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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
27/139

―アルム近郊、精錬場、ズブ―(1)

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幾ら冬の日の低いを以てしても、晴れた日の雪の照り返しは強い。ただの広場であったであった、ここ精錬場には随分と人が多い。本格的に農閑期と入った農民達が安い日当もしくは税の一種である二十日労働で手伝いに来ているのだ。ぎーこぎーこと鋸の引く音。とんてんかんと木槌の打つ音。しゃっー、しゃっーと鉋の削る音。本格的に雪に閉ざされる前に、まず建屋だけでもと急ぎで建築が始まっている。ともすれば、精錬炉から上がる火。今日が初操業の炭焼き小屋からも、もうもうと煙が上がり始めている。

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 ここ、アルミア子爵領がこの冬初めてっつう雪に覆われて10日ほど経った。このまま、完全に雪に閉ざされてちまうのかと思ったら、そんなことはねぇらしい。最初に降った雪は昼過ぎには半分融けた。その後、また晩に積もったり、一日降り続く日があったり、また融けたり、そんなが続いたけどな。

 昨日の晩は結構降ったみたいだが、今は晴れている。こういう日は雪が眩しい。

 未だ、かんじきで歩くのは慣れねぇし、ほとんど毎日やる雪除けもしんどいが、まあぼちぼちやっていくしかねぇわな。

「おし、こんなもんだろ。そんじゃあ、作業に移るか。」

 一通り雪除けを終えるとレンゾ兄ぃは言った。それぞの作業に三々五々散っていく。


 ここも職種が増えたからな。硝子職人のジーゲンや煉瓦職人のアルオも来た。近くの村で樵と炭焼きを稼業にしているテッポウってのも連れてきた。部屋住みの三男坊だったから、丁度良かった。

 そんで、そん中で俺とテガの大体の役割分担としては、俺が炉を造って、テガが鉱石の()り分けだなんだってことになっている。レンゾ兄ぃは両方に口を出すが、今は鍛冶用の炉造りに一番時間を割いているな。だから、アルオの奴のとこにいることが多い。

 ササンは出納(すいとう)なんざの記録全体が仕事だが、最近は何人か読み書きできる奴を着けてもらって分担している。ササンの下には、テガの妻になるコッコも着いている。そこらのただの農民の娘で読み書きが出来るなんて、珍しいなって思っていたら、母方の祖父さんが村長だってんだ。領都であるアルムも村から近いし手習いに通っていた時期もあったらしい。


 さて、俺の炉造りの面子だ。主要なとこは、俺とタスクのおっさんとタキオだな。こいつらは、雪で来れねぇ日以外は毎日来てくれる。後は、来たり来なかったりだな。家や村の仕事もあるから、仕方あんめぇ。

 で、そんな連中と俺が今やっているのは、何回も使える炉を造るってとこだ。


 今まで俺らがやっていたのは、まず、穴を掘ってってやり方だ。

 穴を掘って、まず土を乾かすために、火を一日焚く。地が乾いたら、そこに鉱石と炭を放り込む。そんで石を積んで上手いこと屋根を造ってやる。羽口と煙突造ってな。隙間が無いように土を入れたりなんだり、また一晩か二晩乾かす。

 乾いたらやっとこさ、火入れだ。

 火を入れた後は鞴を吹き続ける。長けりゃ三日三晩。

 そんで鉄が出来るってぇわけだ。

 しかし、このやり方だと、どうやっても出来た鉄を取り出すにゃあ、炉を壊すしかねぇ。それに、じきに金糞で穴が埋まっちまうからな。炭や石を足すことも儘ならねぇのよ。

 炉造りにだって時間がかかる。これをどうにか短くならなぇかな、ってぇよ。

 

「はー、しかしどうすっかねぇ。これ。」

 俺達が今囲んでいる炉の形ってのは、まあ言ってみれば単純な筒型の炉だな。高さはへそぐらいだ。下に羽口だけ開けている。要は煙突しかないような形ってわけさ。そんで俺らは煙突炉なんて読んでいる。これはタキオの案だ。

 前までやってた炉だと屋根みたいに上を覆っちまうが、これが手間でな。石積みだって、素人の俺らがやったら何個かに一個は崩れるしな。

 アルオの作る煉瓦もあって、この煙突炉なら毎回大体同じ形で造ることが出来る。だから、火の加減もやりやすくなるだろうってなもんだ。

 そんで、この煙突の出口の部分から炭や鉱石を投げ入れて、出来た鉄や金糞を羽口から取り出すことが出来るってぇわけだ。まあ、タキオの奴はそこまで考えていたわけじゃなくて、しんどい石積みをやりたくなかっただけみたいだがな。


 タスクのおっさんが煙突炉の中に手を突っ込みながら言う。

「かなり雪が中に入ってるずら。これは乾かすのにも時間かかりますけぇ。」

 しかし、雪には参っちまったってぇわけだ。この煙突炉の最初の試作から3日目の今日久々にがっつり雪が降りやがった。ここ2,3日は晴れていたんだがよ。そんで気を抜いていたら、中まで雪が入っちまったってぇわけだ。

「これ、火ぃ入れれば融けるんずらか。」

 タキオが間抜けを言いやがる。

「てめぇ、この状態で火ぃ入れたら、炉が割れるぞ。」

 これまでも散々やったってぇんだよな。炉の中の水気が多いと、煉瓦や土が水を吸っちまって、それが沸騰して割れる。ゆーっくりやれば行けるかもしれねぇが、この雪の量じゃあゆっくりやってちゃあ火の方が消えちまう。

「これは遠火で暖めるか、春を待つしかないかもしれませんけぇの。」

 タスクのおっさんの言うことも最もだが、そうそう悠長にやってられねぇな。

「これは造り直した方が早いかもしれねぇなぁ。」

 とは言え、アルオの奴が作る煉瓦もまだ本格稼働って感じじゃぁねぇからな。煉瓦用の炉を造るための煉瓦を作っている最中だ。作れる量もそこまで多くねぇ。こっちに回してもらっている分は未だ幾らか残りがあるが、あまり無駄遣いは出来ねぇ状況だ。


「ちっ、仕方ねぇ。造り直すかね。」

 タスクのおっさんは仕方無いという顔をしているが、タキオは露骨に嫌そうな顔しやがった。結果、タキオはおっさんから拳固もらっていた。そう言えば、タキオはおっさんの奥さん方の甥だって言ってな。ってことは身内か。まあ、そんな大きくもない村だし、何代か遡れば大体皆親戚なんだろうけどな。

「後は雪対策だな。タキオ、カズのおっさん呼んで来てくれるか。」

「へぇーい。」

 タキオは気の抜けるような返事をしつつ、小走りで去っていく。

「いや、ほんにすまんずら。うちの甥が…。」

「タスクのおっさんが謝ることじゃねぇよ。それに、まあ慣れたしな。」

 全く仕方のねぇガキだ。

「そんでよ。タスクのおっさんは何人か集めてよ。うちで持ってる煉瓦100ほどここに…いや、うーん。」

「何ぞ、ありましたけぇ?」

「いや、よぉ。おっさん、今晩雪降るかわかるか。」

 タスクのおっさんは空を見ながら言う。

「わからんけども、この調子じゃあ今晩と言わず、午後から来ますけぇの。多分、2、3日はこんなもんずら。」

 そうかぁ。炉を造るにしても、煉瓦も乾いているに越したことは無いからなぁ。

金糞というのは現代の用語で言うとこのスラグです。

鉄鉱石が鉄鉱石である所以は酸化鉄を含んでいることですが、その他にも色々含んでいます。

多いのは地殻存在度の高いシリコン酸化物で、その他にマグネシウム、カルシウムなど色々なものを含んでいます。

酸化鉄を還元した後に出て来るこれらの酸化物が金糞、スラグです。

つまり、金(鉄)を得た後の糞のようなものということです。

これらを捨てる場所であったのか、たたらが盛んだった滋賀県などに金糞という地名が残っていたりします。

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