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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(前編)出立
22/139

―アルム、領館、セベル・アルミア―

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日は沈んだが未だその残り香はある。遠い地平は未だ白く。そこから徐々に西天を発ち、僅かに残る赤、青はつなぎ目、後に紫に。そしていずれ黒に辿り着く。中天から東には既に星のきらめくこと。一番星早地平に墜ち、一日月今に隠れんとすれば、次に地を照らすは我ぞ我ぞと輝かしき星々が名乗りを上げる。されど今や遅し。地の底にては既に煌々たる炬火、篝火。心許なき星々などの有象無象に我を任せるの道理無しと。闘いの熱冷めやらぬままに。

打って変わって、領館の中。まさか、屋内で篝火を焚くわけにいかず。陶器の皿に焚べられた灯明の火がちらりちらりと壁を照らすのみ。

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「セブ、ズブにはドロの死を伝えた。」

「そうか、つらい役割を任せてしまったな。」


 俺の執務室まで来たモルズからの報告に俺は答える。執務室って言うが、そこそこ立派な机と椅子が一組あるだけだ。広さも、この机以外に何か調度品でも置く、とかそんなスペースは無い。

この1か月程度盗賊退治行で開けていたが、埃などは十分払われているようだ。

 椅子に座り、俺はモルズの報告を聞く。モルズは立ったままだが仕方ない。椅子も無いしな。まるで家臣の報告を聞く貴族様のようだ。

 まあ、その通りなんだがな。まだ、その感はどうしても持てねぇ。


「仕方ない…誰かがわからせる必要がある。」

 そうだ、どうしてだろうな、友の死など、別にこれで初めてではない。でも、不運というにはあまりに人為の介在が過ぎる今回のドロの死は、少し受け入れるには時間が要りそうだ。俺自身にも。

「オンの方は?」

「セッテンが言うには山は越えたそうだ。もしかしたら、腕に不自由が残るかもしれないが、命が助かる見込みは大きい。」

 俺は大きく溜息をついて言う。

「そうか、それは何よりだ。」

「ドロは死んだがな。」

 些か、モルズは少し責める口調で言う。

「わかってるよ、配慮が足りなかった。俺だって、参ってないわけじゃないんだ。少しは…許してくれ。」


 確かに言いようはあったかもしれないが、どう言ったらよかったのか、わからんかった。

 モルズは必要であれば、俺を諫めてくれるやつだ。そうだな、親友だと言っても良い。割合、アニキだなんだって、俺を慕ってくれている奴らに比べると(慕ってくれているのはありがたいんだが)、寡黙だが、直に言ってくれるのはモルズだ。

 だが、それだけに堪えるってのも、あながち嘘じゃないだろう。多分、ズブにとって、ドロを喪うのは、もしかしたら、俺がモルズを喪うとか、俺がモルズより先に死ぬとか、そういうことだったんだろう。それを、俺はもしかしたら、少し軽く扱い過ぎてしまったのかもしれない。


 ノックの音がする。俺は、

「入っていいぞ」

と言う。タッソだった。

「どうだった?領主館組の奴らは?ズブに関してはモルズが言ってくれたみたいだが。」

 この、言ってくれたみたいだが、ってのも何だか無責任な感じだな。わかっているよ、モルズ。俺も参っているんだ、あまり睨まないでくれ。

「そうですね。イマさんはセベル様の担当なので、後で何とでもしておいて下さい。」

 何とでもって何だよ。

「カーレさんも最年長として、気を張っておられます。こちらは、モルゼイさんが適任でしょう。」

 そうかあ、そうだな。カーレ姉ぇもそうだな。ドロの死を伝えた時もいつもの間延びした声で答えてくれたから、どうしても気が回らなかったが、確かに、そうだな。


「後は、ヤメルさんとトトンさんは流石ですね。ご自分たちでそれぞれ受け入れているようです。タヌさんにはケヘレさん、ソーカさんにはクリンさんが、クリンさんにはさらにセンさんが付いています。コルエさんとメッケさんは薬草採取のため、今は出払っています。レンゾさんがいない今、アイシャさんがもしやと心配でしたが、幸いササンさんが思ったより取り乱してくれたお陰で持ち堪えたようです。」

 幸いって言葉に反応して、モルズがタッソを睨む。頼む、そいつは敵じゃあない。今は少し冷静なやつも必要なんだ。


「そうか、後はレンゾ、ミネ、テガか。メッケとコルエも未だではあるが。」

 多分、レンゾとミネは大丈夫だろう。あいつらはそういうとこに生きてはいない。

 テガはどうだろうな。もしかしたら、いつもの茫洋とした目つきで受け入れてくれるかもしれない。確かあいつは、母ちゃんと妹を通り魔に殺されたり、兄ちゃんを戦争で亡くしたり、それがあいつの茫洋とした目つきの元とはなっているんだが、万が一にはならないだろう。メッケとコルエかな、後は。

「モルズ、今日はもう大丈夫かな。俺も、少し疲れた。そうは言っていられないのかもしれないが。」

「…お前の、お前のために死んだ人間がいる。それの重みは俺がわかるものではないのだろう。友を喪った、それとはまた違ったものがあるのだろう。わかった、休め。俺は、カーレ姉ぇを見てくる。」


 モルズはいつもより、よく喋る。もしかしたら、こいつも気を張っているのかもしれない。でも、すまんが、お前はお前で何とかしてくれ。

 俺だって、俺のために人が死んだって、その重みに耐えているんだ。今はそっとしておいてくれ。

 貴族当主ってのも、そうそう気楽に受けるもんでは無いなあ、


 少し…休んだら、イマのところにでも行くか。

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