―アルム近郊、マヌ村、スーデン―
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当に鄙びた農村を思わせる間取り。土間が九割を占め、明かりは戸口から漏れるばかり。脇には干した草の積まれるの、天井には干した野菜の吊るされるの。人参の幾許か、ずっしりと。竈は平たく積まれたばかりの、煤で黒く染まった石造り。天井からは鉤が幾本か掛けられている。
三本ばかりの薪の燃える囲炉裏端には、古老然とした老爺は慣れた様子で草を編む、籠を編む。
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「爺さん、久しぶりだけぇ。」
「あんだ?ケオの息子か。どうした。」
俺は籠編みから顔を離さず聞く。最近は目も大分悪くなってきて手元も見づらいが、慣れた作業だ。手の感覚があれば、この程度は出来る。ただでさえ、娘婿に養ってもらっているような身だ。出来ることはしなきゃならない。
「おまん、最近新領主様の友達と遊んでばっかで碌に家のこともやらんけぇって、ケオの奴が言ってたぞ。少しは親孝行せんけぇ。」
タキオは最近新領主の友達だかの遊び相手をしているらしい。
どうにも、俺が聞いた話じゃ、新領主様は随分と遊び人のようだな。公都から友達沢山連れてきて、そいつら連れまわしてほっつき歩いているらしい。まあ、先々代がどっかで作ってきた御子らしいからな。血は争えんてぇことずら。
「違うけぇ。遊んでねって。鉄ぅ作ってんじゃんも。」
鉄ねぇ。ここいらの農民の農閑期の仕事の一つだぁな。十、二十年も前にはそんな習慣無かったんだが、ある頃から怪しげな爺が鉱石売りに来るようになった。農閑期の仕事にどうだって。今までやってたように冬に公都やなんざに出稼ぎに出るよりも実入りは少ない。でも地元で家族と過ごしつつ冬を越したい奴らには悪くないと根付いた。
何を考えてんだか、わからんがあの爺ぃ、たんと鉄の作り方まで教えていった。俺は若い頃は街の方で働いていたのもあって、うっすらだが売られる鉱石も出来る鉄もあまりいいもんじゃないことはわかった。だが、あの爺ぃ、それの買取りまでやるから、特に文句を言わなきゃならんこともない。
まあ、俺には関係の無いことだ。
「って、そんなこんじゃね。爺さん、ちっと用があるんだ。」
「何だ。何ぞ足りんくなったけ。だから、てめぇも遊んでばかりいんと、家の手伝いしろって言ったずら。」
うちも蓄えが豊富ってわけじゃないが、こういうのは助け合いだ。あまり大事じゃないといいが。
「話があるってのは、俺だ。タキオは、まあ案内だよ。」
「誰だ。おめぇ。」
見ると、長髪の軽薄そうな男がいる。こいつは、ここのモンじゃないな。つうと、例の新領主様の遊び仲間か。
「申し訳ありませんが、ここには何も面白いものはありませんよ。あしはただの爺ぃですけぇの。」
俺は籠編みに戻る。どうして、わざわざ俺みたいな爺ぃに興味を持ったんだ。他にもいるだろうに。
「取り付く島もねぇな。爺さん話を聞いてくれ。頼みがあるんだ。あんた石工やってたんだろ。」
確かに、俺は若いころ石工だったがよ。何だ、遊びの道具でも作れってのか。俺はもうそんな力仕事出来ないぞ。そもそも、出来なくなったから、こうやって娘婿の家で肩身の狭い思いをしているんだ。
「帰ってくだせぇ。昔のことだけぇ。」
「…おい、爺ぃ。これを見ろ。」
男が俺の目の前に手を持って来る。何なんだ。
俺は男の手を見る。汚い手だ。どうにも、俺もこういう手をしていたことがあったが…。
「あんた…」
「つまり、そういうことだ。爺ぃ、てめぇ耄碌している場合じゃねぇぞ。俺と来い。」
懐かしい手だ。全く。
「でもなぁ、俺はもう見て通り爺ぃだ。石を扱うこと何ざ、てめぇの手じゃ出来ねぇよ。」
「取り敢えず、誰かに教えろ。そんでいい。後はうちの親方が考える。…え、あん人考えるとかすんの?」
男が何やら悩み始めた。
が、こちらに向き直って言う。
「何にせよ。爺さん来てくれるよな。取り敢えず、あんたの技見せてくんな。礼金も多分いいぞ。」
軽い男は言った。その手に似合わない、垢ぬけた、その男は軽い感じで言った。
「出るなら家族に言わなきゃなんねぇ。流石に冬場に爺ぃが一人でいなくなったってなったら死んだと思われるからな。」
「まあ、そうだろうな。何、直に日も暮れる。流石に今出ようってんじゃないさ。」
そうか、もう日も暮れる時間か。やはり、冬は日が短い。
「ところで、爺さん、宿貸してくれねぇか。流石に、この寒さで野宿じゃ凍えちまう。」
男は思い出したように言った。
本当に軽い男だ。
娼婦や傭兵などと並んで石工も最も古い職業の一つと言われるものです。
それが職業として成立としていたかはさておき、少なくともピラミッドが建てられた紀元前4500年頃にはその技術があったわけです。
ここで少し注目しておきたいのは何で石を加工したかという話です。
つまり、青銅で可能であったか、鉄が必要だったか、ということです。
これは「鉄が何時頃から用いられていたか」という点で重要になります。
一部の研究者はピラミッドの石を加工するには絶対に鉄が必要であったと主張したりしますが基本的には青銅でも何とか石を加工することは可能だったようで大勢は当時の鉄の存在に否定的なようです。
一方で、青銅で石を切ると数回で駄目になったという話もあるので、石工にとっても鉄の発明は重要であったのでないかと思います。