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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
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―アルム近郊、精錬場、アルオ―(2)

「まずよ。そうだな。」

 俺は座り直す。


「親方はよ。ここの仕事をどう思っている。」

「どうってぇお前ぇ…。そうだな。俺は鍛冶をやろうとしてよ。小鍛冶だがよ。だが、やろうにも鉄も無ぇしよ。それをどうにかしようと思ってよぉ。ってな、案配としか…。」

 俺が何を聞きたいのか、話したいのか、解らねぇってぇ顔だな。

「まあ、そうだな。そうだろうよ。そうなんだ。そこなんだよ。俺が話したいのは。ドンテンの親方から言伝かったのはよ。」

「あぁ?これに…ここの仕事に、それ以上もそれ以下も無ぇだろうがよ。」

 今度は不服そうな顔だな。えぇ?

「なぁ、レンゾよぉ。ドンテンの親方は何で親方になれたと思う?」

「何だよ?突然話を変えるなよ。」

「いや、そうでも無ぇんだよ。だからな。応えてくれや。ドンテンの親方の言伝なんだからよ。」

「あぁ…。」

「いや、まどろっこしいのはわかる。わかる。わかるからよ。だが、聞いてくれや。俺だってぇな。そう喋くるのは得意じゃあねぇんだ。わかるだろうがよ?」


 ったく勘弁してくれや。レンゾの野郎、上背もあるからな。ちっと、圧が強ぇというかよ。麗し姫君捉えた悪神に挑む勇者様じゃぁねぇんだからよ。こちとら、ただの煉瓦職人でぇ。

 ま、そういう意味では相手が親方で良かったよ。本当によ。「てめぇは、目下の下に着くがいい」ってぇ親父の言葉が沁みるぜ。齢下相手だったら、面倒見てやろうってぇなるがよ。どうにも、上が相手だと萎縮しちまう。そんな情け無ぇ俺の性分を見抜いた言葉だな。

 これが良い案配に働く。そんな、この場所を用意してくれた親父やドンテンの親方、レンゾの親方には感謝しかねぇ。

 だからこそ、これは俺にとって大一番ってぇわけだ。一緒に来たテモイに任せるわけにはいかねぇ。あいつはそういうことをするには若すぎる。


「で、どうだ?ドンテンの親方はどうして親方になれたと思う?あん人ぁ元々流れで婿養子に入ったってぇことは親の跡目に着いたってぇわけじゃねぇのは、あんたも知っているだろう。」

「あぁ…それはな。つーか、腕があったからじゃあねぇのか。鍛冶の腕がよ。それ以外に鍛冶屋を継ぐのに何が必要だってんだ。」

 まあ、そうだろうな。そうなんだ。そう考えるのが普通だろうよ。まあ、俺も奴さんと似たような齢頃の時にはそう考えていた。

「それだけじゃあねぇんだよ。」

「あぁん?鍛冶屋に鍛冶の腕以外の何が必要だってんだ。」

「ドンテンの親方はよ。鍛冶屋だからよ。鍛冶師じゃなくてよ。鍛冶屋の仕事が出来なきゃなんねぇんだよ。それを先代に見込まれたんだよ。」

「鍛冶屋の仕事は鍛冶だろうがよ。何言ってんだ。」

 言葉の内容に比べて語調はそこまで強くない。そう、本当に仕事に関しては熱のある旦那だ。聞いてくれようという気は感じる。

「鍛冶師の仕事は鍛冶だ。だが、鍛冶屋の仕事は鍛冶だけじゃあねぇ。」

「…ああ。」

 わかってくれたかどうかはわからない。だが、続けるしかない。


「鍛冶屋をやるってぇのは、鍛冶で作ったものを売らなけりゃなんねぇ。売って、金を稼がなきゃあなんねぇ。金を稼ぐのは金が欲しいだけじゃあねぇ。家族や徒弟を食わせていかなきゃあなんねぇし、使った鉄の分の払いもしなきゃあなんねぇ。」

「…む。」

 顎を擦りながら考え込む親方。ひひひ。精々考えておくんな。それを促すのが俺の役割なんだからよ。自分の口角が少し持ち上がるのがわかる。

「てめぇの、てめぇらの作ったもんを売るってなったらよ。それだけの手間じゃあないんだな。金勘定出来る奴も必要だし、先方との擦り合わせもやらなきゃなんねぇ。」

 ちっと目をやると、炉の火が弱い。

 鞴一吹き。

 薪の足しは未だいらねぇな。


「勿論、足が出たらいけねぇんだよ。そしたらもう、台無しさ。わかるな。」

 俺は炉の前に屈んだまま続ける。こうも語るのが何だか気恥ずかしいというかよ。俺みたいな半端者がさ。レンゾに語るのは俺の出来なかったことだ。出来なかったからこそ、この齢まで部屋住みをやってきた。ただ煉瓦を作るってぇ腕だって疾うに親父より上手くなってもな。

「いくら、腕があろうと…だ。わかるな?」

 レンゾは未だ黙ったままだ。

「それによ。売るってぇなったら、幾らでも良いモンも作り続けなきゃあなんねぇ。てめぇの技なんか、そのうち知れちまうからよ。」

 炉の中を伺う。割れてしまった煉瓦は無いか。今確かめても、どうにか出来るわけではないがな。だが、次回には活かせる。ここの気候にも慣れてきってない。公都に居たことのように、上手く煉瓦が作れるようになっているわけでない。まだ、幾らでもやりようがある。

「でも、良いモンてのも難しいもんだ。例えばよ。俺は煉瓦が生業だからよ。煉瓦で話すがよ。例えばよ。どんな熱にも耐えられる煉瓦ってぇのを作ってもよ。別に売れるわけじゃあねぇんだな。これが。何でかわかるか?」

 別に答えを待っているわけじゃあねぇから続ける。

「それはよ。そんな熱を人間様の手じゃ起こせねぇからよ。確かにな。そりゃあそうなんだ。囲炉裏に使う煉瓦なんざに比べりゃあよ。鍛冶に使う炉や、硝子作りに使う炉、それらの炉に使う煉瓦を焼き結ぶ炉なんざはよ。随分と高い熱に耐えなきゃあなんねぇよ。だがよ。それに耐えられりゃあ十分なんだ。」

 振り向いてレンゾの顔を見る。未だ、何か考えているような顔。


「わっかるだろ?そうなんだ。いらねぇんだよ。そんなもんな。確かにな。出来たらすげぇよ。だがな。いらねぇんだよな。ははは。」

 全くよお。そんなことも考えねぇでよぉ。しかも、随分と高くついたな。

「そーいうのを考える。それも、親方の仕事ってぇわけだ。」

「それでもよぉ…。それは何時か、役に立つこともあるだろ。」

「その何時かのためによ。身持ちを崩すわけにはいかねぇだろうがよ。その何時かまで、俺らは生きていかなきゃあならねぇんだ。」

「あぁ…あぁ…そうだ。」


 炉の前から立って後ろの椅子に戻る。

「だがよ。そういうのを無駄にしねぇのも親方の仕事だ。どこかで生きるかもしれねぇ。そして、いつもの生業と、そういうもんとの案配を決めるのも、親方の仕事だ。」

 いつか…いつか…。そういうこともあるかもしれない。

「そういうことをやんのが、アンタの仕事さ。ここでのな。」

 ぐっと足に力を入れ、椅子から立ち上がる。

「しかもだ。こいつぁ、てめぇの親方ドンテン、俺の親方、いや親父のソルオのやってきた仕事よりな。よっぽど大きいモンだぜ?なあよ?なんせ、お貴族様の一大事業だ。それの音頭を取るってぇんだ。」


 戸まで歩いていく。

「俺はよ。レンゾ。あんたにゃあ、その自覚を持ってもらいてぇんだ。」

 そして戸を開ける。外はもう暗い。

「まあ、俺の話はそんなもんだ。」

 予備の松明を取って、炉に翳し火を着ける。

「ああ。」

 親方は未だ何か考えている様子。だが、そのまま戸口に向かう。

「すまんな。遅くまで付き合ってもらってよ。ま、こんな話、手下どものいるとこでやるわけにもいかねぇからよ。」

 松明を渡す。

「ああ。」

「あんま考え過ぎて…帰り道、こけてくれるなよ。」

「おう。」

 親方は戸口から出て四五歩行ってから、振り返った。

「まあ、俺もそう考えるのは得意じゃあねぇ。だが、考えてみるわ。」

 そう言って、レンゾは去っていった。やや、粗雑ないつもの歩き方。

 おい、おい。本当に、こけてくれるなよ。




 親方の灯火が森の影に見えなくなる。

 戸口を閉じる。何時までも開けておくと寒ぃからな。ま、この部屋は煉瓦炉っていう、とっておきの暖があるからな。そこまで、寒くはないな。

 どっかと寝台に身を投げる。

「つっかれた~!」

 ふぅー、と息を吐く。

「ったく。俺にこんな仕事させんなよ。田舎で呑気に煉瓦焼くだけの仕事だと思っていたのによぉ。けー、ドンテンの親方も厄介な仕事押し付けるなんてよ。」

 寝台でゴロゴロする。

「あ~、酒呑んで寝よ。娼館行きてぇ~。」

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