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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
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―アルム近郊、精錬場、レンゾ―

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徐に流れる雲々。下々の懸念も知らずにひょうひょうと。こちらが幾ら伺えど天のそれを知る無し。雲間に光る太陽の明き光の雪に散る、その忌まわしきを解するが、この地に慣れたるその証し。実に実に、その境地に至るには幾年は掛からぬまでも、僅か数週で気付ける由も無し。ただ、白銀の野の神々しきに感を打たれるが精々の。ごすごすとかんじきの雪を推す音が聞こえる。雪を被った常緑の森の間を行く。

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 4日振りに吹雪が止んで、久しぶりに外に出た。まだ、曇り空で多少雪は舞っている。だけど、お天道様もちらりちらりとは見えるし、このぐらいじゃあ休んでいられねぇな。何しろ、てめぇの行く先が見える程度には雪は止んでんだ。

 ズブとササンを引き連れて精錬場に着くと、全く雪に覆われていた。当たり一面雪ってのんは、こういうんだな。正直、雪除けを始めている奴らがいなければ、精錬場だって気付かなっただろうな。


「おう、久しぶりだな。」

 そんなことを一人一人に言いながら進んでいく。かんじき無しで歩ける道は未だそう深くはねぇ。

何人かに「お早うごぜますけ。レンゾ様ぁ。」と声を掛けられる。そいつらに「おう」と答えながら、俺は鍛冶場に向かった。まあ、鍛冶場っても未ぁだ炉は造りかけだがな。アルオの野郎は吹雪の間もここに留まって出来る分だけ煉瓦作りを進めていたってぇはずだ。今日明日で少しは進むといいな。

 鍛冶場にはアルオが松明を灯して、炉の中を見ていた。

「親方ぁ、どうやら雪は入っていねぇみたいだ。カズの奴の羊毛幕のお陰だな。」

 タスクのおっさんがしばらく吹雪になりそうだ、ってんで煙突に羊毛で出来た布を被せておいた。それが役に立ったようだ。炉は湿気を嫌うからな。雪が入ったら、駄目になっちまうとまでは行かねぇが、元に戻すが大変だ。

「煉瓦の炉の方はどうだ?」

「そっちも問題ねぇな。ずっと、火を焚き続けてたからな。そしたら、公都の時も余程土砂降りの時以外は問題無かったってぇもんよ。」

「そうか。」

 確かに野郎のいた煉瓦小屋だけは随分と屋根に積もった雪も少ねぇ。


「後は屋根の雪を下してだな。少しは下さねぇと、火入れた時にどうなるかわからねぇからな。そっちは農夫どもの何人かにやらせている。」

 あぁ、確かにな。ここに来るまでに梯子で屋根に上っている奴らもいたな。

「そうか、怪我ねぇように伝えておけ。」

「そんなら奴らの方が心得ているだろうよ。この雪も奴らにとっちゃ生まれて以来のモンだろうしな。」

「それもそうだな。」

 俺は鍛冶場の道具やなんかを一通り確認した後、鍛冶場や煉瓦小屋はアルオに任せて外に出た。


「ズブ、どうだ。」

 精錬炉の周り、つまり、この精錬場の一番奥だな。そこで、突っ立っているズブに声を掛ける。てめぇ、突っ立ってねぇで、少しでも雪を除けろ。

「これぁ、見事なもんだなぁ。そう思わねぇかぁ?兄ぃ。」

 まず、ズブの野郎に拳固を食らわせる。

「いってぇなぁ。兄ぃ。」

 ズブは頭を擦り擦り言う。

「言ってねぇで、雪ぃ除けろ。仕事にならんだろうがよ。」

「おう、そうは言ってもよ。道具がよぉ。もう、無ぇんだ。まさかよぉ、手で掻くわけにはいかねぇしよ。」

「あぁん?戸板でも何でも持って来いや。」

「そいつらも空っけつでさ。連中も何やかんや、てめぇらの納屋から持って来てくれてるがよ。」

 ズブは炉に背を向ける。

「足りねぇもんはぁ、足りねぇんだ。仕方無かろうもんよ。」

 すっと、タキオんガキがひょっと出て来た。

「ほいと。ズブの兄ぃの分の円匙ずら。ゴズの叔父貴が帰るっつこんで、一個置いてってくれたずら。」

「てんめ、タキオ!あと、ちっとでってぇとこで。」

 ズブはタキオに拳固を食らわせる。

「馬鹿はてめぇだ。ズブ。」

 俺はズブに拳固を食らわせる。

 こん野郎、隙がありゃあ、ズルしようとしやがる。

「「ってぇなぁ兄ぃ。」」

 ズブは俺を、タキオはズブの野郎を見る。

「なぁに声揃えて言ってんだ。てめぇら。呆れて、モノも言えねぇぜ。おい。」

「いやぁ、親方。モノぉ言ってんずら。」

 ごつ、とやる。

「はっはは。ざまぁねぇな。タキオ。口は禍いの元ってぇやつだ。ははは。」

 ズブは腹を抱えて笑う。

「笑ってねぇで、てめぇはさっさと雪除けに入れ!」

 襟を引っ掴んでズブの阿保を雪に投げ込む。頭から突っ込むズブ。

「あははは。」

 笑ってるタキオの野郎も同じように雪に投げ込んでやる。

「炉が出るまで、てめぇら今日は居残りだ。覚悟しとけ。」

 起き上がったズブはタキオのケツに雪を突っ込んでやがる。あん野郎ら、ガキか。ったく。


 俺はタキオの持ってきた円匙を取って、雪の掘り返しを始めた。

 三つに二つは未だ遊んでいる馬鹿野郎どもに投げつけておいた。

お気づきの方もいるかと思いますがこの小説では極力、カタカナ言葉を使わないようにしています。

これは外来語の入って来る前という状況を造ってみたかったからです。

しかし、そうすると思ってもいないところで苦労することがあります。

今回出て来た「円匙」、つまりスコップなどが一つの例です。

円匙ということば明らかに明治以降に訳されて出て来た言葉です。

ということは日本には明治以前にスコップというものが無かったわけです。

意外な道具が実は日本に無かったということに気付かされる一方で、おそらく日本にはあるが海外には無い当たり前に思っている道具が多々あるのでしょう。

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