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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(後編)冬の仕事
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―アルミア子爵領の冬―

 アルミア子爵領は北方の山間にあることもあり、冬は雪に閉ざされる。

 まず、山々が冠雪する。その時期を見て領民たちは大体麓まで積もるのがいつ頃かを推測する。大体基準があって、特に特徴的な相貌を持つ山地を遠望し、冠雪が確認された頃に大体何をしていなければならないか、というのが長年の経験によって定まっている。それに基づいて山の名前が名づけられたりする。曰く、麦刈山だとか、薪割り岳とか。それだけでなく万年雪湛える山脈の山々の雪の残り方は一年通じて農民の日月の基準となっている。

 麓まで積もるまでの最後の基準となるのは、雪呼峠と呼ばれる箇所である。北に聳えるバースレイ山脈の数少ない馬で越えることの出来る峠である。そこまで雪が見えたら、村々まで積もるのに1週間も無い。


 今年、アルミア子爵領が雪に包まれたのは、レンゾらが公都から帰還してから5日後であった。少々ぎりぎりの帰還であったと言えるだろう。タッソなぞは雪呼峠に雪がかかっても未だ帰って来ない彼らにやきもきしたものである。

公都から来た彼らのおおよそにとって初めての雪である。厳密にはこれまでもアルミア子爵領で薄く積もるのを見ることはあったが、本格的に積もったのは初めてであった。今回は、一晩で脛丈程度まで積もった。

 「おぉう」としか言えない者や、何も考えず新雪に飛び込む者、いい大人と言えるだろう年齢の彼らが、まるで子供のようだった。近所の子供たちの雪合戦に加わるものもいた。ここに来てからというもの一応冷静を務めていたセブもつい新雪の上を転げまわってしまった。幸い、領館に勤める幾人かに見られただけであった。

 セブは今日は領館も軍も最低限を残して、休みにすることにした。

「最近、張り詰めることもあったしな。」

 本当は人通りのあるところは雪を除けるといった仕事もしなければならないのだが、まあ一日ぐらい、と彼は思った。


 一方、レンゾは弟分たちを連れて精錬場へ向かう。日が昇るや否や飛び出して、朝餉まで目一杯遊んだ彼に隙はない。ただし、一番槍は領館住み込み夫婦のフスクとコシャの九つになる息子コスクに取られた。レンゾは腹立ち紛れに「てめぇ、この野郎」と、彼を肩まで雪に埋めてやった。コスクはきゃっきゃと喜んでいた。

 レンゾに嫌々連れて来られたズブは言う。

「レンゾ兄ぃ、今日は休みにしようぜ。他の奴らも休みだってよ。俺もよう、遊びたいんだ。初めての雪だぜ?」

 ズブは朝餉ぎりぎりに起きるのが常だ。周りは雪だなんだと騒いでいたが、彼が覚醒するのは大体精錬場に向かって歩き始めた頃だ。今日はレンゾに呼びに来られて初めて外に出て、初めて雪を見た。

「ズブは自業自得だ。」

 ササンがいつもの不機嫌そうな顔を崩さず指摘する。


 彼らが一先ず精錬場と名付けた、森を切り開いただけの広場は前に比べて大分広くなっている。前は針葉樹林の中に不意に開けた広場に小屋があるだけであった。今では、大分切り開き未だおちこちに切株など残っているものの、小さな村ほどの広さはある。冬になる前に急ぎで建てられた丸太小屋なども2棟ほどはある。突然の吹雪に見舞われることもあるアルミア子爵領ではすぐそこに避難出来る場所があることは通いで働きに来る人間を受け入れるのに必須のものであった。

 レンゾらが精錬場に着くと、もう人が集まっていた。流石にレンゾらは雪道に慣れていないし、いつもより少し時間がかかった。しかし、手伝いの農夫たちは子供の頃から、ここで暮らしているから慣れっこだ。大体は手伝いの農夫たちなので、直接自分の家から来るのもあり、領館のある辺りからは近かったのもある。少し家が遠い者たちもいるが、元々近場の家に宿を借りていた。

手伝いの彼らは雪を除けていた。何とか、昨日まで使っていた炉が見えるようになっていた。

テガがレンゾを見つけると言う。

「いやあ、積もったな。雪道ってのは歩くのが大変だな。」

 今は義実家から通うテガは既に着いていた。テガはあまりこういう時、はしゃがない質だ。それは、彼らにもわかっているので驚かない。

「すまねぇな。ここまでの道も雪除けしてぇところだが、流石に手は回らんな。もっと積もることもあるって言うし、何か考えなけりゃなんねぇな。」

 レンゾは顎を擦りつつ言う。

「あしらはそういう時はかんじき使いますけぇ。後で、コッコに持って来させやしょうか。」

 タスクが言う、かんじきとは木を輪のようにして足が雪に沈まぬようにする道具だ。

「いいのか、おっさん。いくらだ?」

「金はいらんけぇ、もうたくさんもらっとるきに。」

 手伝いの農夫にも金が渡されていた。いくら領主とは言えただ働きさせるのをセブが案じたためだ。ただ、そういうことをする領主は少ない。ただし、あまり、与えすぎるのも良くないと、タッソが調整した。その結果、公都で彼らが元々貰っていら日当から見ると雀の涙となった。しかし、元々現金収入のほぼ無い彼ら農民にとっては大金には違い無かった。

「悪りぃな、タスクのおっさん助からぁ。」

 礼を言った後、レンゾは辺りを見回す。

「しかし、こんなだとはな。これは雪の対策も考えつつやらにゃあならねぇな。」

「骨が折れるなぁ。」

 ズブが情けない声を出す。

「タスクのおっさん、これだけ降るのは何日に一度だ。」

「いやぁ、何日に一度だなんて、大体七日に二日ぐらいは晴れますけぇ。」

 タスクは少し考えながら言う。冬は大体の日は雪が降るぐらいの感覚しかない彼にとって難しい問題だった。そもそも数字自体あまり使わない。精錬場で手伝いをするようになってからと、それまでの彼の人生で言えば、前者の方が数字というものを使っている。

「降る日の方が多いのか。」

 レンゾは顔をしかめて言う。

「そですけぇ。こればっかりは。」

 タスクは恐縮する。体躯もしっかりして背も高いレンゾが顔を顰めると一農民のタスクには中々慣れないものだ。平民か、貧民よりの育ちのレンゾでも、アルミア子爵領の農民よりかは、レンゾら公都の彼らは栄養状態の良い子供時代を送った。アルミア子爵領に中々ここまでの体格の人間はいない。

「まずは雪対策だな。」

 レンゾは言うと、自身も雪除けに加わった。

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