―公都アキルネ、衛兵詰所、貴賓応接間にて、タゼイ・ファラン―
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貴賓応接室とは言うものの、石造りそのままで装飾もさしてない。採光も狭い窓があるのみで全体的に暗い。だが、盛夏のこと。影の出来るは悪いことばかりではない。中央には応接室というべきか、尋問室というべきか、迷うばかりの質素な木の机と木の椅子があるのみである。そこに向い合せに二人の男が座っていた。一人は白髪の目立つ老紳士然とした、豊かな顎鬚を蓄えた、そして眼光の鋭い。一人は細身だが筋肉の着いた、優男ではあるが、その眼には強い意思が宿っている。
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セブ・トミタは、戸惑っているようだ。
そも、彼は市井に生まれ、一衛兵の息子として育てられたと聞く。顔を知らない父は盗賊征伐にて流れ矢にて死んだと伝えられたとのこと。母も前の流行り病で逝った。三年前の話であるらしい。己一つの身となった。まさか自分が貴種の流れを汲むものとは思ってもみなかっただろう。
「ツレが、いる、ます」
彼の拙い身分意識からも、この相手に対しては敬語を使わねばならぬことを感じているのだろう。成程、私は三等騎士位拝すに対して彼は無冠の身。しかし、さりとて、生まれてこのかた敬語というもの自体はあまり会得しておらなんだようだ。結果として、不自然な物言いとなっている。
「そうでしょう。あぁ、私に敬語の必要はありません。」
一拍おいて私は続ける。
「彼らの仕官は叶わぬものではありません。零落したとてアルミア子爵家、数人の家人を雇えぬほど、余裕が無いわけではありませぬ。」
味方乏しい未知の地に赴くにあたって、「連れて行きたい」と思う人間、「着いて来てくれるだろう」と思う人間は数人はいくらかいるようだ。僥倖、僥倖。
「八、いや十人」
彼はそう人数を言ってみせた。
私は少し考え、
「問題は無いでしょう。」
と答えた。
「あぁ、いや…、変わるかもしれない…な。」
「成程、個々に事情もありましょう。一人でもアルミア領に来てくれるだけでもありがたいのです。」
何せ、田舎だ。人を雇い入れるのも、そう簡単なことではない。
「いや、あー、いや、そうだな。もう少し増えるかもしれねぇ。」
「…、三十人まででしょうか。」
セブ・トミタは、「流石にそんなには連れていくつもりはない」という顔付きだ。
「まず、声をかけてみる。」
セブ・トミタは立ち上がり、衛兵隊分隊長に少し外してよいかを聞きにいった。
「つまり、お受けいただけるということで?」
彼の背に確認の声を掛ける。
「爺さん、困っているみたいだしな。」
そういうと、セブ・トミタは部屋を出て行った。
我らがアルミア子爵家は先の東の王国との戦いにてその嫡子を失なった。さらに折悪しく当主も持病が悪化。故人となった。東征に当主ではなく嫡子が赴いたのも当主が病に臥せっていたためであるのである。他から見れば不幸なことであったに違い無い。アルミア子爵家夫人は嫡子出産の際に亡くなっていた。当主は後妻を娶らず、一人息子に期待を懸けていた。子爵は自身の父親、先代当主のような(貴族の火遊びというには些か奔放な)女遊びを嫌っており、一人の女性に生涯を捧げることとしたのである。したがって、アルミア子爵家は継嗣に欠けることとなった。
慌てたのは我ら家人たちである。セルシア皇家は開朝以降増え続ける貴族を減らすことに躍起であった。貴族には国から年金が支払われるため、これが国庫を圧迫していると言う。継嗣がいないことは廃絶とするには良い理由であった。しかし、その貴族に雇われていた家人たちとしては、これは是非とも避けたい事態である。子爵位ともなれば、国からの年金給付の騎士の叙爵の権限を持つ。最下位の五等騎士まで含めれば、アルミア家で叙爵可能なのは二十弱と言ったところ。爵位は一代限りであるが、代々半ば世襲のように騎士爵を受け、それで食っている家もいくらかあった。
いや…。私の家はある意味で、アルミア子爵家では、その筆頭格であるとも言えるだろう。我が家、ファラン家はアルミア子爵の叙爵可能な最高位である三等騎士を代々叙爵されてきたのだ。譜代の臣として、家令を担う一家として代々領を支えて来た自負はあるものの、受けてきた恩恵もそれなりのもの。
単に利害だけでなく、代々取り立ててくれていた子爵家に私はそれなりに忠誠心もあった。勿論、言うまでもなく、皇国から払われる貴族年金も捨てるに惜しいものである。ともあれ、忠誠心にせよ利己心にせよ、「この家を断絶させるわけにはいかない」と、考えるには十分な理由がある。
幸いにして、物議を醸すことにかけては右に出るものはいなかったとされる先代当主にはいくらかの庶子がいた。既に壮年に至るものから、先の戦争で亡くなった、先代から見て孫にあたる嫡子と同年代の若者までいた。うち何人か見張らせ継ぐに足るものを絞った。チンピラのような人間や極端に身体の弱い者などは外した。
セブ・トミタ。これで三人目だ。
一人目は才ある若者であったが、既に商家を営んでおり、子爵位にも興味が無いようであった。商家などやっていれば、ある程度貴族家の経営状況はわかる。あの通りなら、十分に子爵家など継ぐよりも、商いを続けた方が家産を築けることに気付くのは難くない。惜しかったが致し方あるまい。
二人目は実際に話してみると、あまりに下卑た人間であったので候補から外した。持ちかけた際いきなり妾の話など始めたのだ。今回の件は確かに方々で子をなした、先代の逞しい性欲で、お家断絶を免れかけているわけである。しかし、先代当主は我々家人たちにも評判が悪く、そのような人間を受け入れたいとは思えなかった。少々自前勝手ではあるが、この青年には亡き者となってもらった。
その中での三人目だ。まだ候補はいるが、いくら先代当主が、その方面で奔放であったとは言え、無限に候補がいるわけではない。可能なら、ここで決めたいところであった。
どうやらこいつは当たりのようだ。
主君足るにはつき従う者の数も重要だ。この感じだと、ぱっと考えただけで、少なくとも四、五人は付き従う度量はあるのだろう。何も何十何百と、というわけではない。むしろ、さして規模の大きくない子爵領から見れば数人はちょうど良い。先の、嫡子の無くなった戦で家臣団も大分その数を減らしていることを考えれば渡りに船ともいえる。
条件が揃ったら、すぐに立ったのも悪くない。田舎領主と雖も決断力があるに越したことはない。毎年、やれ鉄砲水だ、飢饉だ、と何かしらの問題は起こるのだ。それに対して直ぐに対応を出せる決断力は必要なのだ。
簡素な窓から外を眺める。我々の領とは比べるべくもない殷賑たる有様。暗い室内に慣れた目には映るその光景は少々眩しい。
しかし…、思えば、主君の資質を吟味するなどと、不敬であるな、と私は心中で独り言ちた。
大体ここから本編で鍛冶やなんかは第7部分ぐらいから出て来ます。