―公都アキルネ、工房、ミネ―
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工房というものは何時の世も雑然とするが法であるか。とすれば、如何にも遵法精神に厚い工房である。石造りの部屋は広く、3つある炉にはすべて火が入っており、沸き花が躍る。秋もう深いのに諸肌脱いだ男たちが大槌、小槌を打つ。鞴を吹く。
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やっぱ、職人さんにはモノ見せるのが早いですよね。まだ、見習い未満のザッペンくんたちにはわからなかったようですが、親方さんはレンゾくんのやったことを認めて下さったみたいです。後は、鍛冶師たるもの、鉄なら鍛えてみたいってのも理解してくれたみたいです。多分彼らには、あれが言語なんでしょう。
今も兄弟弟子っぽい人たちが、親方さんと同じように鉄鉱石や鉄をクッキーみたいに食べてます。飴みたいに口の中でころがしている人もいます。それ、多分、じゃなくて確実に身体に悪いですよ。しかも、あの固い石や鉄を普通に歯で砕いているあの人たちの身体はどうなっているんでしょう。取り敢えず、歯一本ぐらいでもいいのでもらえません?最近いい麻酔も出来たんです。痛くはしませんよ。
私は躊躇しながらも、思い切って鉱石を食べようとするセーメンくんから鉱石を取り上げる。
「それ食べたら毒ですよ。あの人たちは特殊な訓練を積んでいるです。普通の人が食べたら、まずお腹を下します。悪ければ死んじゃいますよ?」
他の3人も、「え?えぇ?」なんて言いながら鉱石を手放す。ちゃんと、後で手も洗ってくださいね。結構手についてますよ。
「ほらほら、ちゃんと、鍛冶やってるレンゾくんを、レンゾくんがやってることを、ちゃんと見てください。あなたたち4人とも鍛冶も覚えたいんでしょう?きちんとやり方を見てないと。こういうのは見て覚えろ、の世界ですよ。」
4人は目を合わせた後、炉に近づいていく。
本当はあの炉も身体に悪いんですけどね。
鍛冶場を見てみたいとは言ったものの、流石に鍛冶師になりたいわけでもない私は時間を持て余します。しかも、ここは暑い。晩秋なのに、真夏のようです。ほぼ冬の装いで来た私は上着を脱ぎましたが、そこら中鉄屑や油だらけで上着を置いておくところもありません。仕方なく手で持っておくことにします。後は、色んな道具があるので順番に見ていきます。
すると、親方さんが話しかけてきました。
「よう、ちっこい姉ちゃん。姉ちゃんがアイシャちゃんかい?なんかレンゾから聞いてたのとちっと違うな。あいつ説明が雑だからなあ。」
ちっこい、は失礼ですね。後、説明が雑なのは師匠譲りだと思いますよ。
「私はアイシャちゃんではないです。レンゾくんやアイシャちゃんと同じく、セブお兄ちゃんと一緒にアルミア領に行った、薬師のミネと言います。今回はアイシャちゃんはお留守番です。」
「そうかあ、それはすまんかったな。いや、それならアイシャちゃんに礼を言っておいてくれ。レンゾも大分アイシャちゃんに助けてもらってるみたいだしな。どうせ、あっち行ってもまともな炉も無くて腐ってたんだろ?大分、尻を叩かれたみたいだな。まあ、夫婦仲は悪くないみたいだが。金や人も工面してくれてるみたいだからよ。ここに来たのもアイシャちゃんの案みたいだしな。」
「わかりました。伝えておきます。でも、よくわかりましたね。お尻叩かれたぐらいならともかく、ここに来るのがアイシャちゃんの発案だとか。」
「石と鉄を見たら、わかった。」
ちょっと、石と鉄の情報量多すぎませんかね。ここに来てから、レンゾくんが出した情報は、セーメンくんを弟子にしてくれ、だけですよ。石と鉄はお手紙かなんかですか。あれらからそれだけ読み取れるのに、私をアイシャちゃんだと間違えるってのは、どうなんでしょう。
「ちっこい姉ちゃんは何しに公都に戻ってきたんだ?」
暇そうにしている私の相手をしてくれるらしい。ちっこい、取れなかった。
「私は向こうで薬師をするのに色々足りないものがあるので、それらを買いに来ました。硝子容器や焜炉が欲しいんですよね。」
「そっかあ、何も無いんだな。アルニケ男爵領ってのは。」
アルミア子爵領です、と訂正しようかと思ったが、私はやめた。多分、この人もレンゾくんと同じ種類の人だから覚えない。レンゾくん、未だちゃんと自分の仕えている家の名前覚えてませんからね。この、アルニケ男爵領ってのも、親方さんがちゃんと覚えていないのか、伝えるレンゾくんが間違っていたのか、その両方なのかわかりません。まあ、私もちゃんと言えるようになったのは最近ですけど。
「しかし、なぁフブの野郎も生きていやがったか。」
フブお爺さんはレンゾくんに鉱石を売ってくれた人です。フブお爺さんはご無沙汰だったんでしょうか。レンゾくんには、ここにたまに鉱石や鍛える前の鉄を卸していた人だって聞きましたが。
「ちっこい姉ちゃん、フブが、何だな、そうだな、この分なら早けりゃあ、来春だろ。」
フブお爺さんがどうかしたんでしょうか。私の見立てでは、あの御歳にしてはご健勝な方だったと思いますけど。
「そん時はレンゾに言っておいてくれ。てめぇは未だ修行が足りねぇんだよ、って。」
どういうことでしょう。
その後、親方さんは、少し考えてから言う。
「そうだ。ちっこい姉ちゃんジーゲン知っているか。硝子職人のジーゲンだ。」
「はい。ジーゲンさんなら。私もオババ、あーニクラ師匠の元で働いていた時はジーゲンさんとこと取引がありました。」
「なんでい、ちっこい姉ちゃん。ニクラ婆ぁの弟子かい。」
いい加減、ちっこい、ってつけるの面倒じゃないですか。ていうか、一応私名乗りましたよね。
親方さんは続ける。
「ジーゲンとこに、そろそろ独り立ちっちゅうのがいたはずだ。この前寄り合いで聞いたんだ。」
「確かに、硝子を運ぶのはコトですから、子爵領に来ていただくのは助かりますが。でも、設備が無いですよ?」
「そっかあ、そりゃあそうだよな。鍛造用の炉も無いんだしなぁ。でも、それも探しに来たんだろ。レンゾが言ってしな。」
言ってないですけどね。レンゾくん、ここに来てから鉄鉱石と鉄を見てくれぐらいしか言ってないですからね。」
「うーん、よし。カーザ!カーザ!いるか!ちょっとジーゲンところと、ソルオのとこに、このちっこい姉ちゃん連れてってくれ!」
少しすると、親方さんと同じぐらいの年齢の女の人が来ました。多分奥さんなんでしょう。私は硝子職人のジーゲンさんと煉瓦職人のソルオさんのところに連れていってもらえることになりました。子爵領に行っても良いって、お弟子さんがいたら紹介してくれるのでしょう。
レンゾくんの石と鉄から親方さんが大分色々読み取ってくれて話がとんとん拍子に進みました。職人同士ってあれで会話するんでしょうか。ちなみに、セーメンくんの弟子取りも、ちゃんと通じてました。名前はともかく4人いるうち、どの子かまでわかってました。
薬師も職人と言えば職人なので、私も向こうで作った薬をオババに見せたら、あれだけ読み取られるんでしょうか。例えば、セッテンさんと、その、あー、一晩だけ、まあ、そういう関係に、なったとか、そんなことまで。
そんなことを考えたら、私は顔を出そうと思っていたオババのとこに行くのが少しだけ嫌だなあ、なんて思ってしまいました。
そもそも鍛冶師は何故鉄を叩くのでしょうか。
勿論形を整えるという役割もありますが、それ以外にもいくらか理由があります。
その一つは鍛接でしょう。
普通、鉄と鉄を適当に重ねて押し付けただけで、くっつくことはありません。
で、実際鍛接の際何が起きているかと言うと、
1.叩かれることで表面の錆(酸化物)が砕けて押し出される。
2.フレッシュな金属が表面に出る。
3.金属同士が押し付けられ、接合される。
の三段階です。
ぼそぼその酸化物は押し付けても接合されることはありませんが清浄な表面同士であれば割合簡単に接合されます。
LEDを作る際なんかも酸化物の出来ない真空中で清浄な半導体表面同士をそっとくっつけるという接合が行われています。