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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(前編)出立
16/139

―アルム、領館、アイシャ―

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日中天幾分か過ぐ。会合をするにはやや狭い家臣団の執務室。集まったのは、アルミア子爵領の内政・財政を司る面々である。奥の机にはタッソ・ファラン。彼の後ろには窓が有り、他の者からしたら逆光であり…その表情は伺い辛い。それ幸いに家宰の中でも筆頭格である彼は難しい顔をして腕を組みつつ一同の話を聞く。集まった人数に対して部屋は手狭。しかし、一領地の内財政を担うには、代表者を集めただけにしても如何にも少数。

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 さっきから、レンゾとミネの要求をどうするか、なんて話が続いていた。

 今の会議の参加者は、タッソ、タッソの従者のゼンゴ、イマ姉ぇ、あたしに加えて、領の経理全般に携わっているファゼイ、調達全般の取りまとめのハージンってなもんだ。最近多いが、公都組があたしだけってな会議ってわけだ。


 しかも、通そうって要求の一つがあたしの旦那のワガママってんだから始末が悪いったらありゃあしないね。もう一つも公都組のミネのものってもんだ。どうしても、何をどうやってても、向こうさんから見たら身内だろうね。確かに、あたしとミネは仲がいいが、公都組でも誰でも親しいってわけじゃないからね。そこんとこわかってほしいところだね。多分、誰とも仲が良いのはセブ兄いぐらいだろってなもんだ。セッテンなんて言やあ、公都にいるときはほとんど話したことも無かったよ。奴さん、あんま必要以上のこと喋らないからね。多分、こっち来てからの方が話した回数が多いだろうね。


 そんなことはさておき、タッソはアルミア領の中でも、比較的公都組よりだって思われてるんだろうね。割合話がそっちの方に流れていっちまっている。つまり、ヨソモンにどれだけ金を渡すんだ、とかそういう類の話だよ。勘弁願いたいね。兵隊組の方はわかんないけど、こっちの領館組の方で矢面に立つんは、あたしの役割になっちまったようだ。勘弁願いたいね。こちらとら、元は酒場の給仕だ。しかも、給仕が身体を売るような、ね。荷が重いったらありゃしない。しかも、今回に限っちゃあ、てめぇの旦那の件と来りゃあ、参っちまうってもんよ。


 このファゼイって奴は、平たく言えば公都から来た奴輩が気に入らねぇって、そんな奴らの、まあ言ってみれば、その急先鋒って奴だよ。領でも割合大きい村の村長家の四男坊らしいね。無事に長男に跡継ぎが生まれたってんだから、ご奉公に出されたって案配だ。貴族サマ風にファゼイなんて名乗っちゃあいるが、大体周りからは普通にファズって呼ばれているね。まあ、自分から貴族サマ風に名乗っちまうあたり、そういう奴ってわけさ。子爵領の金の管理を任されているらしいが、前の前が戦争で死んで、前が当主代替わりで隠居しちまったから、今の役にいるってなあもんだ。こいつも、こんなゴタゴタさえなけりゃあ、もう少し鍛え直されてから、役に付いたんだろうがね。その辺、こいつにゃあ不幸だったかもしれないね。


 横にいるハージンっちゅう男は、このファズってのに比べたらまともって言うか、今の領主館の中じゃ割合年寄だね。まあ、この場合、年寄りってのは、取り敢えず人間関係丸くおさめてとこ、ってな奴だ。年寄りっても、未だ40いかないしね。当主代替わりの時にゃあ年寄りは去るもんだ、ってなもんで、さっさと引きこもっちまった奴らの置き土産さ。あんま、若い連中ばっかになっちゃあ、わからんことも多いだろってんで、妙な言い分だが年寄りの中じゃあ若手のこいつが残ったって話だ。今やってる領外からの何やらの買い付けって仕事も、やり始めて十年となんぼってことだし、てめえの子供も疫病や飢饉何ざで、そうそうクタばるような年齢じゃあなくなってきたってんで、まあ人生最後の御奉仕だな。精々早々にクタバらんでおくれよ。あんたみたいなのが一人いるだけで、何だ、色々違うんだ。こういうんは。


 何てしょんないこと考えていたら、いよいよ、タッソの旗色も悪いね。タッソは、このクソ田舎にいるにしちゃあ、学があるっていうか、理屈で動いているような奴だよ。皇都にも学生ってやつで何年かいたみたいだからね。そういう意味じゃあ、あたしらよりよっぽど都会っ子てなもんよ。あたしらん中じゃあ、学校ってのを行ったことあるのはイマ姉ぐらいなもんだからね。

 学校ってのは、どんなんだか知らないが、イマ姉が楽しかったってんだから、多分イイモンなんだろうね。あたしにゃあ縁のないトコだけども。でも、学校ってのは、口下手を作るとこなのかい?イマ姉も口下手だからね。どうにも、イマ姉は学校ってとこ行って余計に口下手になった気がするよ。セブ兄いのことだって、ガッとやってばーんで、やっちまいなよってあたしは思うんだよ、あたしは。


 ファズが声を荒げる。

「すなわち!かくて!而して!…」

 あーダメだね。典型的オノボリさんだよ、これは。下の下だよぉ、ホントに、これは。てめぇのオノボリさんを隠そうとして、妙に文語調になるんは、むしろオノボリさんの証ってなもんだ。

「それでもですね。領の未来を、発展を考えるには…」

 っはータッソの奴もなっちゃいないね。多分、コイツの中で引っかかってるのは感情的なモンだ。そいつに理屈で言ったって、どうしようもないってんだ。


 まあ、案外金は何とかなりそうみたいなんだよ。先代はともかく、典型的ダメ貴族だった先々代が集めていた調度品何かがある程度あるそうだよ。流行遅れの調度品なんざぁ二束三文にしかならないけど、金銀で出来たモンは、それだけで価値があるってわけさ。これを売ることはセブ兄ぃがここを発つ前に決めておいてくれたってわけさ。今は目録を作ってるとこさね。

「金なら、あーセブル様が先々代の色々を売るってんだろ。それを使えばいいさね。」

「ぬ…ぐ…確かに、然り…」

 そんなら、後は感情の問題だろうね。そうだね、そんなら、

「ファゼイさん、あんたが直に公都に行ったらどうだい。どうせ、その調度品売らにゃあならんのだろ。ハージンさんも一緒に行けば悪いようにはならんだろ。ついでに、うちのも連れてきな。伝手もある。そこらの適当な行商に売っちまうより、手間はかかるが金は多く手に入るだろ。買わなきゃなんないものも、どうせ公都まで行く必要があるんだ。売ったもんに、どんだけ値が付いたかで決めてもいいさ。足りなかったら、残念てんで、そのまま帰ってくればいい。そんな感じでどうだい?」


 結局、この手のわだかまりってのは、一緒に過ごすんが長いのが一番なんだ。まあ、平たく言ったら、知らん奴のこと何ざ聞けねぇってのが、こいつらの考えだろうしね。

「確かに、それは良い案ですね。春が来てからにしようかと思っていましたが、幸い本格的な冬まで、おそらく一か月ほどあります。」

 タッソは賛成してくれたようだね。次にハージンが口を開ける。

「なるほど、仲買を通さないのは一つだな。今まで、伝手も無かったが公都に伝手のある人がいるなら、心強い。輸送に関しても、盗賊が出たのは西方だ。公都とは反対側になる。そもそも、東側は盗賊が稼げるような道ではないしな。船賃はかかるかもしれないが、河を使えば4日目には着く。運ぶものも多いし、」


 さて、これで後は一人だよ。全員の目がファズに向かう。

「ぬう、それなら致し方無し。我も子爵領の出納預かる身。いずれ公都に赴く必要も感じておった。」

 さっきから聞いていたけど変な喋り方だね。これが武人然としたお貴族様だったらもう少しサマになったかもしれないが、見た目は襤褸来た農家の倅だからね。


「しかし、やはり、鉄の領内生産となると、考えなければならないのは、隣接したスルキア伯爵領との軋轢だろうな。」

 このハージンっておっさんはまだ論理的だね。調達やってるだけあって、外との関係も気にかけられるみたいだね。

「そうでしょうね。我らがアルミア子爵領は鉄器のほとんどをスルキア伯爵領から購っています。いくら、うちが弱小であろうと、一子爵領全体の鉄器となると、それなりの収入となっているかもしれません。それが無くなるとなると何か言われるかもしれませんが…」

 タッソも言いよどんだね。これは難しい問題かもしれないね。この問題を挙げること自体はもしかしたら、今まで通りにやりたいって感情の問題かもしれないけどね。でも、理屈が通らないってんじゃぁ、タッソは推せないだろうねぇ。そういうとこ不器用な御仁だからね。そこんとこは、理屈も道理も引っ込め、ってなうちの人を少しは見習って欲しいところさね。


 まあ、タッソまでそんなんなっちゃあ、ここん領は回らなくなっちまうかもしれないがね。難しいもんだね。

「十三約定が…ある…。」

 ここで、イマ姉ぇが口を開くよ。たんとお聞き。えぇ?

「なるほど、十三約定ですか。」

「そうか、十三約定か。」

「ぬぅ、十三約定か。」

 ところで、その十三約定て何だい?あたしは何なんだか知らないけんども。

「十三約定って何だい?」

 あたしはイマ姉ぇに小声で聞く。

「十三約定は、貴族と貴族領に定めた…約束事…皇帝陛下との…」

 流石はイマ姉ぇだね。セブ兄ぃの兄弟姉妹分の中でぇ、学識の一っちゃあ、イマ姉ぇよ!すげぇだろ?イマ姉ぇは。セブ兄ぃも、そこんとこ、ちっとぁ気ぃやって欲しいんだがねぇ、あたしゃあ。まあね、あたしはその十三約定ってのが良うわからんけどね。

「十三約定の…その十には…各々、その領にて、自活すべし…とある。」

 はーん。つまり、てめぇらの尻はてめぇらで拭えってんだな。皇帝陛下も良いこと言いなっしゃる。あたしは会ったことも無いけどね。どうやら出来た御仁のようだね。流石はぁ、皇国ってな、デカいモン作りなっしゃる御仁だなぁ、ったく。

「そうですよ。テージンさん、ファズ、あーファゼイさん。十三約定にあるのであれば、致し方ない。」

 タッソはファゼイの野郎を、一旦ファズと言いかける。タッソあんたはちょっと、まあ、そこんとこ甘いと思うよぉ、あたしは。あんた、ここで家宰としてやって行くんじゃあね。そこんとこは、もうちょっと慎重にやるんでね。

 

 とにかく、これで算段はついたってわけさ。後は道中で懐柔、もとい仲良くなってくれりゃあ、まとまるって寸法だね。後は自分ら次第だよ。レンゾ、ミネ。

 参ったね。二人ともそういうん得意な性分じゃなかったね。ササン付けても愛想は無いし、セッテンもダメだね、もっと愛想が無かったね。はてさて、しくじったかね。まあ、あたしがやれることはやったと思うよ。後は本人らに頑張ってもらうしかないね。

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