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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
33/139

―アルム近郊、精錬場、モルズ―

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ここしばらくは風も随分緩い。天空の雲は速く流れるが、その数は少ない。ただ、山々の頂上こそは雲に覆われている。溶けたり、積もったりした雪は最早積もる一方。除けた雪は森際に積まれ、既に人の背丈に届きそうだ。あちらこちらで朗々と大工の、大鍛冶の掛け声が聞こえる。

鞣し革の革鎧の上に獣の毛皮をを着た大男が槍を二、三本担いで歩いている。かんじきが雪を踏む音がぎゅむぎゅむと鳴る。

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 精錬場周辺には熱気がただよう。この周辺だけ雪も解けているようだ。俺はかんじきを外す。初めて雪が積もってから、一か月ほど経った。徐々にこれを付けて歩くのにも慣れてきた。

農閑期ということで、手伝う農民も増えている。全部で20、30人はいるそうだ。

 公都から来た煉瓦職人と硝子職人も加わり、作るもの、いや未だ作ろうとするものの段階のようだが、その種類自体も増えている。俺にはどれがどれかはよくわからないが腰丈ほどの土の小山がいくつもあり、鞴で風が送られている。

 炭焼き小屋も作られたようだ。大量の木炭を使うからということで、雪が来る前に急遽建てられていた。そこら中で石を砕いている音もする。

 大工仕事をする音なども聞こえる。少し公都にいた頃が懐かしくなる。あそこでは俺も大工をやっていた。まさか、ここで兵隊になるとはな。この前の盗賊退治以来、セブを頭として調練も続けている。ここまで、盾や槍が手に馴染むことになろうとは。


 多くの人が働く、その中から農夫と何か話しているレンゾを見付けて俺は声をかけた。

 話していた中年の男は軽く会釈して去っていく。

「おう、モルズ兄も手伝いにきてくれたってか。ちょうどいい。今、一人へばっちまったんだ。」

 俺自身がわざわざ兵の務めでレンゾのところまで来たのは理由がある。単純な話だ。レンゾに言うことある程度聞かせられるからだ。

「違う…、兵の務めだ。少し…見てもらいたいものがある。」

「兵の務めだぁ?ああ、兵隊さんの仕事か。なんでぇ。連れねぇなあ。」

 多分他のやつらだったら、ここで押し切られて、日が暮れる直前、いや下手したら日が暮れてもなおここで働かされただろう。最近はここに簡単だが宿泊出来る小屋も建てられたせいで、割と遅くまで作業が出来るようになってしまった。レンゾ自身はアイシャに色々言われるからって、帰ることがほとんどらしいが。


 俺は、この前の盗賊討伐で相手方が持って来た槍を見せた。

「これがなんでぇ。俺にこれを振るえってんか。勘弁だね。」

「違う…そんなわけあるか…これがどこで出来たものだとか、誰が作ったものなのかとか、そういうことがわかるか。」

 レンゾは矯めつ眇めつ槍を見る。

「こりゃあ、皇国の作りじゃねぇな。王国だぁね、こりゃあ。ここの拵えがぁ、ほれ、こう上がっているだろ。ちゃんと見たかあ、モルズ兄。全然違うだろうが。」

 こういう凝ったことにはこいつだって、セブも言っていたしたな。元々俺は大工なんだ。槍の拵えなんてわかるわけないだろうが。しかし、じゃあ俺が、元大工の俺が、人の大工仕事を見て、王国と皇国での微妙な様式の違いなんかを判別出来るかと言ったら別だろう。そう考えたら、レンゾはやはり職人気質である。

「他には?何がわかる。」

「ほんとにちゃんと見てくれよ、兄貴ぃ。ほらここんとこ迷いがあるだろう。どうやら娘の嫁ぎ先に迷っていたみてぇだ。俺はぁ、このよくわからん行商の男より、甥弟子の方を推すね。」

 出てくる情報が広すぎたり、狭すぎたりする。そもそも、何故そんな個人的な悩みがわかるのか。というか、職人同士でそういうことがわかってしまうということは、職人の言いたくない悩みは職人同士ではだだ漏れということになるのだが、こいつらは気にしないのだろうか。

「それが、誰に売られたとかわかるか。」

「うーん、あんまその辺考えてなかったみたいだな。よくわかんんねぇ。まあ、特に思い入れがある相手では無かったんだろうな。取り敢えず、親方から言いつけられた仕事って感じだ。」

 何でそんなことがわかるのかはよくわからないが、取り敢えず、これが王国で作られたものであるっていうだけで、貴重な情報かもしれない。

「わかった。迷惑かけたな。」

 俺が去ろうとすると、レンゾは言った。

「兄貴!折角だから、一発鉱石砕いていかねぇか。ほれ、鬱憤の解消てなもんになるだろう。」

「いらん。帰る。」

「何だよ。連れねぇなあ。」

 確かに、こいつを兵にしなかったセブの方針は合っているようだ。体格は俺と遜色無いし、膂力だけ考えれば人を一刀両断することなど訳なかろうが。

 多分、こいつは自分の力をそんなことに使うのは無駄だと考えるのだろうな。

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