが。それはそれ。

「公都の組みはアルオが多少知っているだろ。まあ、炉の組みとそこまで大きくは変わらねぇ。こっちの組みは、そうだな。まあ、いくらでも見る機会はあるずら。まだ、てめぇのとこでも何軒か進んでる最中だしな。」

 空になった椀をくいと向ける。

 今度は左手で帳面に刻み、右手で酒を注いでくる。

 本当に器用だな。おい。

「後は?」

 ぐいぐい来るぜ。この兄ちゃん。

「そうだな…。木細工なんかはこっちにはほとんどねぇな。棚だ机だなんだはあるがな。代わりにあるのは農具だな。」

「農具?」

「そりゃあそうよ。公都の周りにゃ、畑はないがよ。ここいらは、畑しかないずら?」

「確かに…そうだな。」

「木工ってぇたら大体は大工の仕事だろ?したら、てめぇそこらも俺らの領分よ。そしたらな。ここいらで一番出るものってぇたら農具だろうがよ。鍬に円匙に鎌…。それに、小さいもんは兎も角よ。特に、犂なんかの大きいもんは、俺らの出番ずら。」

「犂ってぇのは?」

「まあ、耕すための道具だな。牛だ馬だに牽かせてるもんだ。そんで土を掘り起こす。人間の手でやるよか余程早く耕せるってぇもんずら。」

 確かに、あの都会でこれまで暮らして来たんだ。知らねぇもんだろうな。

 そう言えば、公都にいた時も、中々説明に苦労したもんだ。同じ田舎出身の奴らと寄ってたかって説明したもんだがな。

「見た方が早いずら。直に春が来る。ついほど、新月も過ぎた。後、二回ほど満月を迎える頃には農家共も準備を始めるだろ。」

「百聞は一見に如かずってぇやつだな。」

「ああ、ほうだ。」

 ずずと左手で椀を啜りながら、また熱心に何か書いてやがる。

 薄汚れているが大分長く使っているのだろう。そう安いもんでもねぇしな。いらなくなったところを何回も削ってもう大分薄くなってやがる。文字の書かれない端の部分と中央では大分厚みも違うな…。

「全部木か?」

「流石に鎌は鉄だけどよ。ここらじゃ青銅も採れねぇしな。高くつく。」

「そりゃ、そうか。だが、鎌は鉄か。他にはあるか?」

「スルキアの方じゃ、他の農具も鉄を張ってるらしいが…。俺も見たことがねぇしな。」

 いや、ソアキの辺りで見たことがあったか。

「テーレ!お前の地元じゃ、農具は鉄を張ってたか?」

 振り向いて縄を編んでいたテーレに声を掛ける。

「なんで。藪から棒に。どうだったずら。村は子供ん頃に出ちまって以来だからね。」

「ん。あんだ女将さんはここの出じゃねぇのか。」

「そうずら。元はソアキの北の辺りの村さね。」

「んじゃ、ここに来る時通ったかもしれねぇな。」

「んーどうずら。少し道からは外れたところにあるでね。」

 テーレは縄を編みながら応える。

「いや。確かに、思い出してみれば鉄の農具はあったかもしれねぇな。納屋だなんだに泊まらせてもらった時に、そんなものを見た覚えもある。暗くて良く見えなかったがよ。それが鉄か木かぐらいは見分けがつく。だが、どこまで鉄でどこから木だったかは思い出せねぇな。」

 机に手を着き、椀を持ったまま考えるレンゾ。それを見つつ俺は干した豆を一粒口に入れる。欲を言えばもう少し塩を効かせて欲しいが、それは贅沢だな。

「いや、それは今は考えても仕方がねぇな。それよりだ。未だ、聞きてぇことあるんだ。」

 そう、レンゾが座り直して言った、その時。

「あんた!さっさと帰るよ!」

 奴さんの奥が扉を開けて叫んだ。遣いに出したラズもこそこそと入って来た。

「げ、アイシャ。」

「げ、じゃないよ。げ、じゃ。」

「おう、それは言葉のアヤってぇもんだ。堪忍しとくれや。」

「げ、に言葉も何も無いってもんだよ。」

 はっはあ。この姉ちゃん、顔だけじゃなくて、気も強いと来たか。

 まあ、こんな旦那にゃ丁度良いかもしれねぇな。

 渋々と立ち上がるレンゾ。特に抵抗する気も無いようだ。

「おう、じゃあ、世話んなったな。おっさん。また、聞かせてくれや。」

「おう、また。」

「女将さんも、また。」

「あいよ。また。」

「ぼんも…面倒掛けたな。」

「へ、へい。」

 レンゾはのっしのっしと出ていく。

「本当に世話んなったね。」

 最後のアイシャってぇたかな、レンゾの奥方が挨拶をして出ていく。


「なんだか。あっちの訛りも久方振りだね。」

 二人が去ってしばらく、寝床に入った頃テーレが言った。

「ああ、そうだな。」

 いや、まあ俺はここのところ雪の無い日はほとんど毎日会ってはいたが…。

 ふむ、しかし、こう新しい仕事ってぇのも確かに久方振りだな…。

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