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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(前編)出立
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―公都アキルネ、プス通りを歩くレンゾ―

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プス通りがある辺りは公都アキルネでも必ずしも目貫の通りとは言えない。しかし、十分に繁華、いや、少々騒々しい、通りである。数階建ての建物の地階は大体何かしらの店をやっているし、そうでないところは出入口を阻まんばかりに露店が陣取っている。どれも、染めなどはなされておらず、生地のまま。土汚れに薄汚れている黄ばんだ色。そして、それとは対照的な活気。

そんな通りを歩く男。レンゾ、チリ毛、赤髪の大男。浅黒い肌に性根とは違った薄情そうな目付き。彼はそこを機嫌よく歩いていた。

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 アニキはいつも突然だな。次は何をするのかと思っていたら、貴族になるんだと。

 俺も雇ってくれるってんだから、嬉しいじゃないの。えぇ?これで俺もただの下働きから、子爵閣下お抱えの鍛冶師ってわけだ。俺も丁稚から初めて十年ぐらい経つが、そろそろ自分の工房が欲しいと思ってたところよ。どうも、技は親方にゃかなわねぇが、自分の店開いた兄弟子のいくらかには負けてねぇと思うんだ。な?

 だが、こうして自分の店持てる算段もついたんだ。確かに、親方の暖簾分けってんで店開いた兄弟子もいる。だがよ。大体は自分で店を出す。金貯めるなり親の伝手なりで自立する。親ん伝手ってなると、ボンボンだ。大体は馬鹿にされるな。俺も、まあ言ってみれば、伝手だな。だがよ。でも親ん伝手じゃなくて、言ってみれば自分の伝手だ。これは誰にも文句はつけらんめぇ。


 何て考えながら、プス通りを歩いていたら、アイシャに会った。どこでも見る、長い髪を後ろで全部まとめて馬の尾のように垂らした、そんな頭を見つけたと思ったら、見知ったちょっとキツめの、ちょっとそばかすが目立つがそれがどこか婀娜な、そんな顔の幼馴染だった。コイツも俺らと同じ通りの長屋の出だ。俺がアニキの弟分ってなら、こいつは差し詰め妹分てとこだ。今は、酒場で踊り子と給仕しながら、たまに夜の客とったりしながら稼いでいたはずだ。大体どこも酒場の給仕ったら、そういう職業だ。夜の仕事もする。アイシャはあんまりしないみたいだけどな。人気が無くて。会うのは一か月振りぐらいか。そんなことを思ってたら絡んできた。


「なんだい、レンゾじゃないか。久しぶりだね。随分ご機嫌じゃないか。」

 軽く頭の上で手のひらをゆらゆらと揺らしながらやって来やがったアイシャ。諧謔染みた顔付きは何かこっちをからかってやろうってぇつもりか。あぁ?

「おう、俺も自分の店を持てる算段がついたからな。」

 えぇ?何だ、揶揄ってやろうたってそうはぁ、いかねぇってもんよ。

「あぁん?万年金欠のあんたが?稼いだ金、酒と女に消えるあんたが?ついに盗みでもやらからしたかい?いや、そんな頭のあるやつじゃなかったな。アンタが盗めるのは精々が店先の饅頭ぐらいだね。いや、それも挙動不審になっちまうからバレバレ。無理だね。」

 ったく、コイツやたら見下してきやがる。

「うるせぇ!誰が馬鹿だ!いや、たいしてオツムは良くねぇけどよ。アニキからお呼びがかかったんだよ!セブのアニキだ!アニキ実は貴族様の落とし子だったらしくてよ。そんで今度家継ぐって、俺にもお呼びがかかったわけよ。これで俺も子爵様のお抱えだい!」

 ぐいと、腰を追って睨め付けてやる。昔は俺の方が背が低かった気がするが、今じゃ頭一個分俺の方が高い。

「はんっ!怪しいもんだね。詐欺じゃないのかい?まあ、本当だったとして、どうせ行ったってあばら家に飯炊き用の竈だけあるような鍛冶場じゃないのかい?お貴族様ったって色々だからね。あたしゃこれでも仕事柄色んな話は聞くんだよ。店にもいるからね。親は伯爵様だったが、家が貧乏なもんで身体売りに来たってのがね。」

 競り合って、下から睨め付け返して来たアイシャ。顔がぐっと近くなる。

「え?それ、そういう嘘の筋書きで売ってるんじゃなくて、本当にその娘貴族出なんか?どの娘だ。折角だし、今晩当たりにでも…」

 何だか、よぉ。まぁ、何だ。あれで、ちっと話を逸らす。

「しょうもない男だね。本当に貴族出の娘なんておいそれと、この娘貴族の娘なんですー、なんて出せるわけないだろ?そんなことしたら、お上が黙ってないよ。奴ら面子で出来てんだ。いくら落っつぶれてても、同じ貴族が身体売ったなんてことあったら、たまったもんじゃないんだよ。」

 自分の腰に手を付けて、呆れ顔で続けるアイシャ。

「いや、そこを曲げて俺に教えてくんないか。大丈夫だ。そこは他の奴らには黙っておくからさ。いい話が入ったんだ。多少だが支度金もつく。ここは一発パーっとだな。」

 一度始めちまった話。別に興味があるわけでもねぇんだが、勢いで続ける。

「ほんとしょうもない男だね。どうしてこうなったんだか。昔は、アイシャちゃん待ってよ~、だなんてあたしの後ろうろちょろしてたのに。」

 手を肩の辺りでゆらゆらしながら溜息吐きながら言うアイシャ。

「うるせぇ、半年ばっか先に生まれたからって、偉そうにして…」

 頭を掻きながら辛うじて言う。

 どうも、昔からこうだ。こいつにゃ、ある意味で敵わねぇ。本当に生まれた時から一緒にいる気がする。そん頃からドタマ抑えられて来たってぇやつだ。

「うるさいのはどっちだい!?てめぇの筆おろしてやったのは誰だと思ってんだ!?あたしゃびっくりしたよ!?客を部屋で待ってたら、顔出したのは幼馴染だったなんて!姐さん連中大笑いだったよ。しかもたまたま当たったってんじゃねえ。ちゃんと顔見てから選んだってんだ。あたしは顔見せの時、あーレンゾいんなー気まずいなー、なんて思ってたら、まさかの!だよ。」

 そして、一番痛ぇとこ突きやがる。

「いや人違いじゃ…」

「あんたみたいな赤髪のチリッチリの大男、そうそうみないよ!」

「いや、あん時は、ほれ鍛冶屋の親方連中と初めてで…。ほら、上から女選ぶだろ?俺にはもうおめぇ一人しか残って無かったんだよ…」

 本当に、俺ぁあん時なんでアイシャを選んじまったんだろう。

 ありゃ、もう七、八年も前か。俺が丁稚に上がって、二、三回目の春だったから、そんなもんか。親方が、そういう店も知っている必要もあるだろうが、ってぇ近場の工房の若い連中、丁稚の連中連れて娼館ってぇか酒場に繰り出したってぇわけだ。

「はーーー適当言うね!コイツは!全部割れてんだよ!筆おろしだってんで、親方連中が先に選ばせてくれたんだろ!大体、ああいう親方連中ってのは、この手のは自慢話として、しゃあしゃあと喋るからね!こっちには筒抜けだよ!」

 あん頃は俺も若かった、ってぇかガキだった。今じゃ小銭溜まったら娼館へ行くなんざ当たり前みてぇにやっているがよ。当時はガッチガッチに緊張しちまってよ。親方はげらげらと笑っていたな。俺も段々とその気持ちも少しはわかるようになって来た。何か、そういう若い奴らを見るのは楽しいんだよな。

 だが、んなこたぁ、当時の俺が知るわけがあんめぇてぇの。

「いや、えっと…」

「流石に皆の前では、下らねぇ男相手とは言え、恥を言うんは女が廃ると思ってね。長屋の連中で集まった時は忘れた振りをしといてやったが、前々からあんたには言いたいと思っていたんだ!」

 そんで、いざいざ、女を選ぶてぇ段になった。当然、親方の前でな。いや、親方の前ってのより、自分と同年代の上がり立ての丁稚連中の前って方が大きかったかもしれねぇな。

「ぐ、ぬ、ぐ」

「ホントどういうつもりだったんだろうねぇ?幼馴染の身体を買うたぁ。しかも、親方の金で?」

 ガキん頃、若い頃ってぇのは意味の無ぇ自尊心ってぇのがあるからよ。この場合、意味の無ぇ潔癖か。なんてぇか、こう助平に見られるのが嫌ってぇか、不満ってぇか。あん時は見回す余裕も無かったが、一緒に行った丁稚連中も、まあ同じ反応だったてよ。今じゃ、彼奴らと連れ立って娼館行くこともままある。彼奴らと酒を呑めば、何回かに一回あん時の話になる。

「が、ぐ、ぬ。」

「何だい?あたしに気でもあったのかい?困ったねぇ?ほら何か言ったらどうだい?」

「ん、ぐ、ぬうん。

 …

 …。」

 だから、定期的にあん時のことは思い出させられてた。

 俺ぁなんであん時アイシャをわざわざ選んだのか。仲間連中の女の中でも別に美人でもねぇコイツを選んだのか。

「アハハ!いいよ!忘れてやるよ!一頻りからかってやりたかったんだ!まあ、子爵家お抱えはおめでとう、だな。どこの子爵領か知らないけど、公都を離れるんだ。しばらくはお別れだな…。たまには顔を見せろよ。長屋の連中もだんだんいなくなってさみしくなるな。何なら今晩は相手してやろうか?お代はいただくけどな!アハハ。」

 なんだよ。何なんだか。

「わかった。一緒になろう。」

「は?いや、今晩だけ…。そういうアレかい?」

「結婚しよう。アル…ネシア、アリム…ア、アル何とか子爵領まで一緒に行こう。俺はお前に気がある。一緒になろう。」

「は?」

「ダメか?」

「いや…え…?は?」

「頼む。」

「あ…いや…え…別に構わないが…、そのよろしく?」

「わかった。アニキに言ってくる。アル…何とか領にアイシャも行くって。」

「いや、そこは覚えておけよ…。」

「幸せにする。」

「あ、うん。」

 そうして、俺はアニキのいる衛兵詰所に向かった。

 何故か一緒になることになった。アイシャと。俺は気があったのか?もしくは気が触れたのか?何を言ったんだ?俺は。俺の趣味はしとやかで、おとなしくて、深窓の令嬢のような。

 子爵家お抱えとなったら、もしかしたらそんな娘にも手が届くかもしれないと…。アイシャなんて、気は強いし、顔もきついし。

 でも、まあ、そういうことなんだろう。つまり、俺はアイシャに気があったんだろうな。それが何時からかわからねぇが。


 子供のころから見慣れた、そのそばかす顔を見ながら、でもそのそばかすがまた一番と艶っぽいんだよなあ…、なんて思いながら歩いていたらどつかれた。え、お前も一緒にアニキのとこ行くの?あ、え、まあ二人で報告した方が良いのか?あーうん。

 いざ、一緒になろうって言って、そんで…うーん。

 娼館行くのには最早手慣れたが、色恋沙汰ってぇのはまた別だってぇ話だな。この妙な座りの悪さはそういう事だろう。

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