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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(前編)出立
21/139

―アルム近郊、森を切り開いた広場、ズブ―

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昼を過ぎたのみで随分と夕を感じさせる黄は冬至の近いを知らせる。時に強く、時に弱く吹く風は随分と冷たさを感じさせるようになった。森を切り開いた広場には男女一組、ズブとササンが炉周りにいる。ズブは時に暖を取り、時に足踏み鞴を吹く。膝丈の背の低い炉から伸びた短い煙突からは、鞴を吹く度に赤い火が立つ。その周りでは、急拵えの丸太小屋を建てている男達もいるが、互いにあまり会話はない。

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 レンゾ兄ぃとテガが公都に行くってんで、今は精錬試験場は俺とササンで切り盛りしている。小慣れた動きをするようになった(とは言っても、俺も修行歴同じようなもんだが)セーメンたちも連れていってしまったから、精錬作業自体は大分規模を小さくしている。今はどちらかと言うと、冬が来る前に設備を整えておこうってんで、森をもう少し切り開いたり、丸太小屋建てたり、ってのが主な作業だな。その合間に製鉄もやるってな感じだ。まあ、これから本格的に冬になると、作業の少なくなった農民の人らの手伝いが大分増えるみたいだから、今はそんな焦る必要も無いだろう。


 そんなんしていると、領館の方からカーレの姉御が来た。確かカーレの姉御は領館で女中だかの手伝いをしているって話だったかな。そんなら、ここに何の用だろう。他の領館勤めの人らは、事務方だから予算とかの話し合いだって、たまに来るけども。カーレの姉御が来るのは珍しい。

「セブが帰ってきたよー。」

少し間延びした、その話し方も久しぶりだ。あー、そうかどちらかと言うと、私事だからカーレの姉御が来たのか。俺は鞴を踏みながら、答える。

「確か、盗賊退治だっけ。みんな無事っすか?」

カーレの姉御は、少し沈黙した後、

「ドロが死んだって、あとオンが受けた矢傷が思ったより深そうだって。」

カーレの姉御は、あまり間延びせず答える。

 俺は、一瞬鞴を踏むのをやめた後、考え直した。

「今の炉が終わったら行くっす。」

ササンがいいのかと目で聴いて来る。ドロは確かに俺とは家が隣で仲も良かった。

「俺が行ったからって、何かが解決するわけじゃねぇ。今俺に出来ることをやってから行く。」

俺はササンに答える。

「ササンは先に行っていいぞ。」

「いや、私も記録を付けるのが仕事だから。」

カーレの姉御に向けて返す。

「すんませんが、そういうことっす。後で行くっす。多分、夕方になるっす。」

 カーレの姉御は「そう、わかったー」と間延びした返事をして戻っていった。

 タスクのおっさん、テガの義父のおっさんだな、が「ズブさん、あしらがやるけぇ」と言ってくれたが、「いや、俺がやる」って答えて、俺はいつものように歌を歌いながら、鞴を踏み続けた。


 夕方、仕事の終わった俺は、ササンと一緒に領館に向かった。領館の前にはテテ兄ぃがいた。テテ兄ぃはセブの兄貴と一緒に盗賊退治いった兵隊組だったな。

「ズブ、ササン、遅かったな。」

「仕事が長引いちまって。」

 俺は軽く頭を下げた。ササンは微動だにしなかった。コイツはアイシャ姉ぇ以外には滅多に慣れない。俺らも、仕事の話はともかく、それ以外の会話を成立させるのには少し手間がかかった。レンゾ兄ぃは、ゴリ押しで初日から普通に会話していたが。いや、アイシャ姉ぇのこと何か言って、ササンがぶち切れるって、あの一連の流れが会話というかは怪しいけども。

「そうか、それは仕方ないな。」

 テテ兄ぃは傭兵なんてしてたな確か。そこら中飛び回っていたから、大人になってからは会う頻度は少なかった。何となく、テテ兄ぃがここにいた理由はわかる。多分、戦争の経験があるテテ兄ぃは、今未だ、割と冷静なんだろう。仲間の死ってのは、どうしてもちょくちょくあることだから、仕方ないけど、多分戦争で、それも半ば、自らが仕掛けたもので、仲間が死ぬってのは、皆初めてだろう。特に、同じ戦場にいたら、色々思うことも出来てしまうだろう。そういうのに慣れた、テテ兄ぃがいたってのは、もしかしたら幸運だったのかもしれない。


 領館に入ると、ササンは先にタッソ兄ぃとアイシャ姉ぇに報告に行くって、行ってしまった。俺はテテ兄ぃに聞いた、オンのいる部屋に向かった。

「よう、オン元気か。」

 俺は部屋に入るなり、言ってみた。泣きそうな顔をしたタヌに「ズブ、静かに」と言われた。今はオンは寝ているようだ。今は、セッテン兄ぃが傍についている。セッテン兄ぃはミネ姉ぇについて、最近大分薬学や治療法なんかに詳しくなっている。後は、泣きそうなタヌにケヘレの兄貴が付いている。ケヘレの兄貴はタヌの実の兄貴だったな。

 俺はオンを見た。傷らしき箇所には包帯が巻かれており、どの程度の傷なのかわからない。顔色とか見ても、今にも死にそうだって感じではない。俺は、ここで俺に出来ることは無いってわかって部屋を出た。


 次にどこに向かおうか。死んだ奴の死体は戦場近くに埋めてきたってテテ兄ぃに聞いた。だから、今からどっか行ったってどうしようもない。仕方がないので、食事をとることにした。俺らの食事は今領館で用意されている。まだ、家も寝る場所があるだけってのしか用意が無いからな。俺も元々は料理人見習いだったから、来てすぐはそこの厨房で働いていた。味の評判は良かったが、金を掛け過ぎだってアイシャ姉ぇに叱られた。


 領館の食堂ってのは、元々ここの人住み込みの人らが食事をとるところで、大体10人掛けの長机が四つおいてある。窓は北向きだから、日も大分傾いてきた今時分は、割と暗い。でも大体俺らが食事を摂るのはこの時間帯だから慣れたもんだ。流石に、日が短くなってきているから、申し訳程度だが灯火も焚いてくれている。

 食堂には、モルズ兄ぃだけいた。ササンは未だ来ていないみたいだな。報告はいつも直ぐに終わるのに。今日は長引いているのかな。今日は特に長引くようなこと何もなかったと思うけど。レンゾ兄ぃとテガが公都に出てからは、大体ササンと二人だったな。話の内容は大体は仕事のことだけだったけど。

 俺は少し冷えたスープとパンを自分の分だけ盛り付けて、モルズ兄ぃは何だか考え込んでいるみたいだったから、少し離れた席に座った。

 そしたら、モルズ兄ぃは俺の前の席に来た。

「モルズ兄ぃ、久しぶり。」

「…ああ、久しぶりだな。ズブ。」

 モルズ兄ぃはあんま喋らないが、多分領に来た公都組の中でも一番セブの兄貴に近い人だ。まあ、親友みたいな感じだ。

 実のとこ、俺にとって、セブの兄貴は少し遠い人だけど、モルズ兄ぃは俺の母ちゃんの従弟だってんで、小さい頃から付き合いがあるから、俺にとっては割合話しやすい人でもある。子供の頃は結構遊んでもらった。

「その、どうだった?盗賊退治。」

 俺は飯を食いながら聞く。ただ刻んで適当に煮て、塩を振っただけ汁だ。中にある水団(すいとん)も固い。水団が固いのは仕方ないとして、汁は同じ材料でも、もう少し手間暇掛ければ、旨く出来るだろ。やっぱ、料理と鉄造りは似ているな。

「盗賊の装備が…想像以上に整っていた…」

 モルズ兄ぃは元々は大工なのに何だか歴戦の戦士のように感じた。未だ鎧を付けているからかもしれない。

「兵長殿が言うには、あれは軍の装備だそうだ…」

 そうかあ、モルズ兄ぃやセブの兄貴はそんなんと戦って来たんだな。すごいなあ。

「確かに、こちらも油断していたかもしれない。ほとんどが初陣だったしな…」

 今日のモルズ兄ぃは良く喋るなあ。そうかぁ、モルズ兄ぃも、セブの兄貴も、俺に取っては兄貴分で、何でも出来るなんて思いがちだけど(同じアニキ分でも、レンゾ兄ぃは良く失敗していることを見るけど)、初陣だもんなあ。つまり、初めてってことだろ、そりゃ緊張するだろうし、上手くもいかねぇこともあるだろうなあ。

「人数も聞いていたものより多かった…」

そんでも、無事討伐して生きて帰ってきたんだろ。そんだけでもすごいよ。

 モルズ兄ぃは俺を真っ直ぐ見てくる。何だよ。俺にそっちの趣味はねぇぞ。そんなことを言おうとして、俺がしばらく何も喋っていないことに気付いた。

 おかしいなぁ。モルズ兄ぃは寡黙だから、大体俺とモルズ兄ぃだと6割以上は俺が喋るのに。そうかあ、モルズ兄ぃも初陣の後で高振ってんだな。テテ兄ぃが昔言っていたな。初陣の後はやたら喋くるやつと、黙り込む奴の2種類いるって。まさか、モルズ兄ぃが喋くる側だとはねぇ。

「覚悟はいいか。ズブ。」

 そうだぞ、ズブ。モルズ兄ぃにそうまで言われたんだ、ちゃんと覚悟決めろよ、ズブって奴。おい、ここには俺とモルズ兄ぃしかいないぞ。ズブって誰だよ。

 俺だよ。何の覚悟を決めろってんだよ。モルズ兄ぃ。

「ドロは勇敢に戦った。自分より良い武器を持つ相手にだ。一歩も引かなかった。」

 へーそうか、ドロってやつはやるじゃないか。そんな名前のやついたっけな。

「それで、ドロは取り囲まれて、一人突出してしまったのもある。後は…八つ裂きだ。」

 それはドロって奴は間抜けだな。命あってこその物種だぞ。

「四方から斬られて、戦場が片付いた時には死んでいた。」

 ははは、とんだ間抜けもいたもんだ、勝手に突出して。殺されて。

「聞いているか。ズブ。てめぇの隣の家のドロだ。奴は死んだ。」

 いやいや、ドロは俺の家の隣の、確かに同じ名前だな、そう、今は屠殺の仕事やってて、そんで、俺は料理人見習いで、アイツがいい肉仕入れるからって、そんで、それで俺が上手い料理作ってやるからって、そんで、二人で食って、そんで…。

「ズブ、受け入れろ。お前の幼馴染で親友、ドロは死んだ。盗賊相手に勇敢に戦って死んだ。」

 俺は、モルズ兄ぃの目を見てしまった。もう逃げられない。

 ドロは死んだ、俺の隣の家で育ったドロは死んだ、俺の親友ドロは死んだ、戦争で死んだ、戦争というにはちっぽけな争いかもしれないが、そこで戦って死んだ。

 俺は自分の目の前が霞んで、モルズ兄ぃの顔も碌に見えない状態になっているのに気付いた。


 水っぽい割に固さの残る麦粥を口に運ぶ。何にも味がしねぇ。ここの料理は誰がやってんだ。塩入れてんのか。そのくらい誰でも出来るだろ。

 俺は、また、逃げていたようだ。ドロは死んだ。そうか、ドロは死んだんだ。そうか。そうか。それでモルズ兄ぃはここで。そうか。

 人が死んでも、腹は減る。それが浅ましいだなんて、誰が決めたんだ。俺は、汁に浸けた麦の塊を搔っ込んで、食堂を出た。

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