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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(前編)出立
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―公都アキルネ、衛兵詰所、セブ・トミタ―

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東西と南北に走る大通りの交わる十字路。その北東の角に衛兵の詰所。他と変わらぬ煉瓦造りの三階建て。公家の紋章無くば、それが衛兵の詰所で気付くことは出来ないだろう。幅一尋程度の赤に染められた紋章は屋上階から各階の窓にも掛けられている。このような衛兵の詰所は公都アキルネには20はある。その薄暗い一階。だが、丁度太陽の頃合いが良く、そこまで暗くはない。

艶やかな黒髪の優男、セブ・トミタの前にいるのはレンゾ、アイシャ。先ほど婚姻を決めた二人は、その足で兄貴分のセブへ報告に向かった。

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「え?おめぇら一緒んなるの?」

 レンゾとアイシャが並んでいる。見慣れた顔だが改めて見てみると二人ともあまり人相は良くないし、何だか山賊の頭目夫婦みたいだ。成程、似合っているかと言えば、ま、お似合いってのの範疇だな。

「あい、そうなりやぁした。」

「そうなったよ!」

 えー、あっそう。こりゃあアルミア行きに一人追加だな。タゼイさんに伝えなくては。まあ、一人くらいはいいか。三十人まではイケるって言っていたからな。

「あーそんでアイシャの仕官は、え?どうする?」

「うーん、レンゾは結局お抱え鍛冶師するのか?」

 そういえば、レンゾは鍛冶やってたな。そういうつもりではなく、とりあえず目端の利く使いやすそうな奴らを見繕ったつもりだったんだがよ。だが、待てよ。申し訳無かったがアイシャのことは確かに候補に挙げてなかったな。気楽な男道中考えていたからよ。

「アイシャも他に連れていきたい奴はいるか?男ばっかのところに女一人じゃ、何だろ?」

「あたしゃ、誰が行くか何て知らないからね。誰が行くんだい?」

「モルズ、ロイ、ハンズ、ドロ、オン、テガ、トトン、クリン、ズン、トゲン、テテ、ズブ、テッカ、セッテン、…」

「…じゃあ、カーレ姉、ササン、タヌと、コルエと…、一応ナナイ…、ナナイが来るならメッケと、…」

「ちょっと待て、それは、お前らみたいに、…」

「ああん?どうせセブ兄にはわからんだろう?」

 あーレンゾ、どうしたもんだか。てめぇはそこで、「ほーそうか」なんて顔してんじゃねぇよ。俺の知る限り、タヌが来るなら、ケヘレも来るだろ。アイツ割と妹大好きだからなあ。うーむ。取り合えず、来てほしい奴ら、来てくれそうな奴らを見繕ってみたんだが、思ったより増えそうだな。

 ……

てぇか、アイシャ喋るなぁ。ついでに、レンゾは調度品見てんじゃねぇよ。てめぇのつれあいになる女だろ!?どうにかしろ!つか、それ触んな!分隊長のお気に入りの一品だぞ!

「って!聞いてんのかい?!」

おーほれ、つれあいが怒ってんぞ、レンゾ。

「あー、これはセブ兄に聞いても、しょんないね。イマ姉に聞いて来るしかないね!」

「だってよ、レンゾ」

「いや、この意匠はなかなかやりますぜ。分隊長さんとやらがご執心というのも…。」

「レンゾ!行くよ!セブ兄に言って、イマ姉に言わなかったっちゃあ、どやされる!」

「待て、アイシャ。この飾り刀は中々のもんだ。ようよう見ると、実に装飾と実用をさりげなく兼ねてい…。」

「うるさい!行くよ!」

 あーあれで、何だ、お似合いかもね。

 アイシャはレンゾを引っ張っていった。あの感じだと、イマのところに行くんだろうな。

 そうかあ、イマには確かに未だ何も言って無かったな…。


「セブ…、アイシャに聞いた…。」

 はい、イマさんの御登場でぇ。イマは父方の従妹って聞いていたが、そもそも俺の実の親父が誰なのか良くわからなくなったからよ。イマがそもそも従妹なのかもよくわからない。とりあえず、これまで従妹として接してきたから従妹ってことで良いだろう。

「アネキ!もっともっと!」

 アイシャ、もっと、ってん何だ?

 レンゾは引き続き、分隊長殿の飾り短剣にご執心である。いや、分隊長殿戻って来てんじゃあねぇか。何談笑してるんだよ。あー確かに分隊長殿は親父さんが鍛冶師だったな。意匠は分隊長殿の叔父貴の流派だが、刃はレンゾの流派のように見えるらしい。どこでも、一緒じゃねぇのか?

「セブ…、聞いてる?」

 何だか、よくわからん状態だなあ。なんやら発端のレンゾは分隊長殿と意気投合しているし、そのレンゾの連れてきたアイシャはひたすらイマを何か応援している。イマはあまり喋るのが上手くない。別に意思を通じさせるのにそれほど困らないのだが、アイシャの応援があるせいで逆にわけがわからなくなっている。

「セブはいつも勝手…」

「そうなんだよ!アニキはいつも勝手なんだ!アネキの気持ちも考えず、三年前だって、テゲンに行ったときも!そうだよ!アネキ!そん時のも言ってやらにゃあならんでしょ!」

「そう…、あの時は…」

「そうなんだよ!アニキはあん時!アネキを…!」

 もう、わやくちゃだよ。イマが何か言おうとすると、アイシャがそっから話を広げる。それに対応しようとしてイマが何か言う前にアイシャがまた話を広げる。

「それで、お酒が…」

「そうだよ!酒と言ったら…」

 辛うじてイマが発した言葉からアイシャが話を飛び火させる。そこらは最早火の海。


 んなこたぁはどうでもいい。レンゾはついに副長殿の鎧にまで手を出した。あれ滅多に見せねぇぞ。そもそも、ただの衛兵にあんな立派な甲冑必要無ぇからな。

 副長殿は前線帰りだ。右手、右目を失い、右足も不自由だ。叩き上げの衛兵副長、まあ、今衛兵隊にいるのは一種の事実上の年金付きの退役ってぇやつだな。一代貴族位を出すほどの戦果でもないが、かと言って何も褒賞無しってわけにもいかないモンにはこういう職が充てられることが多い。副長殿はさる貴族のボンボンを守ってきったはったをした結果ここで楽隠居ってわけだ。

 まだ、四十半ばだし現場にいたら鬼軍曹でもやってたろうよ。それが今は没落男爵三男の分隊長殿の補佐で公都の衛兵副長だ。なんやかんやでほとんど平民と変わりない分隊長殿とは気が合うようで何よりだな。

 そういや副長殿の娘さんと分隊長殿との婚儀は、公都出立前に間に合いそうだ。

「いやあ、イイもん見してもらいやした。親方の若い時のを見る機会があるたあ、俺もツイてやす。これで俺も少しは自分の行く筋っちゅうもんが見えやした。」

「おう、ドンテンの弟子にしちゃあ礼儀がなってるな。どうだ?末の娘が未だ嫁ぐ相手がいないんだが。」

「なるほど、レンゾ君が義弟に、それはいいですね。義父さん。」

 全く休み時間じゃぁねぇんだからよ。分隊長殿、職場じゃ一応上司、部下で通してただろ。

「すいやせん。今しがた、その、なんだ…」

「はっきり言いねぇ!このポンコツが!あたしに一緒になろうって先に言ったのはあんただろうが!何を言い澱んでんだい!」

 はい、アイシャあっちに参戦。

 アイシャの踊るような蹴りがレンゾに決まる。あれは仕事の踊り子の動きを生かした動きだ。力はない。喧しいね。姦しいね。女三人寄ればって言うけど、アイツ一人で三人分は固いね。何なら十人分でも余るぐらいだ。

 副長殿は前線帰りの、隻眼、隻腕、額にはデカい刀傷、身体を見てもあちこち傷だらけ、髪も髭も伸びるままに任せた山賊の頭のような風貌、衛兵詰所の狭い入口ぐらいになると少し身をかがめなければ入れないような大男。

 分隊長殿は副長殿と並べると流石に小さいが、「剣は腕力」のその精神通りのこれまた偉丈夫、鍛え上げられた肉体の上には、その出自の通り男爵芋然とした禿げ頭が載っている。

 レンゾもまたまたがっしりとした大男だ。そいつらが、ガハガハと談笑している中に入っていける女はそうそういない。一人は幼馴染と言え、アイシャも胆力があるってぇもんよ。

 

「つまり…わかった…?」

 全く聞いていなかった。声のでかい二人があっちに行ってしまって、イマの声なんざぁかき消されてた。

「イマ姉もまわりくどいなぁ。要はイマ姉もアル…何とか男爵領に連れてけばいいんだろ?」

「レンゾ…正しい…」

 本当に騒がしいな。そうか、イマも来てくれるのか。

 しかし、レンゾはいい加減覚えてくれないか。アルミア子爵領だ。千歩譲って爵位ぐらい正しく覚えておいてくれ…。

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