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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
28/139

―アルム近郊、精錬場、ズブ―(2)

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朝には日覗くこともあったが、徐々に雲が空を覆ってきた。最早、日がどこにいるのかもわからない。気付けば、ふわっと粉雪が舞うこともある。だが未々、鉋、鋸の音は聞こえてくる。暗くなった各々頭巾を被って、炉を囲む男ども。

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 タキオがカズのおっさんを連れてきた。カズのおっさんは大工だ。何でも若い時、公都で十年ほど修行してから、ここに戻ったってのことだ。ただ、それも、もう15年も前の話ってことだがな。

 今はここで小屋建てたりなんだりに来てる。セブ兄ぃから降って来た金で雇った地元の大工だ。まとめて払いだから、小屋以外も色々小物も造ってくれる。

「そんでよ。雪が炉に入らねぇようによ。屋根を拵えて欲しいんだがよ。あと、この辺りに煉瓦を置きてぇ。炉に使う煉瓦は湿気を嫌うからな。その分の屋根も欲しいんだがよ。どれほどで出来る。」

 簡単なもんなら俺らでも大工仕事は出来るがよ。雪に耐えようって造りにしようとしたら、大工に頼むしかねぇ。

「簡単に言ってくれるがな。こっちも立て込んでんだよな。親方さんに急かされてる仕事もあるしよ。」

「そこを何とかしてくれ。俺らも手伝うからよ。」

「わかったよ。言ってみただけだ。給金は貰っているからな。その分は働くさ。ただ、立て込んでいるってのも、本当でな。そうだな…明後日なら何とかならぁな。明後日中には取り掛かれる。」

「そうか。助かる。」

「後は建てるもんの細かい詰めだがよ。今からで大丈夫か。」

「あぁ、問題ねぇ。」

「よし、じゃあ若いの一人連れてくるわ。少し待ってろ。」

 そう言ってカズのおっさんは悠々と歩いていった。

 中々思い付いても、すぐには出来ねぇなあ。今日明日出来ることも考えておかねぇと。


「そんで、実際どんなもんが欲しいんだ。」

 カズのおっさんが連れてきた若いのは、確かおっさんの次男坊だったかな。最近、急に人が増えたから中々憶えきれねぇ。

「あぁ、まずは煉瓦置き場の方から行くかな。こっちのが簡単だからな。」

 まあ、簡単かどうかは俺にはわからねぇんだが、アルオのとこでも一回造っているようなもんだから、簡単な部類だろ。

「煉瓦をよ。ここの炉を造るのに使うんだがよ。一々、アルオのとこから運んでちゃあキリってもんがねぇと思ってよ。そんで、こっちも置いておける場所が欲しいんだ。量は向こうより少ねぇからよ。」

「大体何個ぐらいだ?」

「俺らの手付きの分は今300個ほどだな。取り敢えず、これが収まればいい。アルオの煉瓦造りが軌道になったら増えるかもしれねぇが。そん時はそん時また頼むわ。」

「そうかい。うーん…そんなら、手間はそんな変わらないから、もうちっと大きいの建てておいた方がいいな。てめぇらの仕事道具も置けるようにしておいた方がいいだろ。」

「あぁ、それは助かるな。」

「そうだな。高さは天井が背丈で支えなきゃいいってぇとこだろ。」

物を仕舞うだけなら、高さはそんないらねぇが重い煉瓦なんざを入れるんだ。屈まなきゃ入れねぇような造りにすると腰をいわしそうだ。背丈はあった方が良いだろう。

「広さはそうだな…建てる場所決めてるか?地に描いた方がわかりやすいだろ。」


 俺達は小屋を建てる場所を決めることにした。

「まあ、この辺だな。こっち側に口を開いた形かねぇ。」

 俺は小屋を建てようとする場所に立って、開口側を手で示した。場所は俺らが炉を造っている広場の一番手前の端の森側の場所だ。炭焼き小屋の横ってなもんだ。外から持ってくるものを奥に置く意味は無いからな。後は出来るだけ炉を建てることの出来る場所に等分の距離ってのいい案配だろうな。

「そうだな。じゃあ、よっと、縦に大股で2歩、そんで横に同じく大股で5歩ってとこでどうだ。こんなもんだ。」

 カズのおっさんは実際に歩きながら地に大きさを書く。

「十分だ。」

「壁はどうするよ。煉瓦置いておくだけなら、いらねぇか?」

「取り敢えず屋根があれば急ぎはしねぇけどよ。雪があまり入り込むと良くねぇからな。3面は欲しいな。」

「開けんのは道側だな?」

「そうだな。」

「そうか。わかった。おい、ラズ。決まったこと順に書いておけよ。」

「へい。」

 あぁ、次男坊の名前はラズだったか。ラズは木の板に筆で書いていく。紙を使わないなら、安上がりだな。木っ端は大工なら幾らでも持っているだろうし。

「後は、柱は四隅と、真ん中2本だろうな。」

 カズのおっさんはまた地に柱を立てる位置を描いた。

「この幅だと、屋根は片流れだな。森側に流す。問題ねぇな?」

「ああ、問題ねぇ。タスクのおっさん、タキオ、他に何かあっか?」

 タスクのおっさんは横に首を振る。

「なあ、カズのおっさん長さ測んのあんな適当でいいんけ?」

「ははは。」

 カズのおっさんは笑う。

「馬鹿野郎。タキオ、おめぇ、大工の歩幅ってぇのは正確なんだよ。」

「おう、兄ちゃん詳しいじゃないか。」

「あぁ、兄貴分に元大工がいてな。教えてもらったよ。まずは歩幅や手尺でものを正確に測れるようにってのも修行なんだろ。」

「そうだ、そうだ。俺も若い時は公都で修行しててよ。大分叩き込まれたよ。兄ちゃんの兄貴分ってのとも同門かもしんねぇな。どこの親方だ?」

「確か、ギーオの親方って言ったかな。あーでも確かモルズ兄ぃが弟子入りしてから代替わりしたって言ってたな。確か先代は…」

「ヴォウの親方か?」

「あー確かそんな名前だった気がするな。」

「じゃあ、兄ちゃんの兄貴分ってのは俺の甥弟子ってわけだ。その兄貴分ってのは今は?元大工って言ったな。」

「あぁ、ここで兵隊やってるよ。」

「なんだい。そうかい。まあ、ギーオの兄貴たちの近況なんかも、また聞きたいからな。よろしく、言っておいてくれ。」

「あぁ、わかった。伝えとくよ。」

モルズ兄ぃも最近忙しそうだしなぁ。まあ、近況を伝えるぐらいの暇はあるかな。

「位置決めに、軽く杭打っておいていいか?」

 カズのおっさんが聞いてくる。

「あぁ、問題無い。」

「そうか。ラズ、杭。」

「へい。」

 杭はそのために持って来たんだな。ただの場所決めだから、そんな深くは打たない。

「じゃあ、こっちはこんなもんだな。後は、炉に屋根が欲しいって言ってたな。まあ、その炉ってのを見せてくれ。」

「ああ、あれだ。」

 俺らは炉の方に歩いていく。

「へぇ、これで鉄が作れるとはな。」

「ああ、そうだ。だがよ。こう雪が詰まっちまっちゃあ具合が悪いってんだ。屋根でも作れねぇかと思ってよ。」

「屋根ってのは、そうだな、こんなもんの高さでいいのか?」

 カズのおっさんは煙突出口から手のひら一つ分くらいの高さに手をやる。

「うーん、どかせるように作れるならいいけどよ。基本的にはそこからある程度火を噴くからよ。多分、それじゃあ燃えちまうな。」

「そうかぁ。そんなら、火はどんくらいまで吹き上がるんだ?」

「炉の造りにや鞴の吹き方にもよるからなぁ。高い時は俺の背丈ぐらいかね。」

「ってなると2階の高さほどじゃないが、念を見てそんくらい必要だぁな。兄ちゃん、急いでやっても1月半、今の俺らの忙しさを考えたら4月はかかるぜ。」

「春が来ちまうじゃあねぇか。」

「そうだな。春が来れば、3月で行けるかもしれないが、この季節はな。何日かに1回ぐらいは大風の日があるからな。建てかけが倒れないようにやらなければならんから、それを見込んで4月だな。」

「流石に4月待てる状況じゃあねぇなぁ。」

 春までにそれなりの鉄を作れってぇ話だからな。どうしたもんかなぁ。

「なあ、ズブ兄ぃなあ。」

 タキオが何か言ってくる。

「炉ぉをな。焚きっぱなしにすればいいけぇな。」

 まるで名案を思い付いたかのように偉そうに腕を組んで言う。

「おめぇ、その番誰がすんだよ。」

「おいらとタスク叔父貴で交代だけ。」

「タキオ、おまんな…」

 タスクのおっさんが顔に片手をやり溜息を付く。

「おめぇ、それじゃあ昼間仕事にならねぇじゃねぇか。」

「タキオおまんなぁ。それ、吹雪の日もやるんけ?」

 タキオは「うっ」とか言って固まってしまった。

「まあ、そんくらいにしといてやれな。」

 カズのおっさんが宥めてくる。

「そうだな。俺らがよ。外の木材濡らさないようにするためのな、羊の毛で作った覆い布をいくつか持っているからよ。それでどうだ。火を落とした後掛けておくんだ。固定には杭を打つ。」

「いいのかよ。羊毛とか高いんじゃねぇのか。」

「ここらは北の遊牧民とも割合付き合いがあるからよ。公都で手に入れるより大分安いぜ。奴らは羊の毛で天幕を張って家にするんだ。ここじゃ伝手でな、そういうのの使い古しなんかも手に入る。水にも雪にも強いから一時しのぎには十分だろ。」

「すまんな。助かる。」

「まあ、俺らもそれなりに金も貰っているしな。あんたらが来なけりゃ、こうまで繁盛しなかったろうしよ。」

 確かに、大分金をばらまいているみたいだからな。少しは儲けを出さないとならねぇなぁ。こりゃ。

「もちろん、火には弱いから気を付けてくれよ。確かに公都よりは断然安いとは言ったが、手に入る量は限られているからな。」

「ああ、わかった。」

「おう、じゃあ明後日だな。小屋は3日もあったら出来るだろ。炉の周りに建屋を造るかは、まあゆっくり考えておいてくれ。」

 そう言うとカズのおっさんは去っていった。


 いやあ、しかしやってみると何でも時間ってのが掛かるなあ。俺ぁよ。どうにも舐めてたな。屋根だけだってよ。造るにはぁ、3日も掛かる。そんでよ。2階の高さってぇなったりするとよ。3月も4月もかかるってよ。何かよ、いい案思い着いても一朝一夕にゃあ行かねぇってぇことだな。

 俺らぁやってる炉にしたってよ。ほんの少し高さを変えるたってよ。それで1日かかるんだ。造るのに1日だ。実際何回か鉄を作ってみねぇと、それがいいのか悪いのかもわからねぇからな。結果が出るのは早くて3日だってな。

 それにしたってよ。上手くいったにしろ、下手を打ったにしろ、実はぁ、あれは、羽口の大きさだったのか、炉の径が少し違ったのか、炭の量だったか、鞴の吹き方一つ一つだったか、お天道様の照り具合だったか、朝の寝床でのササンの機嫌だったか、気になり始めたらキリってぇもんがねぇんだ。

 そいつらがよ、ピタッと合ってよ、そんでよ、たまたま上手く行ったってんならよ、えぇ俺らにどうしろってんだい?あん?

ズブの元々造っていた「穴を掘って…」という炉はボール炉などと呼ばれるものです。

これは鉄の歴史の初期からあるものです。一方で、未開地方では19世紀までは少なくとも使われていたようです。

これに対して欧州では8世紀頃から背の高い塊鉄炉と呼ばれるものが現れます。

これが徐々に現代でも使われる高炉に変化していくわけです。

ただし、厳密には「徐々に」という言葉を使ってよいのか、実際は難しいところです。

古い製鉄法は大体の場合、鉄を固体のまま得るのに対して、高炉などの新しい製鉄法は鉄を一度融かします。

では、どちらかしかないかと言われれば、炉の中で両方が起こることは当然あり得るわけで、厳密な定義は難しかろうというのが私の所感です。

ちなみにたたらでは、一度溶かして得た鉄はそのままでは固く脆い銑で、炉内で融けず残ったものを鉧と言います。後者は玉鋼とも呼ばれたりします。

同じたたらでも銑と鉧のどちらが主であったかは地方にも依るらしいですし、どちらもそれぞれ使用したということもあるらしいです。

そう考えると、やはりどの種類の炉がどの時代でどうこうというのは画一的に議論するのは難しいように思います。

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