表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
29/139

―アルム近郊、精錬場、テガ―

-----------------------------------------------

昼ではあるが薄暗い。雪はしんしんと降り積もるが風は凪ぎ。穏やかなものである。木造の壁無しの屋根掛け作業場。大振りな煉瓦焼きの炉は吹き口を残して覆うため鍛冶の炉よりは火の明るさは小さい。しかし、熱気は十分である。テガは着込んでいた上着の前を少し緩める。炉の無い石分け場で働く彼は、炉の近くで働く他の者たちに比べると厚着だ。

-----------------------------------------------


「アルオさん、ちょっといいか。」

 俺はアルオさんのところに来ていた。アルオさんは公都から来た煉瓦職人だ。ソルオ親方の次男だ。工房は長男が継ぐことはもう大分前に決まっていたが、40近いのに部屋住みでやっていた。弟弟子も大分独立しているが、それも大して気にせず日々煉瓦を造る、という生活をしていたらしい。

 ソルオ親方曰く、腕は確かだが、あまり上に立って仕事するのは苦手、とのことだ。弟弟子の面倒なんかを見るのはいいのだが、自分で仕事を取って来て、それを回すっていうようなことは出来ないだろうとも。それで、ソルオ親方はここの話を聞いた時めっけもんだ、と思ったらしい。ここでの上下ってことになると、結局レンゾの兄貴が親方ってことになって、仕事は黙っていても回って来る。

「あんだい。テガの兄貴。」

 炉の世話をしていたアルオさんはこちらに顔を向ける。

 俺の方が10個以上年齢は下だが、アルオさんは俺を、テガの兄貴、と呼ぶ。職人界隈では、先にそこの職に就いた方が兄で後から来た方が弟ってのは知っていたが、どうにも勘弁して欲しいものだ。何回か言ったが直らなかったので、俺は諦めた。

「聞きたいことがあってな。煉瓦ってのは砂を固めるだろ。あれのやり方ってのを知りたくてな。」

「ああ、俺らは焼き結ぶって言うがな。まあ、教えるのは構わねぇけどよ。何に使うんだ。」

 アルオさんは立ち上がる。こちらの話が少し長くなりそうだと思ったらしい。

「ゴロン、しばらく炉を頼む。」

と、手伝いに来ていた農夫に炉を頼んで、椅子を二人分持って来た。俺とアルオさんの分か。そうすると、一緒に来たジャコの分は無い。ジャコはそんなことも気にせず、そこらを興味深そうに見て回っていた。いや、アルオさんはそれを見て取って椅子を用意しなかったんだな。

 ここは炉があるお陰で大分暖かい。火に焚べる前の煉瓦を乾かすために屋根もあるから、雪もかからない。焼き結んだ煉瓦はそのまま積まれているが、未だのものは木で作った枠に収められている。通気を良くするためか、煉瓦同士は2個分ぐらい開けられて、等間隔に並べられている。

「鉄鉱石をよ。焼き固めたいんだ。」

「鉱石で煉瓦を造るのか?確かに弁柄色の洒落たもんが出来るかもしれねぇがよ。」

アルオさんは怪訝な顔をする。

「鉱石はな、どうにも混ざり物が多かったりするからな。一度砕いて、その混ざり物を選り分けるんだ。こん時は細かく砕けるだけ砕いた方がいい。選り分けの手間を考えなければな。」

「そういうもんか。」

「俺も誰かに習ったことがあるわけじゃないから、どこでもそうかは知らないけどな。ここでは、そういうもんだ。」

 これが、正しいやり方なのかはよくわからないが、少なくとも今はそうするしかない。

「それでな。砕き過ぎると、炉を吹いた時に舞っちまうんだ。」

「それで、砕いたもの焼き結んでから炉に入れたいってわけか。」

「話が早いな。その通りだ。」

 アルオさんは「うーん」と言ってしばらく考えた後、

「まぁ、実物見てみんと何とも言えないがな。まあ、付いて来てくれ。そっちもどうやって煉瓦を造るか、ざっとでも見ておいた方がわかりやすいだろうがよ。」

 そう言うと、アルオさんは立ち上がった。俺は、ジャコに「行くぞ」とだけ声を掛けてアルオさんの後を追った。


 とは言え、そう長い距離を移動するわけではない。

 さっきまでいた建屋の隣の建屋に移動しただけだ。

「煉瓦を造るってのはな、ああやって灰や石灰や何やを混ぜて、一度固める。」

 ここの建屋の隣では泥をかき混ぜてたり、木枠で形を整えたりしている者たちがいる。半分は手作業だ。泥をこね回したりするのは木の棒でやっていたりするが、木枠に押し込むのなんかは手でやっている。この寒いのに泥を手作業で扱うのは辛かろう。

「泥の砂粒は小さければ小さいほどいい。煉瓦にしにくい種類の砂もあるが、鉄鉱石なら大丈夫だろ。実際に、色付けに入れたりすることはあるからな。」

あぁ、赤い煉瓦か。確かに見たことがあるな。あれは鉄鉱石だったのか。

「問題があるとすれば、接ぎだろうな。灰や石灰何かが入るが、それは鉄を造るのに問題にはならないのか?」

「やってみないとわからないな。そこは。俺らもそこは調整しながらだ。」

石灰質の石は鉱石にも混ざっていることはある。大きな問題にはならないだろう。

「そうかい。まあ、あんまり大量に造るってんなら、親方に人や部材を回してもらわねぇいけぇがな。ちまちまやるってんなら、何をどんだけ混ぜるかってのを把握している奴だけよこしてくれればいい。後は鉄鉱石だなんだは、そっちで用意してくれ。」

「助かる。」

「まあ、この辺は持ちつ持たれつだからよ。」


 まずは一歩かな。思ったより、ことはとんとん拍子に進んだ。まだまだ、考えなければならないことはあるが、それは一度やってみてからだろう。鉄鉱石を焼き結ぶってのが、普通にやることなのか、そうでないのか、そんなこと俺は知りはしない。そもそも、違うのかどうかすらわからない。

結局はやってみるしかない。偶然上手く行ったり、上手く行かなかったり、するのかもしれないが、どのみち考えたってわかりはしない。

 幸い、10日も経たず、結果は出てくる。それであれば、何かしらのやりようもあるだろう。

石灰はカルシウムを含みます。これが鉄の精錬に役割を果たしたりします。

カルシウムは金糞をサラッサラにする効能があります。

還元された溶鉄と、還元されず残ったシリコン酸化物が主成分で液状の金糞とは比重によって分かれます。

これが現代に用いられる製鉄法である高炉法のミソの一つです。

なので、あまり金糞が粘度が高いと上手く分かれないので効率が悪くなります。

もっとも、彼らがやっているのは炉の温度が低く溶鉄を得られないので石灰の効果のほどは疑問が残る状況にありますが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ