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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(前編)出立
23/139

―アルム、領館、ゼンゴ―

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もう冬至まで一か月を切った。当然、日が暮れるのも早い。夕の色に染まる時間も伸び、落日は室内をどこか物悲しく赤々と染める。冬の訪れを表しているとも言えようが。

夕にようやっとアルムに着いたレンゾらは、その足で領館に向かった。タッソ・ファランは執務机に付き、公都に行っていた面々の報告を聞く。そして、彼らの留守の間のことを説明し始める。いつも日を背に負う、その位置からはタッソの表情は暗い翳に阻まれ読み取りづらい。一方で、レンゾらの顔は西日に煌々と照らされる。火に慣れた、その両の眼は(まじろ)ぎもせず、上座に座る男も見る。

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「そうか、ドロが逝ったか。」

 レンゾ殿はぴくと眉を動かした。

 セベル様たちの帰還から2週間、今は公都から帰ってきたレンゾ殿から俺の主であり、アルミア家家令であるタッソが報告を受けている。

 こちらの帰還も訃報をもたらしたようだ。

「こっちも、てめぇに言っても仕方ねぇが、ハンズの野郎の死を見届けてきた。」

 ハンズ殿、ソアキで怪我を負った人だ。怪我が悪化したのか。それとも、その後病でも得たか。

 タッソは、頭の中で、セベル様の公都組減る事の二と、そんな計算をしたようだ。多分、こういう冷徹かもしれない計算をする部分が、タッソとレンゾ殿の間に溝を作っているのだろう。

 レンゾ殿はタッソがそんな計算したのを、直観で気付いたのか、眉を再びぴくと動かした。


 タッソと、公都組、特にレンゾ殿との間に一種の溝があるのを俺は気付いている。その溝は実に単純だ。

 ファズやハージンから見れば、タッソは公都組の推進派に見えるかもしれないが(一緒に公都に行った彼らは前から比べると相当に公都組寄りになっていたが)、実のところ数と能力でしか数えていない節がある。つまり、そこに情があるわけではなく、利用価値があるから、彼らと仲良くしておこうというわけだ。

 それに異議を唱えるつもりはない。このアルミア家の家令を務める上で、必要になる側面でもあるからだ。

 だが、レンゾ殿はこれを敏感に捉えているように思う。ある意味で獣のような人だからな。証拠に、タッソの名前どころか、アルミア子爵領って言葉も正しく言った覚えがない。子爵という爵位すら朧げだ。男爵とか伯爵とか、たまに小爵とか実際にはない爵位になっていたりする。一方で、レンゾ殿は己の味方と定めた者に関してはきちんと名前を憶えている。ハージンなんか、今回ので覚え目出度かったのか、きちんと名前を憶えられている。


 別に、この溝が表面化することはしばらく無いと思っていた。多分お互いに興味の無い部分だから。だから、特に指摘することも、対策することも無かった。だが、どうやら、今回の公都組の死に際して、やや態度が露骨に、お互いに、出てしまったようだ。

 おそらく、レンゾ殿はどちらかと言うと、その辺り無頓着な方で死んだ奴が悪いって態度に出る型だ。対して、タッソはある程度相手を思いやって表面上だけでも、情緒的になれる人間だ。

 だが、今回は逆になってしまった。タッソは、ここに来てからの公都組の初めての死ということで、動揺する面々を落ち着かせるために、どちらかというと過剰に冷静に振舞っていた面があるし、レンゾ殿の方に何があったのか俺には知ることは出来ないが、彼は彼らしくなく、哀の方面でやや感情的になっていた。


 この人達は、タッソは理屈で、レンゾ殿は直観で、互いに、どうせ理解しあえないだろう、と知っていた。田舎者のタッソが理論派で、都会っ子のレンゾ殿が感情派ってのが、逆じゃないかと、少々苦笑禁じ得ないが、苦笑している場合ではない。

 ハージンからの報告が確かなら、レンゾ殿の技術は確かなものだ。領館で話す無茶苦茶の話とは裏腹に指導力もあるようだ。今後のアルミア子爵領の発展が見込めるなら欠かせない才能だろう。もちろん、そんなことは置いておいて、タッソは今アルミア子爵領を支える最重要人物であると言って過言ではない。


 多少身内贔屓も入っているだろうが、タッソは家令として才能のある方だと思う。事務や各種差配なんかは適格にこなすし、柔和な物腰は敵を作りにくい。家令は貴族家家臣団のまとめ役だから、有能でも敵を作りやすい人間を据えるのは少々博打的と言わざるを得ない。流石に受けてきた教育の面で公爵レベルとなるきついだろうが、もう少し大きな伯爵領とかでも十分やっていける実力はあると思う。

 そんなタッソと仲違いするような人間であるならば、大体は無能な人間だろうと、俺は高をくくっていた。実際、皇都への留学時のことなどを考えると、その考えは十分確信に足るものだと、そう俺は考えていた。

 おそらく、今の二人の関係はアルミア子爵領にとってよろしくないことは確かだろう。タッソ側の人間から言わせてもらえば、レンゾ殿が今抜けて、まあそれに連れてアイシャ殿を含め、幾らかの公都組が抜けても、それ自体は、今までの経営を回していくだけであれば、大きな痛手にはならないだろう。だが、タッソには、それは大きな凝りとして残るだろう。


 一触即発とまではいかないまでも、じりじりと焦燥感に駆られる会談は終わった。俺は、レンゾ殿が領館を出るのを注意深く見計らって、アイシャ殿のところへ行った。


「来ると思ってたよぉ、ゼンゴ。」

 四日前からアイシャ殿の執務室になっている、西側突当りの部屋にアイシャ殿はいた。徐々にわざわざタッソに聞かなければならないことも減り、一方でタッソへの報告に来る人間とアイシャ殿へ報告に来る人間がかち合うことも増えてきたので、セベル様が部屋を一個用意したのであった。流石に、未だ領に来て日も浅く、慣習的なことに関してはわからないことも多いから、何人か熟練のものを付けており、5人ぐらいで仕事をしている。元々、タッソと俺だけで仕事をしていた、タッソの執務室よりも大分広い。

 アイシャ殿がタッソの部屋にいたのは、レンゾ殿たちの報告を聞くため、一度集まったからだ。話が終わったので自分の仕事に戻ったのだろう。何かしらの書き物をしていたようだ。

 しかし、日も大分傾いている。西向きのこの部屋は未だ大分明るいが、我が領にはわざわざ仕事のために明かりと灯す余裕もないし、また、そんな量の仕事もない。


「そうでしょうね。あいや話が早くて助かります。」

 ここに来たのはレンゾ殿に関して、レンゾ殿とタッソに関して、話すためだ。

「レンゾなら、多分、今日は鍛冶場っていうか、精錬小屋だろうね。」

 流石夫婦と言ったところだな。何だか寂しそうな顔をして、アイシャ殿は言う。

「女房としての勘って言うか、幼馴染としての勘だねぇこりゃ。」

 少し思考を読まれたようだ。

「それ以上はあたしもわからないねぇ。まあ、でも信じてはいるよ。」

「それは、私も同様です。」

「ははっ、そうだねえ。取り敢えず、タッソに、今晩は精錬場になってる広場の方に行くように言ってくれないか。まあ、そうするのが一番だろうよ。もしかしたら、ご主人の方から歩みよるのは、気に入らないかい?」

「そこは問題は無いでしょう。タッソはあれで多分気にかかっていますから。」

「あんたの心中のことを言ったんだがねぇ。まあ、その返しが、つまり、そういうことだってことだね。」


「思ったより荒れましたね。」

 部屋を出る前に私は言った。

「まあ、いつかはあるだろうと思ってたからね。レンゾとタッソの間のいざこざは。でも、まあ悪くない時期だったんじゃないかい。本格的に冬になったら、ここの仕事も少し減るんだろ?」

 確かに、そういう見方もあるな。税の徴収と計算も一段落した。

「ここは雪が積もると身動きが出来なくなりますからね。」

 雪が積もるまで、例年なら、あと10日ほど。今年はそれほど寒くはないから、それはないだろうが明日にも積もってもおかしくない時期にはなって来ている。レンゾ殿の帰還は割とぎりぎりだったと言える。

「私は雪が積もるってのは見たことないからねぇ。楽しみにしてんだ。」

「ははは、それでは楽しみにしておいてください。楽しめるのも、精々数日ですからね。すぐに嫌になります。」

「そいつぁ聞きたくなかったぇ。まあ精々楽しめるうちに楽しんでおくことにするよ。」

 さて、今年の雪はいつ来るか。どうしても、雪の前に終わらせておきたいことは終わっているはず。しかし、出来たら終わらせておきたい仕事は少しは残っていたはずだ。何が残っていたか考えながら、俺はタッソのところに向かった。

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