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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
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―アルム、レンゾとアイシャの長屋の一室、アイシャ―

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雲疎らな十六夜(いざよい)なれば日落ちれど空猶明るい。雪の照り返しもあればこそ。最早、目が慣れれば松明などいらぬかもしれぬ。白い光に満ち満ちた外と比べると、屋内は随分と暗いように思えてしまう。土間に据え付けられた囲炉裏の、その中の炎に照らされた屋内はてらてらと赤い。

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「あら、やっと帰って来たね。」

 レンゾの奴がやっとこさ帰って来たよ。何だか、神妙な顔をしてるね。

「おう、帰った。」

 ふん。何かあったか。もしくは、また何か考え込んでいるか。そんな感じだねぇ。

「汁は大分冷めてしまったからね。適当に囲炉裏に掛けておくれ。そこに降ろしておいたからね。」

 ぱちぱちと囲炉裏の火は燃える。こっ、と音が鳴いて薪が折れる。

「おう。」

 …。

「まぁた、何か考え込んでいるみたいだね。」

 …。

 返事も無いねぇ。

 どっさと座って、いつもの汚い帳面をめくる。鍋を火に掛けようともしない。しょうがないね。

 鍋を囲炉裏の上にある鉤に掛ける。領館の食事場で作ってもらった麦粥だね。あたしら共働きだからね。家のことするモンもいないもんだから、こうやって融通してもらっているわけさね。今度、端女でもやろうかってぇね。タッソの奴が言ってたよ。

 えぇ。えぇ。あたしらも偉くなったもんだね。まさか、家のことを他人にやってもらうような身分になるとはぁね。

「沸けたらね。ちんと食うんだよ。食わないと力出ないからね。それに寒さに負けちまうよ。」

 …。

 相も変わらず、返事も無いね。

 ほんにね。


「どう、思う。」

 あたしが書き物の確認をしていると、レンゾの奴が言う。麦粥は食べ終わったんだろうね。鍋は脇に置いてある。

「何がだい?」

 そらそうだろうよ。付き合いは長いけどさ。何なら一緒にもなっちまったけどさ。そう、何でもかんでも、つぅと言えば、かぁとはね。いかないもんさね。

「んむ。難しい問題、ってぇのよ。」

「あんた。そんな上等な頭してんのかい?」

「てめ、俺だってよぉ…。」

 天井に顔を向け、暫し考え込んでから、レンゾは言う。

「まあ、確かに俺ぁそう賢いもんでもねぇがよ。」

「だろう?」

「だがよぉ。まぁ、聞けや。」

 レンゾは向き直る。

「何をだい?」

 あたしも向き直る。

「どうも、こうもだよ。」

 …。

「てめぇよぉ。なんだよ。考えたことあるかよ。てめぇがよ。まとめってぇ立場をよ。てめぇんとこじゃよ。そうだな。あんの婆ぁだな。何つったかな…。あの、婆さんだ。腰の曲がった。鼻の高い。あんの婆さんを前にしちゃあ、親方もクソガキだった。あの婆さん…。」

「…アイカの姐さんだね。」

「あぁ、そう言ったかな。そうだ。あの婆さんだ。」

「あん人ね。婆さんだなんて言ったら、怒るよ。姐さんとお言い。」

「あぁん?婆さんは婆さんだろうがよ。」

「あんたんとこの親方だって、頭垂れて、姐さんと呼ぶんだ。あんたんとこの親方をクソガキ呼ばわりする姐さんがね。だからね。そら、姐さん、だろうよ。…婆さんだなんて言ったら酷い目に会うからね。そう言うもんだよ。あんたも気を付けなね。あたしだってね。随分と世話ぁなったもんだよ。」

 本当にね。随分と世話になったもんだよ。あまり客も取れない、あたしにね。「あんた、そんに器量良しじゃぁないからね。行くアテないなら、継ぐかい?」とまでね。言ってくれた姐さんだよ。器量良しじゃぁない、ってのは余計だけどね。ほっといて欲しいね。

 まぁね。あたしが身ぃ固めるってね。そんで、公都を発つってね。てめぇ、口では随分と恩知らずだなんだってぇ言われたけどね。最後には「達者でね」ってね。あんの、クソ婆ぁのね。変な笑顔がこべりついてね。

 高々、あそこ発って数ヶ月ってぇとこだのにね。随分と懐かしいと思うもんだね。


「んん…あぁ、まあ…、確かにな。確かに、親方も…。」

 レンゾは少し言い籠り、うつむくが、すぐに顔を上げる。

「いや、今はそれはいいんだよ。そういう話じゃぁ無かったろ?そんで…、アイカの姐さんがどうかしたかい?」

「あぁ、そうだ。そうなんだよ。おめぇのいた酒場での、あの宿屋でのまとめってぇたら、アイカのば…、あぁ姐さんだろうがよ。」

「まあ、そう言ったら…そうだろうけどね。姐さんがまとめだね。」

「まとめってぇたらよ。つまり、まとめをしなきゃあなんねぇだろ。でよ、まとめってぇのは何をやってたんだ?」

「あぁ?…あぁね。そうだねぇ。」

 アイカの姐さんがやってたことねぇ。まとめってぇねぇ…。はてね。そうだねぇ。

 少し考える。


 そうだね。姐さんがやってたことったらね。

 そうだね。客の見定めかね。そらね。基本は娼館だからね。あんま、変なの客呼び込むわけにはいかないからね。表の酒場、宿屋に顔を出すことはあまり無かったがね。奥の間まで来る客、奥の間まで来た客。そういうのんを見定めてね。良い案配に割り振る。それが、主な仕事だったように思うがね。

 でもね。確かにね。他に何をやっていたかと言われてみればねぇ…。

「思えば、難しいもんだね。」

「だろうな。」

 だろうな、じゃあ無いよ。全く。

 でもね。確かにね。あん婆ぁの仕事は…。まぁ、でも…。

「一言で言えば、周旋かもね。人のね。」

 そうさねぇ…。


 てめぇ、そうさね。

 成程ね。

 そういうことかいね。

 あたしら、確かにね。


 公都にいた頃はね。

 そんで、ここに、アルミア子爵領にね。来た後はね。

 そら、端女の一つも付けようってぇ、身分にだね。なったぁ、なっちまったわけさね。

 てめぇの指図一つで人があっちら、こっちら奔る。そんな身分にね。

 こいつぁ、ご苦労なこって、ってぇね。


「まぁよぉ。俺も少しゃ考えてみたんだ。」

「ま、聞こうじゃぁないかい。夜長の時節だしね。」

 こいつぁ、あたしも無関係じゃぁないようだしね。

 あたしは白湯を入れながら言った。

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