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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(前編)出立
25/139

―アルム近郊、森を切り開いた広場、タッソ―

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山際からこっそりと満月が顔を出す。タッソ・ファランを炬火持ち、最近切り開いた広場に至る。入口付近にぽつねんとある丸太小屋。小窓からはふらふらと揺らめく火の翳が見える。雑に均された道を足元に気を配りながら進む。周り込めば、まだ戸口も建てられていない、がらんどうの間口。そこで、火を焚く男こそレンゾ。ふいと、タッソを見やる。

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「お前に…お前らに…友が死んだ、殺された俺の気持ちがわかるか…」

 そう低い声が聞こえる。

「レンゾさん、私とて友人を戦いで喪ったことはあります。」

 私は言い聞かせるように言う。言ってしまった。

 レンゾさんから反応はない。


「先の戦争のことは少しは聞いているでしょう。セベル様が当主となる、少し前、セベル様が当主となった所以の戦争です。」

 レンゾさんからの言葉は未だない。聞いてくれる気持ちはあるようだ。この人はちょっと癖があるが、別に悪い人ではない。情で訴えれば、わかってくれる人ではあると…。そう私は判断している。

「…私も詳しい状況は知りませんが、王国と戦がありました。王国とは度々戦がありますから、まあ、いつもことだろうと、私も思っていました。戦に出ればどうしても死人は出ます。でも、それは、どんなに多くても精々が10人に1人程度。ほとんどの場合は、200人行っても、一人二人、はたまた全員五体満足で帰ってくる。」


 どうせ表情は見えない。ただ、火に目を向ける。松明の予備もあることを横目で見て、私は持ってきたものを焚火に入れてしまう。

「弱小子爵領の小勢、そうそう重要な位置に着かされるはずもありません。」

焚火はぱちぱちと音を立てる。こうも寒くなってくると、虫の音も聞こえない。いつもうるさいレンゾさんが黙っている以上、聞こえるのは焚火の音と私の声だけであった。


「だから、私は気楽に友の出陣を、送り出しました。そもそも彼らが帰ってこないことなど知らずに。」

 何人か、友の、かつて友でった者どもの顔が少し思い出される。


「私の家はアルミア子爵譜代の臣です。当然、アルミア子爵領の有力者の子供たちと交流がありました。大体は、軍人の家です。アルミア子爵領のような、小さい領では、そこまで多くの役人は必要としていませんでしたし、王国との戦が絶えない状況にある皇国では定期的に戦がありましたから。ある程度の士官を養う必要があったわけです。」

 私は続ける。

「兎角、10人に8人は軍人の家で、まあ軍人と言っても半農ですが、そんな中で子供たちの中で私は育ちました。軍人と言っても、そう半分は農民で、まあ村長格ではあるでしょうが…それは今はどうでもよいでしょう。」


 本当にどうでもいいことだ、そもそも、こんなことをレンゾさんに話して何になるというんだろう。

いや、そう。情けで動く人が相手であれば、情けで訴えればよい。それだけだ。

「私の言いたいことは、私の幼馴染たちはいずれ戦場に立つ身であったわけです。戦場に立つと言っても、大体は後方で糧秣を運ぶだとか、夜警に立つだけだとか、そんなことをして、実際には戦いもせずに領地に帰る。そんなふうになるはずでした。」

 そうなるはずであった。正直、私もこれに関して、未だ、そうなるはずであった、という思いが捨てきれない。そう、まるで夢でも見ているように、そうならなかった今を、何か地に足をつけていないような。

 特に、セベル様が来て、この数ヶ月。急にことが動き出したように思う。

 良い方向に向かっている。そう信じているが未だ実感もない。


「うちは、一応はアキルネ公爵様の庇護下にありますし、アキルネ公爵様直卒の旗下は精強を鳴らしていますから、アルミア子爵領の人たちは、八割が農民のアルミア子爵領軍は、後詰にすらならない。精々が砦の、それも皇都側奥の砦の見張り番で。女房、子供に会えないのは寂しいが、これもまあお勤め、ってな感じで終わるのが、昔からの通例でした。」


「でも、今回は違った。王国側がどう考えたのか、そもそも皇国側自体が何を考えていたのか、すらも把握もしていないので、結局、どうしてそうなったのかはわかりません。」


 相変わらず、焚火はぱちぱちと音を立てている。さっきから私はレンゾさんの顔も見ず、燃える薪を見ている。時に薪は燃えて、炭となって、割れて、その姿勢を変える。でも、私が今これのみに注視して以来、未だ姿勢を変えるに至っていない。


「でも、突然敵は押し寄せたようです。」

 薪の一つが折れて、少し音が変わった。これらも、まるで意思を持つかのようだ。


「濁流のように押し寄せた敵は、アルミア子爵軍を容易に取り囲んだようです。そもそも、戦いの場に立っているなんて意識の少なかった、アルミア子爵領軍にとって、一溜りも無かったでしょう。数で見れば、7割以上が命を落としたようです。酷いものですね。こちらに戦う意思がどの程度あったものか。」


 結果として。

「そして多くが死にました。」


「領主館で働く年代として、私と近い年代の人たちが少ないと思ったことはありませんか。」

「すまん。わからん。」

 レンゾさんの声色は固い。普段は色々とアレな人だが、全く空気が読めないわけではない。

 確かに、都会生まれの平民の彼に、田舎貴族の事情なんてわかるはずもないだろう。


「大体、子爵領譜代の臣はおよそ分家合わせて30家です。うち内政に携わるのは、18家。当主子弟合わせて、50人ぐらいは働いていました。」


 ……


「うち、20人程度は戦に行きました。大体若い順からですね。戦場は遠いですから。あまり年老いた人たちに行かせるのも悪い。でも、後方支援として経営に携わる人間が必要。結果として、私と縁深い、どちらかというと内政に携わる者が多く行ったわけです。」


 ……


「でも、一人も帰ってきませんでした。」


 ……


「己を守る手段も儘ならない人たちですから、別に軍事に携わる人たちでは無かったのですから。周りを取り囲まれて、戦う術も知らず、かと言って己の職務を放棄するわけにはいかない。」


 ……


「加えて、軍人家にも私の知己は少なくはありませんでした。別に言いたいわけではないですが、私の幼馴染たちは今回の戦で半分にいかないまでも、十人は逝きました。」


 ……


「別に、恨み言が言いたいわけではないです。むしろ、そんな状況だったからこそ、セベル様が連れてきてくれた、あなたたちには感謝しています。」


 この人たちがいなかったら、もしかしたら私は。賑やかな彼らは、それでいて有能な彼らは、私の救いになったのは間違いない。

 幼い時より、子爵家を支える陪臣家の一人として、育てられた。でも、将来助け合うはずだった人たちは多く死んだ。でも、今、助けてくれる人たちが来た。

 彼らは、彼らの中で、彼らの仲があるから、そこに私が入ることが出来るわけではないが、しかし、何か、深いとは言えない、いやしかし浅いとも言えない、彼らの繋がりを見ると、私の失った何かを思い出すようで、心に少し暖かい何かが生まれた。彼ら、彼らの仲を断絶してしまわないように、私は少しでも助けることだ出来れば、と思っていた。


 まだ、焚火は消えない。薪を足すほどでもない。別に私が足すこともなく、レンゾさんが足してくれる。


「飲め。」

 レンゾさんが、酒を向けてきた。

「俺のことは、レンゾでいい。とにかく飲め。」

 この人は都会育ちなのに、うちの領の村長さんみたいな、そんなところがある。酒を一緒に飲めば、兄弟だ。みたいな。

 私はその盃をあおった。



 私は生まれて初めて酒で吐いた。ものすごく気持ち悪い。レンゾさん、…、レンゾは大笑いしている。さっきまで怒鳴っていて、私が話し始めると神妙にして、今は馬鹿笑いしている。

「俺のことがレンゾ、ならアイシャもアイシャでいい。ついでに、テガ、ズブ、ついでに、ササンもササンでいいだろ。取り敢えず、飲め。」

 吐いている人間に酒を勧める奴があるか、普通。

 確かに、こいつにわざわざ、さん、付けてやる必要もない気がした。


 その日、私は初めて酒で吐いて、初めて気付いたら朝になっていた。初めての二日酔いだった。

 もう雪の降ろうという季節に何をやっているんだ私は。

 領主館から、ゼンゴとアイシャさん、アイシャ、いやレンゾが許可したからって、それでいいのか、おいといて、その二人が来た。昨日私が帰らなかったから、心配してきたみたいだ。

 レンゾはアイシャに蹴られている。

 いつもの光景だ。

「あー、アイシャさ、…アイシャ…まあ、レンゾも参っているから…」

アイシャは少しきょとんとした顔をした後、少し笑った。笑ったままレンゾの頭を再度蹴り飛ばした。

 ゼンゴも少し表情が柔らかい。もしかしたら、心配をかけていたのかもしれない。私もまだまだだな。


 レンゾ達の友人のハンズさん、ドロさんが死んだ。私の友人達も死んだ。

 でも、私達は未だ生きている。


 焚火は既にに落ちていた。冬であり、そうであれば、酒を飲んで、適当に寝ていたわけだ。寒気がするのは、風邪を引いているか、単純に寒いのか、それともこれは二日酔いの症状の一つなのか。どのみち、体調を崩しているわけにはいかない。朝ご飯はきちんと食べなければならないな。

 なんて、そんなことを思った。

大体一区切りです。

次回から第1章の後半という感じになります。

後半は段々と鉄や技術の話も多くなってきますので、お楽しみください。


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