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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
30/139

―アルム、領館、家人寮、ササン―

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風でがたがたと木窓が揺れる。外は叩きつけるような吹雪。外ですら日の光も碌に届かない。増してや、ただでさえ締め切った屋内をや。夜は明けたとて僅かに赤く揺れる燈火の他、明かりがあろうはずもない。

干し藁と羊毛の布団から癖毛の若い女が起き上がる。がたがたとなる木窓と未だ暗い屋内を見回して溜息を吐く。寝台から降りて、いそいそと靴を履く。

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 今日も吹雪が酷い。多分、精錬場での仕事は無しだ。

もう2日も吹雪が続いている。アルミア子爵領の冬がここまでだとは思ってもいなかった。吹雪ってのがここまでだとも思ってもいなかった。雪が吹き荒れて1歩2歩先も見えない、そんなことがあるなんて思わなかった。

 ズブは今日も仕事が無しだとわかると、毛布にくるまって寝てしまった。私は目が覚めてしまったから、居間まで下りて来た。


「あれ、ササンちゃん。おはようございます。今日も酷いですねー。これでは、精錬場どころか、領館にすらたどり着けるかわかりません。」

 居間には、ミネ姉ぇだけいた。外は暗くて、今どのぐらいの時刻なのかわからない。それでも、部屋や廊下には蝋燭が灯されている。ちょっとは贅沢だとは思うが、これが無いと昼でも手許さえ見えない暗闇になってしまう。

「囲炉裏に薬缶が焚べてあります。暖かいお湯ですよ。朝ご飯の前にどうですか。」

 ここの居間では膝丈ぐらいの石で囲われたところで火を焚いている。冬になって、暖かさを得るにはこれしかない。夜は明かりになるし、こういう吹雪続きで外の光が得られない時も重宝する。本当は部屋ごとに欲しいけど、それは贅沢かな?

「…もらう。」

 蝋燭の残り方を見ると、どうやら、朝ご飯よりは前の時間だったみたいだ。って言うことはズブを起こす時間としては少し早かったかもしれない。ズブは大体何人か朝ご飯を食べ終わったぐらいに起きる。最近は私もそれに慣れてしまった。そう考えると今日私が目覚めた時刻はいつもより早いのかもしれない。

 私はお湯を薬缶から湯呑にそそぐ。湯呑には雑に「ササン」と傷付けられている。別に、誰がどの湯呑を使おうが、どうでも良いが、自分の名前が書かれているとなったら、それを使うしかない。

「皆さん、起きて来ないですね。外も暗いですし、この有様では皆さん今日も休みでしょうからね。」

ミネ姉ぇはそう言うとお湯をすする。

「うん…」

 私もお湯をすすった。未だ熱いから、ほんの少しだけ。

「やっぱり、こう吹雪が続くと、やる気も無くなりますよねえ。」

「うん…」

 しばらく、沈黙が続いた。ミネ姉ぇは私の湯呑を見ているような気がする。何だか、気になって、少し熱いけど頑張って飲み干した。私は…やっぱりミネ姉ぇは苦手だ。

「ササンちゃん、私のこと苦手ですよね?」

 ミネ姉ぇは私が思っていたことを言い当てる。

「うふふ、うふふ、図星でしょう。ふふ。」

 ミネ姉ぇは嬉しそうに言う。普通、人に苦手だ、なんて思われて嬉しがる人がいるだろうか。

「あはは、そう睨まないで下さい。食べちゃいたくなります。」

 何なんだ。この人は。

 公都にいた時から、ミネ姉ぇはアイシャ姉ぇと仲が良かった。どうして、アイシャ姉ぇはこんな得体の知れない人と仲良く出来るのか。

「さっき、ササンちゃんが飲んだお湯ですけどね。少し、仕込んじゃいました。そろそろ、効いて来る頃ですかね。うふふふ。」

 !…

「そう、段々身体が熱くなって来ませんか?何だか、芯から…」

 そう言えば、少しただのお湯なのににおいがったような…!味も、今思えば少ししびれるような…。色までは、暗くて良く見えなかった…!身体も飲んだ瞬間少し暖かくなった…。

 私は何とか吐き出そうとする。確か、喉の奥に指を入れれば…。

「あはは、落ち着いて下さい。少し、生姜を入れてみただけです。こう寒い日は生姜湯がいいですよね。うふふ。」

 本当に何なんだ。この人は…。


 私がミネ姉ぇにしてやられていると、タヌが起きて来た。

「おはよー。うーん、ミネ姉ぇとササンだけかぁ…」

 いくら、ここに、今は女だけだからって、そうだらしない恰好で来るのは止めて欲しい。寝巻も少しはだけて、その…見えそうな…。

「タヌ…その…恰好…」

「うーん…ササンは相変わらずだね。ズブも物好きだねぇ…。」

 何なんだ。ズブが今何が関係がある。

「ところで、タヌちゃん。お湯を沸かしてあります。朝ご飯前にどうですか?身体が温まりますよ?うふふ。」

 ミネ姉ぇがこちらは一瞬見ながら、タヌにお湯を勧める。

「うーん?あぁ、ミネ姉ぇ、ありがと。じゃあ、いただきます。って、ササン何?そんな、薬缶見て?どうしたってのさ。」

 タヌがお湯を湯呑に入れる。それを口に運ぶ。

「あー、あっつっつ。もう少し冷ましてからだねぇ。」

 私はタヌの湯呑から目が離せない。

「ちょっと、ササン。何をそんなに見ているんだい?飲みにくいったらありゃしないよ。本当に、全く。」

 だって、それは…もしかしたら…。

「そんなに湯呑が気になるかい?…あぁ、もしかしたら、私、ズブのを…、そんな、ササンも未通女じゃあ、あるまいし…いや、もしかして…。あれ、これはメッケ姉ぇのだね。そんな、これがメッケ姉ぇの名前が書いてあるからってぇ、なんだい?もう…。」

そう言って、タヌはお湯を飲む、飲んでしまった。

「うふふ、ササンちゃん、そんな慌てなくて大丈夫ですよ。あはは。」

 ミネ姉ぇは私の耳元で囁く。

「なんだい?内緒話かい?もう。」

 ミネ姉ぇはにんまりしながら言う。

「あのね、タヌちゃん、そのお湯にはね…」


 結局、ミネ姉ぇは起きてくる皆に対して、毎回同じことをやった。でも結局騙されたのは、私とタヌだけだった。

 ああ、でも結局、ズブは未だ起きて来ない。

どうしても前近代の欧州の暖房として思い付くのは暖炉ですが発明は遅く12世紀頃。

ある程度、普及し始めたのは18世紀とかなり遅いです。

その前に使われていたのは日本の囲炉裏のようなものだったそうですが、どのような形態であったか調べられていません。

囲炉裏は火の熱で直接室内を暖めるのに対して、暖炉は輻射熱が暖房のミソであるという点で、一つのブレークスルーがあります。

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